2015年7月26日日曜日

まつもと市民芸術館「空中サーカス」2015 感想

2015年7月20日(月)・26日(日)
まつもと市民芸術館 (長野県松本市)

演目:空中サーカス

出演:
歌い手・俳優部門:
串田和美・高泉淳子・小西康久・内田紳一郎・片岡正二郎・秋本奈緒美・近藤隼・佐藤卓・細川貴司・下地尚子

音楽(バンド)部門:
coba・大熊ワタル・花島英三郎・キデオン=ジュークス・熊谷太輔・杉山卓

サーカス・大道芸部門:
ジュロ・ロラン・ロッタ・スティーナ・メリッサ・サラ・金井ケイスケ・目黒陽介・宮野玲・ジェームス=ヨギ

構成演出:串田和美
音楽:coba
サーカスアドヴァイザー:ジュロ

以降、ネタばれ注意!もともとストーリ性がない作品ではあるが、2011年以来二年に一回開催されてきた「空中キャバレー」が今後も上演される場合、舞台装置の設定や、どのような出し物があるかが、この感想によりある程度明らかになってしまう。これまでの「空中キャバレー」をご覧になっていない状態で、2017年に初めて観劇する場合に白紙の状態で臨みたい方は、これ以降は閲覧されないようお勧めする。

まつもと市民芸術館にて、2015年7月17日から26日に掛けて「空中キャバレー」を9公演上演した。私が臨席したのは、4回目の7月20日公演と、千秋楽7月26日公演である。

入口は、西側搬入出口という異例の場所である。まつもと市民芸術館は、東側から搬入用トラックを入れ、舞台北側に横付けし搬入作業後、西側からトラックを出す事が出来る、先進的かつ機能的な搬入システムを用いている。東側搬入入口・西側搬入出口にはシャッターが備え付けられ、真冬の氷点下環境であっても、屋内環境で搬入作業を行う事が出来る。

いつもは閉じられている西側搬入出口のシャッターが開けられ、開場前に集まった観客は搬入作業スペースに誘導される。開場後は、東側舞台搬入口から脇舞台へと誘導される。まつもと市民芸術館は田の字型四面舞台となっており、南西側に主舞台・北西側に奥舞台・主舞台と奥舞台の東側にそれぞれ脇舞台を設置している構成となっている。この公演では主・奥舞台の西側と、脇舞台の東側とを分けており、二分割して用いている。

脇舞台(及びチケットコントロール後の制限区域内の搬入作業スペース)には「空中マルシェ」があり、十ほどの地元企業による仮設店舗が営業している。パンやクッキー・花・ガラス細工・木工作品・絵までも売られている。もちろん、そこで腹ごしらえも可能だ。

前半60分、後半100分、休憩20分を含めると三時間もの長丁場、冷房の効いた脇舞台で軽く食事が取れることは大きい。

脇舞台には「空中マルシェ」の他、小舞台が設置され大道芸が披露されたり、ロッタ+スティーナによるスオミ国コンビがチョコチョコ動き回って、サーカス技を披露していたり、どこかで誰かが歌っていたり、サラが脇舞台1号ホイストから吊り下げられたロープ下りパフォーマンスを繰り広げたりする。プロセニアム高さが15mであることからすると、同じ高さのキャットウォークからロープに移り、ホイストで3m程東側壁から西側へ移動して、スリルあふれる技を伴って下りてくる。客席で落ち付いている開演前の時間ではなく、既にプロローグが始まっているような、賑やかな時間だ。

開演時刻になると、秋本奈緒美がハーメルンの笛吹き女となって、目印を持って観客を主舞台東側下手側から誘導する。この公演の本番では、主舞台と奥舞台をつなげて使っているが、奥舞台には「実験劇場」用の椅子が360席設置されている。大劇場では南側に観客席があるが、「実験劇場」として用いる場合には、北側に観客席が設けられる。主舞台は大劇場公演・「実験劇場」公演いずれも同一の物を用いるが、下手・上手は正反対となる。この稿では、混乱を避けるために「東側下手側」「西側上手側」の表現を用いる。

大劇場の観客席は閉鎖されている。主舞台は当然サイトウ-キネン-フェスティバルのオペラ公演として用いているものと全く同じである。観客たちには、主舞台の床の上にそのまま座って観劇するよう推奨される。「実験劇場」の椅子に座っていると、開演早々、串田和美により「人生に疲れた人たちの席」と揶揄される。

舞台には白円が描かれており、白円内が舞台になることもあれば、観客スペースになる事もあり、演技スペースと観客スペースとの境界は可変的であるだけでなく、混ざり合う事もある。

冒頭はcobaと杉山卓(東大卒!)とのアコーディオン-パフォーマンスから始まる。全般を通したストーリーは存在しない。芝居と歌とサーカスと大道芸を適宜組み合わせ、同時に進行させたりしている。

「空中ブランコに恋する兵士」の芝居は、メリッサの空中ブランコとも組み合わさっているように、同時進行の複合形態は「空中キャバレー」にはよくあることだ。

芝居では、「空中ブランコに恋する兵士」の他、ライオン吠えさせ罪・才能は放棄できない・冬山スキー・太鼓・アカプルコへ行くサボテンがあり、

歌では高泉淳子・秋本奈緒美が三曲ほど単独で歌うほか、秋本奈緒美は「アカプルコへ行くサボテン」でも紅一点歌っている。

サーカス・大道芸部門では、ロッタ+スティーナによるスオミ組地上サーカス演技・メリッサ+サラによる空中ブランコ演技・ロランによる綱演技・ジェームス=ヨギによる自転車演技の他は、大道芸の色彩が強いものだ。

注目するべき点は、音楽は全てcoba率いるバンドにより生演奏され、録音物は用いられない。サーカスを盛り上げる音楽をも、音楽(バンド)部門によって担当され、全ての芝居・歌・サーカス・大道芸の基盤を見事に構築している。

特に前半部では、観客参加型の色彩が強い。主舞台中央で観客が輪になって踊ったりもする。全般に渡り、演者は観客と極めて近い距離で演技し歌う。高泉淳子も秋本奈緒美も、観客のすぐそばを歩きながら、子どもとダンスし歌う。ジェームスの自転車技では、二人を飛び越えて観客が座っている僅か1mの距離を保って見事に停止させる。これ程までの距離感が近い公演は、「空中サーカス」以外にはありえないだろう。

休憩中は、脇舞台・搬入スペースにそれぞれ小舞台が設置され短時間の芝居が上演され、音楽も鳴らされ、出演者はいつ休んでいるのだろうと考えてしまう程だ。もちろん「空中マルシェ」も営業している。休憩時間でもお祭りは続いている。

私の特に好みとしているのは、東側下手側での音楽劇「アカプルコへ行くサボテン」・グラス-ハープによる音楽を背景にしたメリッサ+サラによる幻想的な空中ブランコである。

命綱を用いたサーカス技は、最後の空中ブランコのみである。7月20日公演ではメリッサ、7月26日千秋楽公演ではサラが演じた。私の上空での姿勢変換は、スリルと迫力を感じる。

この「空中サーカス」は、まつもと市民芸術館でないと実現不可能である。田の字型四面舞台、大きな主舞台、収納式の椅子、公道に面し誰もが分かりやすくアクセス出来る搬入口も必要だ。日本で最も設備が整った新国立劇場でさえも、上演不可能な演目で、この松本でしか上演出来ない。

twitterで検索して見ると、地元民だけでなく、東京から遠征して観劇しに来た方も多かったようだ。全てはあっという間に過ぎ去った三時間の空間であった。