2017年3月19日日曜日

新国立劇場バレエ団「ベートーヴェン-ソナタ」雑感

二度とも後方中央ブロックで観劇できたのは、本当に幸せな気持ちだった。二度観て良かったなと思える事は、一度見てるだけに、二回目で見えるものが見えてくる事である。一度目は、純舞踊的な要素で観て、二度目は物語を踏まえながら観劇出来た。

振り付けの中村恩恵さんは、三人の女性プリンシパルの特徴を捉え十二分に活かした振り付けを行なったように思える。

ジュリエッタ役の米沢唯ちゃんはテクニックを活かした踊りを披露しつつ「無邪気に、いつの間にかお乗り換え」♪

ベートーヴェンからガレンベルク伯爵役の木下嘉人さんの肩の上に乗って、拍手を受けてご結婚である♬

この過程があまりに無邪気で、何の罪の意識を感じていない無邪気さがいかに残虐なものであることを示した🎶🎶

ここは、わる〜い女の要素が全くない、どこまでもいい子ちゃんの米沢唯ちゃんだからこそ、その無邪気さが活きる。わる〜い女の本島美和りんだと、真実味がなくなるのだ!(←本島美和さんにこっぴどく怒られるぞ!!)

小野絢子さんは、ベートーヴェンと愛し合っているのに引き裂かれるアントニア役で、似合っているし、本島美和さんは「わる〜い女」役がハマりまくっている妖艶さで魅了される。

本当に三人のプリンシパルの特質を活かした中村恩恵さんの振り付けは凄い。

私のツボにハマったのは、op.59-3で家族が出てくる場面で、クスクス笑いまくっていた。全般的に観客の皆さん、真面目に観ていらっしゃったようだけど♪

終盤部での、op.132の曲想を活かした構成は素晴らしいと思えた。

来シーズンは新国立劇場バレエ団はこのような演目はない。残念でならない。

「ベートーヴェン-ソナタ」の再演を強く望むものである。

2017年3月11日土曜日

NDR Sinfonieorchester Hamburg, Krzysztof Urbański, Shoji Sayaka, Nagoya perfomance, (11th March 2017), review 北ドイツ放送交響楽団(ハンブルク) 名古屋公演 (2017年) 評

2017年3月11日 土曜日
Saturday 11th March 2017
愛知県芸術劇場コンサートホール (愛知県名古屋市)
Aichi Prefectural Art Theater Concert Hall (Nagoya, Japan)

曲目:
Михаил Иванович Глинка / Mikhail Ivanovich Glinka: “Руслан и Людмила” / “Ruslan e Ludmilla” Ouverture
Сергей Сергеевич Прокофьев / Sergei Sergeevich Prokofiev: Concerto per violino e orchestra n.1 op.19
(休憩)
Antonín Leopold Dvořák: Sinfonia n.9 ‘Z nového světa’ op.95 B.178

violino: 庄司紗矢香 / Shoji Sayaka
orchestra: NDR Sinfonieorchester Hamburg(管弦楽:北ドイツ放送交響楽団-ハンブルク)
direttore: Krzysztof Urbański (指揮:クシシュトフ=ウルバンスキ)

北ドイツ放送交響楽団(ハンブルク)は、2017年3月に日本ツアーを実施し、東京・仙台・名古屋・川崎・福岡・大阪にて演奏会を開催する。この評は、2017年3月11日名古屋公演に対するものである。なお、マトモな音響のホールで聴けるのは、この愛知県芸術劇場コンサートホールでの公演と、アクロス福岡での公演のみである。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→ヴァイオリン-チェロ→ヴィオラ→第二ヴァイオリンの左右対向配置で、コントラバスはチェロの後方下手側につく。木管パートは後方中央、ホルンは中央後方の木管のすぐ上手側に付けた。ティンパニ他打楽器は中央最後方、ハープは上手側の位置につく。

着席位置は二階正面上手側、客の入りは8割程であろうか、三階席と二階バルコニー席の舞台真横に空席が目立った。観客の鑑賞態度は、概ね極めて良好であったが、生理現象とはもうせ、咳が目立ったのは残念である。

