2013年7月27日土曜日

PMF (Pacific Music Festival) 2013ガラコンサート 第二部(プログラムC)評

2013年7月27日 土曜日
札幌コンサートホールkitara (北海道札幌市)

曲目:
マックス=ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番 op.26
(休憩)
エクトル=ベルリオーズ 「妄想交響曲」(「幻想交響曲」) op.14

ヴァイオリン:ワディム=レーピン
管弦楽:PMF管弦楽団(+PMFアメリカ)
指揮:準=メルクル

第一部については別の投稿を参照願う。

札幌市を中心に開催されるPacific Music Festival (PMF) 2013は、7月6日から31日まで開催され、ヴィーン-フィル等から招かれた奏者による若手音楽家に対する教育の他、多数の形態の演奏会により構成される。管弦楽演奏会は三プログラムあり、この評はプログラムC、7月20日札幌コンサートホールkitaraでの公演に対してのものである。また、この管弦楽演奏会は、PMFガラコンサートの第二部としての位置づけでもある。なお、このプログラムの公演は、7月29日に仙台(宮城県)、7月30日に東京で開催される。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン→ヴァイオリン-チェロ→ヴィオラのモダン配置で、コントラバスはチェロの後方につく。木管パートは後方中央、ホルンは後方上手側、その他の金管・ティンパニは後方中央から下手側の位置につく。

着席位置は正面2階前方中央、チケットは完売している。

第一曲目、ブルッフのヴァイオリン協奏曲は、ワディム=レーピンは名状し難い魅力的な演奏だ。叙情的であるようにも思えるし、さりげないニュアンスで攻めるタイプというべきか。絶対的な音量という点では大きくはないが、なぜか音が通っている。

準=メルクル率いる管弦楽も、ソリストの向こうを張った、綿密な計算とパッションを込めた理想的な演奏で、若手主体とは思えない見事な出来だ。一週間前のプログラムBの時と比較し、ヴァイオリンセクションは完全に立ち直り、人数を半分近くまで減らしたとは思えない、厚い響きである。まさに、協奏曲に臨む管弦楽の模範であると言える。

休憩後の二曲目は、ベルリオーズの妄想交響曲(幻想交響曲)である。PMF教育プログラムの教授陣である「PMFアメリカ」が楽団員として加わる。

「妄想」なり「幻想」と言った標題から距離を置き、おどろおどろしさを追求したと言うよりは、純音楽的にどのように演奏するべきか、白紙の状態から再構築した演奏である。全般的にテンポの扱いが極めて鮮やかだ。

第一楽章からテンポをうねらせたり、長めにゼネラルパウゼを掛けたりする。激しく追い込めると思えば、楽章終わりでゆったりと終わらせたりもする。

前半同様に、ヴァイオリンが元気で自信を持って弾いている。全楽章に渡って彫りの深い演奏で先頭に立っていたが、特に縦の線がビシッと揃いつつ、豊かなニュアンスで歌い上げる第三楽章が印象深い。

第二楽章では、ハープを強烈に弾かせており、このアクセントの効果は絶大だ。演奏会終了後に一番先に準=メルクルが立たせたのは、このハープの二人である。

第三楽章冒頭の、イングリッシュ-ホルンとオーボエとのやり取りは絶品だ。安定感があり朗々とkitaraに響かせる。この時ほど、2階中央の一番前の席を確保して良かったと思えることはない。イングリッシュ-ホルンは舞台後方やや上手側、通常舞台外から演奏するオーボエは、客席2階後方下手側に位置する。完全な対角線上ではないけれど、それでも前方からのイングリッシュ-ホルン、後方からのオーボエの間の空間で、その遣り取りが聴ける歓びは大きい。

もちろん、第三楽章最後の、イングリッシュ-ホルンとティンパニ3台との遣り取りも、素晴らしい。

管楽器は主に後半楽章で自己主張を強める展開だ。第五楽章での、管楽器の鋭く奇怪な響きは強く印象に残るものである。特にクラリネットの奇怪さは、非常に鮮やかに決まっている。また、通常舞台上でならされる鐘の音を、下手側の扉を開けた舞台外からの演奏となる。ちょっと遠くから聴こえてくる鐘の音もいいものだ。

