2015年7月4日 土曜日
Saturday 4st July 2015
紀尾井ホール (東京)
Kioi Hall (Tokyo, Japan)
曲目:
Wolfgang Amadeus Mozart: “Le nozze di Figaro”(ouverture) K.492 (序曲「フィガロの結婚」序曲)
Johannes Brahms: Doppio concerto per violino, violoncello e orchestra op.102
(休憩)
Ludwig van Beethoven: Sinfonia n.7 op.92
violino: Rainer Honeck /ライナー=ホーネック
violoncello: Maximilian Hornung / マキシミリアン=ホルヌング
orchestra: Kioi Sinfonietta Tokyo(紀尾井シンフォニエッタ東京)
direttore: Семён Ма́евич Бычко́в/ Semyon Bychkov / セミヨン=ビシュコフ
紀尾井シンフォニエッタ東京(KST)は、セミヨン=ビシュコフを指揮者に、ライナー=ホーネック・マキシミリアン=ホルヌングをソリストに迎えて、2015年7月3日・4日に東京-紀尾井ホールで、第100回定期演奏会を開催した。この評は、第二日目の公演に対してのものである。
管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン→ヴァイオリン-チェロ→ヴィオラのモダン配置で、コントラバスはチェロの後方につく。木管パートは後方中央、ホルンは後方下手側、ティンパニ・トランペットは後方上手側の位置につく。
着席位置は一階正面後方僅かに上手側、チケットは完売している。観客の鑑賞態度は、前半は稀に見る程極めて良好であったが、後半は第二楽章冒頭で寝息が流れる(隣席の方は起こしてあげて欲しい)等多少のノイズがあった。
第一曲目の「フィガロの結婚」序曲は、弦楽を控え目な響きにさせ、管楽重視の普通の演奏である。
二曲目は、Brahmsによる、ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲である。第一楽章から管弦楽を良く響かせている一方で、ソリストとの響きのバランスも十分に考えられている。ソリストはホーネック・ホルヌングとも第一楽章中程から本領を発揮し、自由自在に音量・ニュアンスを組み立て、駆使している。音色の扱い方、微妙なテンポの揺るがし方が絶妙である。
東京のホールであったら、(少し大きめのホールであるが)紀尾井ホールで無ければ実現出来ない演奏である。弦楽系協奏曲では、ホールの大きさがどれだけ適切かが問われてくる。大音量ではなく、繊細な音色やニュアンスで攻めるタイプの弦楽系ソリストの場合、適切な会場は600〜800席規模の中規模ホールだ。紀尾井ホールの場合、一般的な中規模ホールでは大きい部類に入るが、それでもホーネック・ホルヌングの音色を適切な音圧をもって聴衆に伝える事ができた。それは中規模ホールだからであって、東京オペラシティ-タケミツメモリアルであったらアウトだろう。
後半はBeethovenの交響曲第7番。第一楽章のテンポ処理については、好みが分かれるかもしれない。遅めのテンポで、ゆっくりだからこそ見えてくる風景を見せるかのように考えられているが、一方で躍動感を感じるのは難しい。率直に申し上げれば私の好みではないが、管弦楽はその演奏で求められている要素を的確に演奏している。好みの問題は、ビシュコフの解釈に起因するものである。
(好みが分かれる第一楽章を含め)全曲を通してとにかく立派な演奏だ。序盤を華やかにする木管の響きから始まり、今日の管弦楽の精度は極めて高い。その精度でニュアンス溢れる表現を行えば、好みはどうであれ、優れた演奏である事を否定できる者は誰一人いないだろう。室内管弦楽団ならではの、素晴らしい演奏であった。