一曲目の「ルスランとリュドミラ」序曲は音取りモードのため、ノーコメントだ。二曲目から本気モードとなる。

二曲目のプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番のソリストは庄司紗矢香である。いつも通りの素晴らしい演奏だ。

もちろん、ソロ公演で上演される中小規模のホールで味わえる強い音圧を望むのは無理難題だけど、それでも、刹那刹那で求められる音色は説得力がある。熱狂ではなく、その曲が求めている音色を深く考え、高い技量で実現させていく方向性の演奏である。繊細さを求める路線は、指揮のウルバンスキと相性が良いと思われた。

ソリスト-アンコールは、J. S. Bach の無伴奏ヴァイオリン-ソナタ第2番から、アンダンテであった。

後半は、ドヴォルジャークの交響曲第9番、いわゆる「新世界」交響曲である。メジャー中のメジャー作品で、正直余り気乗りはしない曲目であるが、いい意味で裏切られる。

総じて言うと、ウルバンスキが構築したガラス細工を、NDRの完璧な管弦楽(特に管楽)で構築する試みである。この試みは見事に結実したと言って良い。

第二楽章は本当に見事で、繊細さが活きまくる演奏だ。前半部にある、弦楽の弱奏で攻める箇所と、その箇所に至るまで承前起後の部分の繊細な扱い方には、感嘆させられる。ウルバンスキにより微細な点まで響きを組み立て、この場面に至るまでの過程は、驚くべき解釈だ。

随所に出てくる、長めに掛けるフェルマータやパウゼも、構成上のアクセントとなる。それにしても、あんなに長くフェルマータを掛けて、全くブレないNDRの管楽は驚異的である。曲の冒頭の溜めは観客の注意を惹き起こす。

一番大切な、第四楽章最後の部分(もちろん、曲の終結部だ)で、あれ程までのフェルマータを掛けるのは冒険的と言えるが、極めて安定した演奏で酔わせてくれる。ウルバンスキの要求に応えるには、あのレベルでないといけないのだから、管弦楽は大変だけど、見事に達成する。

熱狂路線では決してないし、大管弦楽の演奏にド迫力を求める向きとは正反対の路線だ。その路線の観客からは、否定的な感想が述べられるだろう。

しかし、Krzysztof Urbański は、極めて細部に渡ってよく考えられた解釈で、彼の個性を明確に示し、NDR 北ドイツ放送響は繊細な演奏でその高い技量を活かした。オーボエもクラリネットもファゴットもフルートもピッコロもホルンも、その高い技量があって初めて実現した演奏である。Bravi !!

アンコールは、ドヴォルジャークの「スラブ舞曲」第一集 第8番であった。

2017年2月19日日曜日

Orchestra Ensemble Kanazawa, Il Barbiere di Siviglia , the 386th Subscription Concert, review 第386回 オーケストラ-アンサンブル-金沢 定期演奏会 評

2017年2月19日 日曜日
Sunday 19th February 2017
石川県立音楽堂 (石川県金沢市)
Ishikawa Ongakudo (Ishikawa Prefectural Concert Hall) (Kanazawa, Japan)

曲目:
Gioachino Rossini: Il Barbiere di Siviglia (「セヴィージャの理髪師」)

Il Conte d'Almaviva: David Portillo
Don Bartolo: Carlo Lepore
Rosina: Serena Malfi
Figaro: Andrzej Filończyk
Don Basilio: 後藤春馬 / Goto Kazuma
Berta: 小泉詠子 / Koizumi Eiko
Fiorello: 駒田敏章 / Kodama Toshiaki
Ambrogio: 山本悠尋 / Yamamoto Yukihiro
Un ufficiale: 濱野杜輝 / Hamano Toki