総じて、準=メルクルはかなり冒険的アプローチを採っているが、一見尖がった要素がある響きとは裏腹に、楽団員全員が細かな部分まで綿密な演奏で、メルクルの意思を見事に実現している。

冒険心溢れるマエストロ準=メルクルと、その実力を出し切ったPMFオーケストラの相互作用により、今年最後の札幌公演を見事に飾った。「胸を打つこの響きよ、喜びよ、美しき翼ひろげ、大空へ」!!(PMF賛歌より)

追加ラベル(PMF (Pacific Music Festival) 2013ガラコンサート 第一部 評 関連 )

下記リンク先の投稿について、ラベル制限文字数超過のため、追加ラベル表示のための投稿。

http://ookiakira.blogspot.jp/2013/07/pmf-pacific-music-festival-2013.html

PMF (Pacific Music Festival) 2013ガラコンサート 第一部 評

2013年7月27日 土曜日
札幌コンサートホールkitara (北海道札幌市)

札幌市を中心に開催されるPacific Music Festival (PMF) 2013は、7月6日から31日まで開催され、ヴィーン-フィル等から招かれた奏者による若手音楽家に対する教育の他、多数の形態の演奏会により構成される。7月27日に開催されたガラコンサートは第一部・第二部と分けられ、第一部はカナディアン-ブラスによる吹奏楽、ワディム=レーピン・小山実稚恵による室内楽、天羽明惠による歌曲、新国立劇場オペラ研修所修了生による歌曲、PMF賛歌斉唱という、盛り沢山の内容である。

曲目:
ザミュエル=シャイト 「音楽の諧謔」第一部より 第21番「戦いのガイヤルド」
ヨハン=セバスティアン=バッハ(ロム編曲) フーガ BWV578 「小フーガ」
ジョージ=ガーシュイン(ヘンダーソン編曲) 「必ずしもそうじゃないぜ」(It Ain’t Necesarily So)
ニコライ=リムスキー-コルサコフ(ライデノー編曲) 歌劇「皇帝サルタンの物語」 op.57 より 「くまんばちの飛行」

吹奏楽:カナディアン-ブラス


ピョートル=イリイッチ=チャイコフスキー ワルツ-スケルツォ op.34

ヴァイオリン:ワディム=レーピン
ピアノ:小山実稚恵


ルチアーノ=ベリオ 「フォーク-ソングス」より
3. 月が昇った (アルメリア民謡)
4. 森の小さなナイチンゲール (フランス民謡)
6. 理想の女 (イタリア民謡)
7. 踊り (イタリア民謡)
9. 哀れな男(女房持ちはかわいそう) (フランス-オーヴェルニュ地方民謡) 
10. 紡ぎ歌 (フランス-オーヴェルニュ地方民謡)
11. アゼルバイジャンのラブソング (アゼルバイジャン民謡)

ソプラノ:天羽明惠
室内楽:PMF管弦楽団メンバー
指揮:ダニエル=マツカワ


リスト=フェレンツ 「巡礼の年 第2年 イタリア」より 第7曲「ダンテを読んで:ソナタ風幻想曲」

ピアノ:小山実稚恵

(休憩)

ゲオルグ=フリードリッヒ=ヘンデル 歌劇「エジプトのユリウス=カエサル」から クレオパトラのアリア「難破した船が嵐から」

ソプラノ:吉田和夏(新国立劇場オペラ研修所修了生)
管弦楽:PMF管弦楽団
指揮:準=メルクル


ヴォルフガング=アマデウス=モーツァルト 歌劇「魔笛」より 夜の女王のアリア「私は苦しむために選び出されたもの」

ソプラノ:倉本絵里(新国立劇場オペラ研修所修了生)
管弦楽:PMF管弦楽団
指揮:準=メルクル


ジュール=マスネ 歌劇「エロディアード」から サロメのアリア「美しくやさしい君」

ソプラノ:立川清子(新国立劇場オペラ研修所修了生)
管弦楽:PMF管弦楽団
指揮:準=メルクル


ジャコモ=プッチーニ 歌劇「つばめ」から マグダのアリア「ドレッタの美しい夢」

ソプラノ:柴田紗貴子(新国立劇場オペラ研修所修了生)
管弦楽:PMF管弦楽団
指揮:準=メルクル


グスターブ=ホルスト(田中カレン編曲) PMF賛歌(「惑星」より「木星」の替え歌)

