2013年5月11日土曜日

ヒラリー=ハーン リサイタル 評 (名古屋公演)

2013年5月11日 土曜日
三井住友海上しらかわホール (愛知県名古屋市)

曲目:
アントン=ガルシア=アブリル Three Sighs より"First Sigh"*
デイヴィッド=ラング "Light Moving"*
ヴォルフガング=アマデウス=モーツァルト ヴァイオリン-ソナタ第26番 K.302(293b)
大島ミチル "Memories"*
ヨハン=セバスチャン=バッハ シャコンヌ (無伴奏パルティータ第2番 BWV1004より)
(休憩)
リチャード=バレット "Shade"*
エリオット=シャープ "Storm of the Eye"*
ガブリエル=フォーレ ヴァイオリン・ソナタ 第1番 イ長調
ヴァレンティン・シルヴェストロフ "Two Pieces"より1.Waltz 2.Christmas Serenade*

*印は、ヒラリー=ハーンが近年取り組んでいる委嘱作品初演プロジェクト「27の小品:ヒラリー=ハーン-アンコール」で作曲された作品である。

ヴァイオリン:ヒラリー=ハーン
ピアノ:コリー=スマイス

ヒラリー=ハーンは2013年5月に来日ツアーを行い、名古屋・横浜・東京・西宮・倉敷・水戸で公演を行う。プログラムは全て同一である。これらの会場のうち、室内楽に適した700席規模のホールでの公演は名古屋・水戸のみであり、チケット購入検討の際に判明していた名古屋での公演に臨席する事とした。2012年6月2日に、横浜みなとみらいホールにてメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のソリストを、ヒラリー=ハーンが務めたが、あまりに管弦楽に埋没した演奏であったため、大管弦楽用ホールは避けたかった。

曲の構成は、ヒラリー=ハーン向けアンコール用小品(新曲であり、当然現代音楽となる)と、古典とを混合させたものである。これ自体は悪くはない。曲目は全体的に地味目であり、決して熱くほとばしる演奏を期待するものではない。

前半、特に第一曲目・二曲目の"First Sigh"・"Light Moving"に於いては、ピアノの響きが強過ぎると感じられる。この点は休憩中に修正されたのか、後半は解消されている。

ヒラリー=ハーンは全般的には手堅くまとめた演奏であり、古典・現代音楽ともに技術的な問題点は感じられない。期待している水準を満たす演奏である。

特筆するべきは、前半最後の曲である、ヨハン=セバスチャン=バッハのシャコンヌ (無伴奏パルティータ第2番より)である。この演奏唯一の、ヒラリー一人だけの演奏だ。

ヴァイオリンは、冒頭からしらかわホールを十二分に響かせる厚みのある演奏である。大管弦楽向けとは言えない、中規模ホールであるしらかわホールの残響をフルに活かしている。しらかわホールを選んだ私の思惑は見事に当たっている。

テンポはやや遅めであり、細かな揺らぎがない意味では一見聴きやすい要素があるが、要所でギアを入れ替えたり、ヒラリーならではのアクセントを入れたりもする。非常にニュアンスに富んだ演奏で、重音は極めてよく考えられた音色が発せられ、精緻な演奏であるだけでなく、独特の濃厚な響きで最高音を響かせる。決して熱狂的要素がないこのシャコンヌを、これほどまで分析してその新たな魅力を提示する事に驚愕する。

今度ヒラリー=ハーンが来日するときは、無伴奏のみのプログラムを期待したい。

アンコールは、「27の小品:ヒラリー=ハーン-アンコール」から二曲、James Newtown Howardの”133...At least”と、David del Trediciの”Farewell”であった。