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2016年2月13日土曜日

Kioi Sinfonietta Tokyo, the 103th Subscription Concert, review 第103回 紀尾井シンフォニエッタ東京 定期演奏会 評

2016年2月13日 土曜日
Saturday 13th February 2016
紀尾井ホール (東京)
Kioi Hall (Tokyo, Japan)

曲目:
Wolfgang Amadeus Mozart: divertimento n.1 K136
Richard Strauss: Concerto per corno e orchestra n.2
(休憩)
Wolfgang Amadeus Mozart: Concerto per corno e orchestra n.3 K447
Richard Strauss: Metamorphosen

violino: Rainer Honeck / ライナー=ホーネック
corno: Stefan Dohr / シュテファン=ドール
orchestra: Kioi Sinfonietta Tokyo(紀尾井シンフォニエッタ東京)
direttore: Rainer Honeck / ライナー=ホーネック

紀尾井シンフォニエッタ東京(KST)は、ライナー=ホーネックを指揮者に、ホルン奏者のシュテファン=ドールをソリストに迎えて、2016年2月12日・13日に東京-紀尾井ホールで、第103回定期演奏会を開催した。この評は、第二日目の公演に対してのものである。

ライナー=ホーネックは、ディヴェルティメントとメタモルフォーゼンはコンサート=マスター、二曲あるホルン協奏曲は指揮を担当する。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン→ヴィオラ→ヴァイオリン-チェロのモダン配置で、コントラバスはチェロの後方につく。木管パートは後方中央、ホルンは後方下手側、その他の金管とティンパニは後方上手側の位置につく。

着席位置は一階正面後方僅かに上手側、チケットは完売している。観客の鑑賞態度は、時折ノイズが発生したものの、概ね極めて良好で、メタモルフォーゼンの後の静寂も(時報がなっちゃったけど)守られた。

第一曲目の「ディヴェルティメント」は第三楽章がヴィヴィッドな感じで私の好みである。

第二曲目はリヒャルト=シュトラウスのホルン協奏曲第2番である。ホルン-ソロはシュテファン=ドールだ。

この曲を私が聴くのは初めてであり、リヒャルト=シュトラウスの書法に慣れていないからそのように感じられたのかもしれないが、第一楽章ではドールが紀尾井ホールの響きにマッチせず苦しめられているように思えて、加えて管弦楽が控え目な設定であったこともあり、バラバラな印象を持つ。

しかし第二楽章で、木管の見せ場からさり気なくホルンが入って来るところは素晴らしい。

シュテファン=ドールが本領を発揮し出すのは、休憩後に演奏されたモーツァルトのホルン協奏曲第3番である。弱めな響きの管弦楽と完全にマッチしており、弱音のコントロールが見事で、管弦楽と同じ方向を向いた演奏が、見事に当たる。よく考えられて構成された演奏である。

しかし、シュテファン=ドールの本領はアンコールでさらに発揮される。曲目はメシアンの「峡谷から星たちへ・・」第二部第6章「恒星の叫び声」である。

協奏曲のソリストとして、あるいはアウェイである紀尾井ホールの奏者として課せられた制約から逃れ、自由を得て、伸びやかな明るい響きの演奏だ。

紀尾井ホールの響きを完全に掌握した上で、全てが絶妙に絡み合い、何らの制約なく、やりたい放題に超絶技巧を披露し、私のテンションが上がりまくる。「メタモルフォーゼン」の前で興奮しちゃって良いのかと、罪の意識を持ちながら。

最後の曲は、リヒャルト=シュトラウスのメタモルフォーゼンである。

緻密に考えられ、個々の奏者の技量が的確に発揮され、純音楽的なメリハリがありながらも、感情過多になり過ぎない(私にとっては、涙腺が潤むか潤まないかのギリギリの線だった)重さを感じさせる見事な演奏である。

この曲を、紀尾井ホールのような中規模ホールで聴くことに幸せを感じる。23人の弦楽奏者それぞれが独立しており、一人ひとりの弦楽が意味を持つこの曲は、やはり大ホールでは限界がある。大ホールフルオケばかりの東京で、機会は少ないけれども、紀尾井ホールで、紀尾井シンフォニエッタ東京の演奏で聴けるのは、奇蹟的な幸運だ。

この曲の最後では、祈る気持ちになる。天井のシャンデリアに視線を向け、あるいは目を瞑り、視覚的な情報をカットして響きに心を傾ける。曲が終わり、観客は静寂を保つ。ちょうど16時になり時報がなってしまうのは不幸だったが、祈りの時間が確保される。ホーネックが終了の合図を出したのか、観客から拍手が湧き上がり始める。曲が終わったらしい。名演が終わった。そろそろ私も目を開き、拍手をし始めよう。

2015年7月4日土曜日

Kioi Sinfonietta Tokyo, the 100th Subscription Concert, review 第100回 紀尾井シンフォニエッタ東京 定期演奏会 評

2015年7月4日 土曜日
Saturday 4st July 2015
紀尾井ホール (東京)
Kioi Hall (Tokyo, Japan)

曲目:
Wolfgang Amadeus Mozart: “Le nozze di Figaro”(ouverture) K.492 (序曲「フィガロの結婚」序曲)
Johannes Brahms: Doppio concerto per violino, violoncello e orchestra op.102
(休憩)
Ludwig van Beethoven: Sinfonia n.7 op.92

violino: Rainer Honeck /ライナー=ホーネック
violoncello: Maximilian Hornung / マキシミリアン=ホルヌング
orchestra: Kioi Sinfonietta Tokyo(紀尾井シンフォニエッタ東京)
direttore: Семён Ма́евич Бычко́в/ Semyon Bychkov / セミヨン=ビシュコフ