ソプラノ:天羽明惠・吉田和夏・倉本絵里・立川清子・柴田紗貴子
合唱:PMF GALA 合唱団・北海道札幌旭丘高等学校合唱部・観客
管弦楽:PMF管弦楽団
指揮:準=メルクル


着席位置は正面2階前方中央、チケットは完売している。2008席の座席の内、97席は合唱団向けに当てられ、残りの1911席が観客向けに発売されている。当日券によりチケット完売となった模様である。

休憩前は、比較的少人数のソリスティックな演奏を披露するプログラムである。

カナディアン-ブラスによる吹奏楽は、統一感のある柔らかい響きで魅了する。

チャイコフスキーの「ワルツ-スケルツォ」は、ワディム=レーピン・小山実稚恵の息がだんだん合っていく良い演奏である。

ベリオの「フォーク-ソングス」、天羽明惠のソプラノは、大きいホールであればこんなものかと思える内容である。特に速いテンポの部分では声量不足が露呈するが、2000名を超える規模のホールでは止むを得ないか。一方で管弦楽はPMFメンバーから7人出演しており、室内楽規模であるが指揮者が置かれている。PMFメンバーの演奏は力強く精度も整っており、巨大なホールであることを忘れさせる響きで素晴らしい。

リストの「ダンテを読んで:ソナタ風幻想曲」、小山実稚恵の調子はかなり良い。重箱の隅を突けば、ミスタッチしている箇所があるようにも思えるが、全般的にkitaraの響きを十全に活かした音作りだ。構成もしっかりしていて、アクセントを良く効かせている。

ここで休憩に入る。25分と日本では眺めの休憩時間であるが、ホワイエでは天羽明惠によるPMF賛歌の練習が始まる。天羽明惠の教えはちょっとサドっぽい性格が滲み出ている。年上好きでマゾな男の子には堪らないかもしれない。

休憩後は、準=メルクル指揮による大管弦楽を背景とした、新国立劇場オペラ研修所修了生によるオペラ-アリアを四曲と、PMF賛歌である。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン→ヴァイオリン-チェロ→ヴィオラのモダン配置で、コントラバスはチェロの後方につく。木管パートは後方中央、ホルンは後方上手側、その他の金管・ティンパニは後方中央から下手側の位置につく。

四人の修了生はいずれも大きなホールにしては歌声を響かせているが。マスネによるサロメのアリア「美しくやさしい君」のソリストである立川清子が一歩進んでいる。重い声質で実に作品の雰囲気を捉えている歌唱だ。

ヘンデルを歌う吉田和夏は、バロックオペラに似合った軽い声質で心地よい響きがよい。プッチーニを歌う柴田紗貴子も、短い曲であるが良く響いた声だ。

PMF賛歌は、観客を含めた全員で参加して盛り上げる。ソリストや合唱団の歌声を聴くと言うよりは、観客の側にPacific Music Festival (PMF)に対する参加意識を高める目的の賛歌だ。

第二部は既に投稿された別の投稿を参照願いたい。

2013年7月24日水曜日

イル-デーブ(IL DEVU) 松本公演 評

2013年7月24日 水曜日
松本市音楽文化ホール (長野県松本市)

曲目:
武満徹 「混声合唱のための『うた』」より 
 「明日ハ晴れカナ曇リカナ」(ソロ 青山貴)
 「小さな空」(ソロ 望月哲也)
 「死んだ男の残したものは」(ソロ 山下浩司)
 「うたうだけ」(大槻孝志)
「ふるさとの四季」 唱歌メドレー 故郷→春の小川→朧月夜→鯉のぼり→茶摘み→夏は来ぬ→われは海の子→村祭→紅葉→冬景色→雪→故郷

(休憩)