Coro: 金沢ロッシーニ特別合唱団 / Kanazawa Rossini Special Chorus

Stage Director: Ivan Alexandre

orchestra: Orchestra Ensemble Kanazawa (OEK)(オーケストラ-アンサンブル-金沢)
maestro del Coro: 辻博之 / Tsuji Hiroyuki
direttore: Marc Minkowski

オーケストラ-アンサンブル-金沢は、指揮にマルク=ミンコフスキを迎えて、2017年2月19日に石川県立音楽堂で、第386回定期演奏会として、ロッシーニの歌劇「セヴィージャの理髪師」を演奏会形式にて上演した。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→ヴィオラ→ヴァイオリン-チェロ→第二ヴァイオリンの左右対抗配置で、コントラバスはチェロの上手側につく。管楽パートは後方中央、打楽器は上手側の位置につく。

ピアノはフォルテピアノを用い、奏者が下手側を向くように上手側に配置し、蓋は取り外された。

着席位置は一階正面わずかに後方上手側、客の入りは九割程であろうか、チケット完売には至らなかった。観客の鑑賞態度は、概ね極めて良好だった。

演奏について述べる。

全般的に歌い手も充実している。新国立劇場で有りがちな、過剰なヴィブラートを掛けて汚く歌う歌い手は、誰一人いない。特に Almaviva伯爵役の David Portillo、Rosina役のSerena Malfi、Bartolo役の Carlo Lepore は完璧である。また、外国人ゲストのみならず、Berta役の小泉詠子 / Koizumi Eiko も第二幕にある唯一の見せ場で素晴らしいソロを披露した。

第一幕では、アルマヴィーラ伯爵(David Portillo)がオルガンバルコニーにいるロジーナ(Serena Malfi)、に対し、ギターと共に歌う場面が、私にとっての白眉である。ベルタがロジーナを捕まえる展開でさえなければ、盛大なBraviが飛びまくったに違いない。

第一幕は素晴らしかったが、やはり第二幕は圧巻である。これは、ソリスト・合唱・管弦楽・指揮のマルクと全てががっしり組み合わさった結果である。

変声で変装しているアルマヴィーラ公爵役の David Portillo が仕掛けると、ロジーナ役 Serena Malfi が完璧な「無駄な用心」で答える。

第一幕が進行するに従って固さが取れた管弦楽 Orchestra Ensemble Kanazawa も、独特の音色を決めてくるなど、進行に連れどんどん冴え渡ってきて最良の響きを出す。この場面でこの響き、と Marc Minkowski が求めていたであろう響きは実現されているに違いない。 Marc の期待に大いに答えたであろう!

ピアノはフォルテピアノを用い、 Gioachino Rossini の時代を再現するなど、企画面でも完璧な配慮が為されている。プロレスのようなマイク-パフォーマンスをさせてもらうが、新国立劇場よ、飯守泰次郎よ、君らにピットにフォルテピアノを入れる根性はあるか?金沢では実現してんだぜ!と言うところである。

大き過ぎる東京の劇場・音楽堂では実現出来ない、大ホール部門では全世界で間違いなく三本の指に入る、1560席の石川県立音楽堂の優れた音楽堂だからこそ、可能なプロダクションである。劇場で再現するとしたら、1100席規模のチューリッヒ歌劇場(Opernhaus Zürich)でなければ不可能であろう。スタインウェイのピアノを入れるロッシーニなど、考えられない。著名大劇場の真似事をやって1814席もの巨大な新国立劇場を建設した当時の日本オペラ界の見識は、厳しく指弾されて然るべきである。

この、Orchestra Ensemble Kanazawa による、 Marc Minkowski 指揮による 'Il Barbiere di Siviglia ' の公演は、巨大な劇場や音楽堂志向によって見捨てられた音楽的価値を拾い上げるものである。この金沢に於ける公演の意義は、単に一つの演奏会形式による歌劇公演の成功に収まらない。日本の音楽史上でも意義のある公演であった。

#oekjp

2017年2月12日日曜日

Sato Shunsuke + Kosuge Yu + Lorenzo Coppola, recital, (12th February 2017), review 佐藤俊介 + 小菅優 + ロレンツォ=コッポラ トリオ 「20世紀の作品群」 松本公演 評