紀尾井シンフォニエッタ東京(KST)は、セミヨン=ビシュコフを指揮者に、ライナー=ホーネック・マキシミリアン=ホルヌングをソリストに迎えて、2015年7月3日・4日に東京-紀尾井ホールで、第100回定期演奏会を開催した。この評は、第二日目の公演に対してのものである。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン→ヴァイオリン-チェロ→ヴィオラのモダン配置で、コントラバスはチェロの後方につく。木管パートは後方中央、ホルンは後方下手側、ティンパニ・トランペットは後方上手側の位置につく。

着席位置は一階正面後方僅かに上手側、チケットは完売している。観客の鑑賞態度は、前半は稀に見る程極めて良好であったが、後半は第二楽章冒頭で寝息が流れる(隣席の方は起こしてあげて欲しい)等多少のノイズがあった。

第一曲目の「フィガロの結婚」序曲は、弦楽を控え目な響きにさせ、管楽重視の普通の演奏である。

二曲目は、Brahmsによる、ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲である。第一楽章から管弦楽を良く響かせている一方で、ソリストとの響きのバランスも十分に考えられている。ソリストはホーネック・ホルヌングとも第一楽章中程から本領を発揮し、自由自在に音量・ニュアンスを組み立て、駆使している。音色の扱い方、微妙なテンポの揺るがし方が絶妙である。

東京のホールであったら、(少し大きめのホールであるが)紀尾井ホールで無ければ実現出来ない演奏である。弦楽系協奏曲では、ホールの大きさがどれだけ適切かが問われてくる。大音量ではなく、繊細な音色やニュアンスで攻めるタイプの弦楽系ソリストの場合、適切な会場は600〜800席規模の中規模ホールだ。紀尾井ホールの場合、一般的な中規模ホールでは大きい部類に入るが、それでもホーネック・ホルヌングの音色を適切な音圧をもって聴衆に伝える事ができた。それは中規模ホールだからであって、東京オペラシティ-タケミツメモリアルであったらアウトだろう。

後半はBeethovenの交響曲第7番。第一楽章のテンポ処理については、好みが分かれるかもしれない。遅めのテンポで、ゆっくりだからこそ見えてくる風景を見せるかのように考えられているが、一方で躍動感を感じるのは難しい。率直に申し上げれば私の好みではないが、管弦楽はその演奏で求められている要素を的確に演奏している。好みの問題は、ビシュコフの解釈に起因するものである。

(好みが分かれる第一楽章を含め)全曲を通してとにかく立派な演奏だ。序盤を華やかにする木管の響きから始まり、今日の管弦楽の精度は極めて高い。その精度でニュアンス溢れる表現を行えば、好みはどうであれ、優れた演奏である事を否定できる者は誰一人いないだろう。室内管弦楽団ならではの、素晴らしい演奏であった。

2015年1月17日土曜日

Nagoya Philharmonic Orchestra, Concert Shirakawa Series Vol.24, review 第24回しらかわシリーズ 名古屋フィルハーモニー交響楽団 演奏会 評

2015年1月17日 土曜日/ Saturday 17th January 2015
三井住友海上しらかわホール (愛知県名古屋市)
Shirakawa Hall (Nagoya, Japan)

曲目:
Franz Joseph Haydn: Concerto per violino e orchestra n.4 Hob.VIIa-4
Franz Joseph Haydn: Sinfonia n. 96 Hob.I-96
(休憩)
Franz Joseph Haydn: Sinfonia n. 102 Hob.I-102

Violino: Rainer Honeck(ライナー=ホーネック)
orchestra: Nagoya Philharmonic Orchestra(名古屋フィルハーモニー交響楽団)
direttore: Rainer Honeck(ライナー=ホーネック)

名古屋フィルハーモニー交響楽団は、ライナー=ホーネックをソリストに迎えて、2015年1月17日に三井住友海上しらかわホールで、第24回しらかわシリーズ演奏会を開催した。

プログラムは、全てハイドンの作品である。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→ヴィオラ→ヴァイオリン-チェロ→第二ヴァイオリンの左右対抗配置で、コントラバスはチェロの後方につく。木管パートは後方中央、ホルンは後方下手側、その他の金管後方下手側の位置につく。

着席位置は、一階席の理想的な場所が確保出来なかったこともあり、二階正面中央僅かに下手寄りとした。客の入りは八割強か?二階後方隅に空席が目立った。

一曲目のヴァイオリン協奏曲第4番、管弦楽はクリアな音色でしっかり盛り立てる。一方ホーネックの音色は混濁気味で(特に第一楽章)、私の好みではない。何度もしらかわホールで演奏しているはずなので、響きについては熟知しているはずだけど、どうしてなのだろう?

二曲目の交響曲第96番は、第二・第三楽章が素晴らしい。第一楽章で弱めだった弦も含めて統一感のある響きである。管楽のアクセントはよく効いている。ティンパニはホーネックの指示により弱められたか?中核のクラリネットがしっかり決めている。ホルンの音色は柔らかい。

後半は交響曲第102番である。特定の誰かというよりは、みんなでビシッと合わせた見事な演奏だ。序盤だけ固さが見られたけど、それ以外は狙い済ましたように決めて来る。第二・第三楽章は精緻さの点でも完成度がより高く感じられる。

アンコールは、ハイドンの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」より「第五ソナタ アダージョ」(弦楽合奏版)である。考えられる限りの繊細さを伴って演奏される。心を洗われる気持ちになる演奏であった。