ジュリオ=カッチーニ 「新音楽」より「麗しのアマリッリ」
フランツ=シューベルト 「シルヴィアに」
ボブ=チルコットによる編曲集より
 「O danny boy」(アイルランド民謡)
 「Oborozukiyo」(岡野貞一作曲)
 「Over the wave」(ネイティブアメリカン オジプワ族の歌)
BIGIIN 「涙そうそう」(ピアノソロ)
井上陽水 「少年時代」
木下牧子 「ロマンチストの豚」
木下牧子 「さびしいカシの木」
アレアンドロ=バルディ 「Passera」
クロード=フランソワ 「My way」

合唱:イル-デーブ
構成員
 テノール:望月哲也・大槻孝志
 バリトン:青山貴
 バスバリトン:山下浩司
 ピアノ:河原忠之

着席位置はやや後方僅かに上手寄り、客の入りはほぼ9割5分位であろうか。空席はチケットを購入したものの来れなかった人たちだけで、693席全てが完売であるのは、地元アマチュア合唱団体の恐るべき力によるものだろう。私としては全くの予想外だ。

二日前の、東京の白寿ホールに続く公演となる。白寿ホールのプログラムと比較すると、松本公演はかなりポピュラー系に振った演目だ。

松本市音楽文化ホール(音文)でこの演奏会があることは何カ月も前から知っていたが、宣伝文句は「5人の太メンが醸し出す重量級の響き」。むさい男の歌など誰が聴くかと言うことで、チケットの購入対象から外していた。若くて綺麗なロシア人やスペイン人女性ソプラノのリサイタルだったら、チラシの写真を見てチケット購入を決意してしまうだろうけど、男の声を聴きに行く動機が、このあきらにゃんにあるはずがない。絶対にない。

ところが前日になって、予定がダブルブッキングになってしまったので、一枚上げるから聴きに行ってという話があり、せっかくの機会でもあり、急遽臨席する事となった。

前半は、ソロ+ピアノにより、武満徹の「混声合唱のための『うた』」より、一曲ずつ歌い手が変わって四曲演奏される。どの歌い手も十分に体調を整えたようで、ホールを味方につけて響かせている。バスバリトンの山下浩司の声が、一番音文の特性に合致した響きを持っており、一歩進んだ印象を受ける。

その後の、唱歌メドレーからは合唱形式だ。宣伝文句にある「重量級」は出演者の体重だけのお話で、実際は軽い声質でよく通る声である。バスバリトンの山下浩司の声でさえこのように感じられる程だ。バスがいないIL DEVUならではの特質だろう。

休憩後、ピアノソロ「涙そうそう」の前の五曲は、なんとなく統一感が取れていない歌唱である。

しかしながら、井上陽水の「少年時代」で音がガラっと変わり、統一感が抜群に取られ始める。バリトンの望月哲也を前面に出し、他の三人が的確に下支えする展開だ。木下牧子の「ロマンチストの豚」・「さびしいカシの木」も同様の調子で良い出来である。最後の二曲、「Passera」・「My way」では、統一感に加えパッションを込めた熱唱で、演奏会の最後を熱く締めくくる。予想外に素晴らしい演奏会である。

アンコールは二曲、Andrew Lloyd Webberの「Pie Jesu」、John Rutterの「All Things Bright and Beautiful」であった。

2013年7月23日火曜日

PMF (Pacific Music Festival) 2013管弦楽演奏会(プログラムB)評

2013年7月20日 土曜日
札幌コンサートホールkitara (北海道札幌市)

曲目:
武満徹 A String Around Autumn for viola and orchestra
(休憩)
グスタフ=マーラー 交響曲第5番

ヴィオラ:ダニエル=フォスター
管弦楽:PMF管弦楽団(+PMFアメリカ)
指揮:準=メルクル

札幌市を中心に開催されるPacific Music Festival (PMF) 2013は、7月6日から31日まで開催され、ヴィーン-フィル等から招かれた奏者による若手音楽家に対する教育の他、多数の形態の演奏会により構成される。管弦楽演奏会は三プログラムあり、この評はプログラムB、7月20日札幌コンサートホールkitaraでの公演に対してのものである。なお、このプログラムの公演は、7月19日に苫小牧(北海道)、7月31日に東京で開催される。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→ヴィオラ→ヴァイオリン-チェロ→第二ヴァイオリンの左右対向配置で、コントラバスはチェロの後方につく。メルクルが左右対向配置を採用するのは珍しい。木管パートは後方中央、ホルンは後方上手側、その他の金管・ティンパニは後方中央から下手側の位置につく。