2017年2月12日 日曜日
Sunday 12th February 2017
松本市音楽文化ホール (長野県松本市)
The Harmony Hall (Matsumoto Municipal Concert Hall) (Matsumoto, Japan)

曲目:
Darius Milhaud: Suite per violino, clarinetto e pianoforte op.157b
Maurice Ravel: Sonata per violino e pianoforte
Alban Berg: Quattro pezzi per clarinetto e pianoforte op.5
(休憩)
Արամ Խաչատրյան / Арам Ильич Хачатурян / Aram Il'ich Khachaturian: Trio per clarinetto, violino e pianoforte
И́горь Фёдорович Страви́нский / Igor Stravinsky: ‘L'Histoire du soldat’ 「兵士の物語」

violino: 佐藤俊介Sato Shunsuke
pianoforte: 小菅優 Kosuge Yu
clarinetto: Lorenzo Coppola

佐藤俊介、小菅優、ロレンツォ=コッポラの三人によるトリオは、2017年2月10日から12日に掛けて、盛岡市民文化ホール(岩手県盛岡市)、彩の国さいたま芸術劇場音楽ホール(埼玉県与野市)、松本市音楽文化ホール(長野県松本市)にて、リサイタル「20世紀の作品群」を計3公演開催した。プログラムは全て同一である。

この評は、千秋楽2017年2月12日松本市音楽文化ホールでの公演に対する評である。

着席位置は後方正面やや上手側、観客の入りは約5割である。メジャーな作曲家でなく、室内楽であり、松本市周辺の人口規模を考慮すると、これだけ集まっただけでも良しとするしかないか?観客の鑑賞態度は、概ね良好だった。

この演奏会の曲目は、ミヨー・ラヴェル・ベルク・ハチャトゥリアン・ストラヴィンスキーと、20世紀の曲目のみで構成されている。いずれも、第一次世界大戦前後に作曲されている。

クラリネットは、フランス式(技巧的な曲を吹きやすくした)とヴィーン式(弱音器をつけたような音を出せるようにした)の両方を用いた。ヴィーン式はベルクに対してのみ用いている。

総じて、挑戦的な曲目のどの曲も繊細に神経を通わし、ホールの響きを味方につけた素晴らしい演奏である。

名手が揃えば、完成度の高い演奏となるのは、当然と言えば当然と言えるが、それでもこの松本市音楽文化ホールは響くホール故に響かせ方が難しく、どのように観客に対して音圧を掛けるかは精密な計算が必要かと思われる。この難しいホールで、どの場面でも、弱音の綺麗さや強音の力強さ、明るい場面と暗い場面、いずれも場面でも完璧な響きで表現する。曲の構成も奇を衒わず、正統的なアプローチで攻める方向性である。

私の勝手な個人的な注目ポイントは、ラヴェルのヴァイオリン-ソナタで第一楽章終盤の、佐藤俊介が奏でたノンヴィブラートのヴァイオリンの響きだ。透明感のある、ピンと張り詰める響きの完璧さは、やはりテンションが上がる。

アンコールは、第一曲目である、ミヨーの「ヴァイオリン、クラリネットとピアノのための組曲」作品157bより 第4曲〈序奏と終曲〉の終曲部であった。

2017年2月11日土曜日

The Fujiwara Opera, Opera ‘Carmen’ (2017) review 藤原歌劇団 歌劇「カルメン」 感想

2017年2月11日 土曜日
Saturday 11th February 2017
愛知県芸術劇場 (愛知県名古屋市)
Aichi Prefectural Art Theater (Nagoya, Japan)