着席位置は正面2階前方中央、客の入りはほぼ9割位であろうか、満席とまではいかないが、空席は少ない。

この演奏会を評するに当たり、その環境について述べる必要がある。準=メルクルは14日に東京で国立音楽大学管弦楽団演奏会を終えた夜に札幌入り、15日札幌交響楽団とのリハ、16日PMFオケとのリハ、17日札幌交響楽団本番、18日PMFリハ、19日苫小牧本番、と超過密スケジュールの状態であった。17日札幌交響楽団演奏会は、当初の予定ではイルジー=コウトが指揮を担当するところであったが、準=メルクルが代役を担当する事となった。よって、この公演の前のリハーサルは二日間しかない状態で、苫小牧公演を聴きに行った人たちはお気の毒と言った形である。

第一曲目は武満徹の「A String Around Autumn for viola and orchestra」で、単楽章形式のヴィオラ協奏曲と言っても良いか。瞑想的と言えば聞こえはいいが、瞑想的な一本調子で15分程続く、眠くなる曲であり、曲自体としては私の最も嫌いなタイプに属する曲である。ヴィオラはまあまあ響かせていたし、響きもよく考えられた演奏である。このような曲をこれ程までの水準で演奏できたら、まあ良いであろう。

休憩後の二曲目は、マーラーの交響曲第5番である。PMF教育プログラムの教授陣である「PMFアメリカ」が楽団員として加わる。

メルクルの指揮は、テンポは限られた箇所を除いてやや速め、全般的に自然な流れである。第一楽章ではテンポにウネリが感じられる。

率直に申し上げて、弦楽はスカスカの印象である。特に第一ヴァイオリンは、17人もいて何をやっているのかと言いたくなってくる。表現の彫りが浅く、熱気がこもっていない。コンサートマスター単独だとあんなに響くのに、第一ヴァイオリン総体ではどうして何かに怯えたかのような響きになるのか。弦楽のアピールポイントである第四楽章で、もっと彫りの深い演奏ができないのか、とは強く思うところである。

プログラムAでの、ライナー=キュッヒル率いるヴァイオリンが濃い表情で縦の線をビシっと揃えた名演だったので、その印象との比較にどうしてもなってしまうが、PMFアメリカの教授たちはあまりトゥッテイに自発性を求めていないのは明らかである。プログラムAのヴァイオリンとはあまりに対照的な出来である。

この演奏を聞いて、逆にライナー=キュッヒルがどれほど凄いかを、改めて認識した次第である。いかに表情をつけ、表現の彫りを深くし、かつ若手奏者に徹底させるとともに、自信を持って演奏させるという点で、彼にかなうものはいない。でも彼は、「東の国の東にある都」に帰っちゃったのだよな。。。

マーラーの第5は、圧倒的な管楽器優位の展開に救われている。

特に第三楽章でテンポを遅くして奏でられるホルンのソリスティックな展開が最も素晴らしい。それぞれ別の旋律を奏でる複数のホルンの繋ぎは、バランスが非常に的確に取られている。また、ホルン首席の個人技の見事さには目を奪われる。抜群の安定感を伴う音量を保持しつつ、圧倒的なニュアンス!レベルの高かった管楽全般の中でも、その存在感は目立っている。

第五楽章冒頭の、ホルンやファゴットやその他の管楽がソリスティックに繋いでいく所も、安定した個人技のみならず、絶妙なバランス自体が素晴らしい。

全般的に、管楽奏者の個人技に頼った要素が強い印象が強い点で、物足りなさを感じる演奏である。管楽の華麗な展開と同調しない弦楽の不調が目立ち、どこか一貫性を欠いている思いが抜けきらない。リハーサル不足も影響しているのであろうか。マーラーの第5は、マーラーに初めて接する人たちに一番馴染みやすい交響曲であるが、一方で弦楽・管楽ともに穴を許さない曲で、その意味では第6よりも難曲である事を認識させられる。

準=メルクルの過密日程を反映してか、またはPMFの慣習であるのか、アンコールはなかった。

2013年7月14日日曜日

日本センチュリー交響楽団 福井公演 演奏会評

2013年7月14日 日曜日
福井県立音楽堂(ハーモニーホールふくい) (福井県福井市)

曲目:
ルートヴィッヒ=ファン=ベートーフェン ヴァイオリン協奏曲 op.61
(休憩)
カミーユ=サン-サーンス 序奏とロンド・カプリチオーソ op.28
モーリス=ラヴェル 「ツィガーヌ」
イーゴル=ストラヴィンスキー バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)

ヴァイオリン:戸田弥生
管弦楽:日本センチュリー交響楽団(JCSO) (旧大阪センチュリー交響楽団)
指揮:沼尻竜典

日本センチュリー交響楽団は、7月14日・15日に、福井・岸和田(大阪府)にて特別演奏会を行った。この評は、7月14日福井での公演に対するものである。

着席位置は、前方上手側である。客の入りは7割くらいか、舞台後方(オルガン側)の席は全て空席で、事実上閉鎖扱いである。

ベートーフェンのヴァイオリン協奏曲、戸田弥生はゆっくり目で朗々と響かせる演奏である。朗々と響かせながらも、どこか緊張感を伴っている。細部に至るまで真摯に音作りをしたのが良く分かる。特に第一・第二楽章は非常に優れた演奏である。戸田弥生の演奏の本質は、今年1月の無伴奏リサイタル(福井県立音楽堂 小ホール)の時と変わりない。聴衆の側にも真剣勝負が求められる演奏で、遊びというか愉悦感を求める方には向かないとは思う。管弦楽は対決的アプローチではなく、協調しサポートする方向性で、縦の線が揃ったきれいな響きである。

戸田弥生の地元であるせいか、大盤振る舞いの演奏会で、ベートーフェンの大曲を演奏した後で、休憩後にも二曲小品を演奏する、異例のプログラムである。普通に優れた演奏である。

「火の鳥」は古典的端正さを伴う演奏であり、管弦楽のバランスが良く取れている。一方で、管楽が出るべきところでちゃんと出るのがいい。想像以上にいい管弦楽団だ。

アンコールはビゼーの「アルルの女」より「ファランドール」であった。

2013年7月13日土曜日

PMF (Pacific Music Festival) 2013管弦楽演奏会(プログラムA)評

2013年7月13日 土曜日
札幌コンサートホールkitara (北海道札幌市)

曲目:
アントニーン=ドヴォルジャーク 交響詩「真昼の魔女」 op.108
アントニーン=ドヴォルジャーク ヴァイオリン協奏曲 op.53
(休憩)
アントニーン=ドヴォルジャーク 交響曲第8番「大交響曲」 op.88

ヴァイオリン:ヴェロニカ=エーベルレ
管弦楽:PMF管弦楽団(+PMFヨーロッパ)
指揮:アレクサンドル=ヴェデルニコフ

札幌市を中心に開催されるPacific Music Festival (PMF) 2013は、7月6日から31日まで開催され、ヴィーン-フィル等から招かれた奏者による若手音楽家に対する教育の他、多数の形態の演奏会により構成される。管弦楽演奏会は三プログラムあり、この評はプログラムA、第一日目札幌コンサートホールkitaraでの公演に対してのものである。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン→ヴィオラ→ヴァイオリン-チェロのモダン配置で、コントラバスはチェロの後方につく。木管パートは後方中央、ホルンは後方上手側、その他の金管・ティンパニは後方中央から下手側の位置につく。

着席位置は正面2階前方中央、客の入りはほぼ7割位であろうか、舞台後方席(Pブロック)、3階席サイド(LC・RCブロック)に空席が目立つ。

この演奏会は、全てドヴォルジャークの作品である。当初の予定ではイルジー=コウトが指揮を担当するところであったが、疾病によりアレクサンドル=ヴェデルニコフに変更となった。

第一曲目は、交響詩「真昼の魔女」、若手を中心とした楽団員による演奏だ。管楽をよく響かせた、題名から想像するようなおどろおどろしさがない、綺麗な演奏だ。

第二曲目はヴァイオリン協奏曲、ソリストは1988年に生まれたドイツ出身の若手、ヴェロニカ=エーベルレである。全般的にテンポは中庸で変化はそれほどない傾向である。エーベルレのソロはパワーが弱めで管弦楽に負けていて、特に第一楽章ではソリストの役割を果たしていない。それでも楽章が進むに連れ少しずつ改善される。第三楽章の冒頭の響きは素晴らしい。また、高音部でステップを刻む部分も良い。その代わり第三楽章では管弦楽が途端に大人しくなり、相当抑えた響きとなる。あるいは管弦楽を犠牲にしてソリストを引き立たせているようにも思える。

休憩後の三曲目は、交響曲第8番である。PMF教育プログラムの教授陣である「PMFヨーロッパ」が楽団員として加わり、コンサートマスターはライナー=キュッヒル、ホルンにラデク=バボラークも配置される強力な布陣だ。

フルートの役割が極めて重大な曲であるが、冒頭のつかみから成功している。冒頭間も無くあるピッコロ(おそらくフルートで唯一の日本人メンバーである有田紘平によるものであろうか)の安定感ある響きで観客を魅了する。朗々と響かせる部分のフルートは絶品だ。

ホルンは若手に美味しいところを吹かせている。バボラークは、地味な場面で演奏し、如何に管弦楽全体の響きを下支えするかを提示しているのだろう。

全般的にその他の管楽も含めてよく響いていた。

極め付けはキュッヒル率いるヴァイオリンであろう。演奏が始まる前から、キュッヒルが実に恐ろしいオーラを発している。ヴァイオリンパートは、指揮者の言うことを聞かずにキュッヒルに従って演奏しているかのような、まるで軍事クーデタでも決起しているかのような演奏だ。

いや、軍事クーデタと言うのはさすがに妄想か。それでも、あの自発的な濃いニュアンスが、指揮者からの指示によるものとは思えない。全体リハーサルの前にキュッヒルがヴァイオリンパート全員に濃密な教育を施し、その成果を全体リハーサルで提示して、ヴェデルニコフの追認を得たというのが真相か。キュッヒルの教育の賜物は実に凄いもので、たった一人のコンサートマスターによってこれほどまでに音が違ってくるのかと感嘆する。縦の線が揃っている上、あれだけテンションが高い濃い表情を若手奏者一人ひとりに極めて高度に貫徹しているところが恐ろしい。ヴァイオリンの可能性について、その極限をキュッヒルは身をもって示す。

長野五輪の際の「第九」演奏会の時にも感じたが、彼はコンサートマスターとして世界最高の実力を示している。コンサートマスターがどのような役割を果たすべきかについて、キュッヒルは究極の模範である。さすが、長年ヴィーン-フィルのコンサートマスターで実力を発揮しているだけの事はある。

PMFがこれほどまでに高い水準の演奏をするとは、正直思わなかった。演奏会のチケット確保の段階から準備を踏んで、飛行機で飛んでまで慣れない札幌の街までやってきたかいがあった。札幌在住であれば、室内楽演奏会を含めて全てのプログラムに参加したいくらいだ。

2013年7月6日土曜日

第87回 水戸室内管弦楽団 定期演奏会 演奏会評

2013年7月6日 土曜日
水戸芸術館 (茨城県水戸市)

曲目:
細川俊夫 室内オーケストラのための「開花II」
ルートヴィッヒ=ファン=ベートーフェン ピアノ協奏曲第3番 op.37
(休憩)
フランツ=シューベルト 交響曲第8(9)番「大交響曲」 D944

ピアノ:小菅優
管弦楽:水戸室内管弦楽団(MCO)
指揮:準=メルクル

MCOは、準=メルクルを指揮者に迎えて、2013年7月6日・7日に水戸で、8日に東京で、第87回定期演奏会を開催した。この評は、第一日目の公演に対してのものである。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン→ヴァイオリン-チェロ→ヴィオラのモダン配置で、コントラバスはチェロの後方につく。木管パートは後方中央、ホルンは後方上手側、その他の金管・ティンパニは後方下手側の位置につく。

着席位置は正面前方中央、客の入りはほぼ満員である。

演奏会場に入ると、いつもよりも舞台上の照明が暗い。プログラムには紙片が挟まっており、プログラム本編に先立ってモーツァルトのディヴェルティメントK.136(125a)から第二楽章を演奏する事が予告されている。この5月に亡くなられた楽団員で、コンサートミストレスの役割を果たすことも多かった潮田益子に対する追悼演奏である。

定刻となり、最小限の照明の下で楽団員のみが入場し、その後演奏に支障がない程度に抑えた照度となる。安芸晶子をコンサートミストレスとしての演奏だ。最初の一音を聴くだけで、改めてMCOの技量の高さを認識させられる。一音一音がとても綺麗で、淀みが全くなく清冽な演奏だ。演奏終了直前に照明が落とされ、最小限の照明の下で楽団員が去る。演奏前後に拍手をする者はない。追悼演奏が終わる。

照明が通常の明るさとなり、プログラム本編となる。水戸芸術館での慣習のとおり、楽団員登場の場面から盛大な拍手で迎える。

第一曲目は細川俊夫の「開花II」であり、日本初演だ。コンサートマスターは、久しぶりにMCOに登場した川崎洋介である。作曲者臨席の下での演奏だ。冒頭部からの、蓮の花がゆっくりと開花していく情景であろうか、限りなく無音に近い音からの長いクレッシェンドに、その完璧なまでの美しい響きに魅了される。弱音部でのニュアンスが特に冴えわたり、極めて精緻な演奏だ。目隠ししてこの音楽を聴くと、ヴァイオリンやフルートを用いた音色とは決して思えない。西洋の楽器でこれほどまでに仏教的、東洋的な音が出せるのかと、驚嘆につぐ驚嘆に満ちた演奏である。

二曲目はベートーフェンのピアノ協奏曲第3番、コンサートミストレスは渡辺實和子である。正直なところ、ベートーフェンの場合小菅の個性が発揮されるところは相対的に少ないようにも思えるが、それでも小菅の危うさを秘める繊細さが随所に出てくる演奏だ。カデンツァでのテンポの揺らぎ、第二楽章での繊細な演奏が小菅らしいところである。第三楽章ではちょっと遊び心も出たかな、と思えるのは気のせいであろうか。

休憩後の三曲目は、シューベルトの「大交響曲」だ。コンサートマスターは豊嶋泰嗣である。端正なスタイルを保持するのが通例のメルクルとしては、態度がいつもと違う。第一楽章からかなり速めなテンポであり、これはどんなものかと一瞬疑問に感じるが、スタッカートをどちらかというと重視しており、その躍動感が強い説得力を持つ。やや弦楽重視であるが管楽を要所要所で際立たせている。下手側に位置しているトランペットとトロンボーンが、繊細さを伴いつつも的確な自己主張を行っていて素晴らしい。ホルン・オーボエは敢えて抑えられていたのだろうか?第二楽章では、メルクルが指示したと思われるニュアンスが実に効果的である。

「開花II」で見せた演奏から正反対の方向性で、メルクルは鬼と化す。最終楽章で、あれだけスピードが速めでありながら、体全体を用いたボーイングで、弦楽の音の細かく強く刻むよう要求する。近年のMCO演奏会では見られなかった、なりふり構わない凄惨な白兵戦と化す。それでもMCOは驚異的なまでに的確にスタッカートを実現する。ただただ圧巻である。

終演後、心地良い疲労感に満ちた表情を弦楽セクションの人たちがしている。限界を極めた達成感に満ちた表情だ。今回の演奏会は、追悼演奏から始まり、一曲目から重量級の曲目で構成されていた。もうこれ以上の演奏は不可能であることは、誰の目にも明らかだ。アンコールはなし。極めて充実した内容の演奏会であった。