演目:
Georges Bizet: Opera ‘Carmen’
ジョルジュ=ビゼー 歌劇「カルメン」

Carmen: Милијана Николић / Milijana Nikolic
Don José: 笛田博昭 / Fueda Hiroaki
Escamillo: 王立夫 / Wang Lifu
Micaëla: 伊藤晴 / Ito Hare
Zuniga: 伊藤貴之 / Ito Takayuki
Moralès: 押川浩士 / Oshikawa Hiroshi
Le Dancaïre: 安東玄人 / Ando Gento
Le Remendado: 狩野武 / Karino Takeshi
Frasquita: 平野雅世 / Hirano Masayo
Mercédès: 米谷朋子 / Maiya Tomoko

ballerini: 平富恵スペイン舞踊団 / Yoshie Taira Spanish Dance Company

Coro: Fujiwara Opera Chorus Group(合唱:藤原歌劇団合唱部)
Coro dei bambini: The Little Singers of Tokyo (児童合唱:東京少年少女合唱隊)

Production: 岩田達宗
Set design: 増田寿子
Costumes design: 半田悦子
Lighting design: 大島祐夫

orchestra: Aichi Chamber Orchestra (管弦楽:愛知室内オーケストラ)
maestro del Coro: 須藤桂司
direttore: 山田和樹 / Yamada Kazuki

藤原歌劇団 / 日本オペラ振興会は、2017年2月3日から11日までの日程で、山田和樹の指揮による歌劇「カルメン」を4公演開催する。この評は2017年2月11日に催された第四回目(千秋楽)の公演に対するものである。版はギロー版を用いており、同時期に新国立劇場で上演されたレチタティーヴォを用いた版とは異なるものとなる。

着席位置は一階正面ほぼ真ん中である。観客の入りは8割程か?観客の鑑賞態度は、一階席に於いては序曲演奏中の私語が目立った。

舞台は伝統的なものであり、衣装を含めて前衛的な要素は何一つない、正統的なものだ。第四幕では、ホセの暴力性とカルメンの意志の強さを強調したものであり、ホセに二回カルメンを刺させることにより、ホセの強い殺意を表現する点は素晴らしい。舞踊はフラメンコ舞踊団を用いている。

ソリストの出来について述べる。

断トツに素晴らしいのは、ホセ役の笛田博昭である。愛知県芸術劇場の巨大な空間を自由自在に操れる声量はもちろんのこと、控えめなヴィブラート故に声に伸びやかさが感じられ、また綺麗な声質であり、ホセの純情さを見事に表す。一方で、ストーカー殺人者と化した第四幕での説得力も不思議な程に強く、終始この上演をリードする。よくぞ日本に留まってくれていると感謝の念を禁じ得ない。

ミカエラ役の伊藤晴も素晴らしい。かなりの程度、愛知県芸術劇場の空間に対応し、第三幕に於ける、ここぞという場面での強声は絶大なる効果を発揮する。第一幕・第三幕でのホセとの二重唱も、笛田博昭と見事に対抗でき、観客の涙腺を潤ませる。

カルメン役の Милијана Николић / Milijana Nikolic は、ムラが目立つ。全ての場面で愛知県芸術劇場の巨大な空間を支配する声ではない。また、自然な演技と言うよりは作為的な箇所が目立ち、特に第一幕では下品そのものである。そりゃ、カルメンが品のある女ではないから、その路線はあるのかもしれないけれど。また、長音部にてヴィブラートが過剰と感じられる箇所もある。わざわざ外国からソリストを招聘する意味はあるのだろうか?

エスカミージョ役の王立夫は、見栄えはともかくとして、声に魅了させられる要素がなく、カルメンが心変わりする説得力が全くない。主要キャストとして選定される理由は感じられない。

その他の歌い手としては、フラスキータ役の平野雅世、ダンカイロ役かレメンダード役(または両方)は素晴らしい。メルセデス役の米谷朋子は、妙にカッコいい女性である♪

舞踊は、フラメンコ舞踊団である平富恵スペイン舞踊団が担当する。第二幕でお立ち台にで踊るのは平富恵であろうか、お美しい。私の席からは、舞台前方中央に出てきたカルメン役に視界が奪われてしまったが。フラメンコ独特の足音は、控えめに出すことについては許可が出されたのだろうか?通常のバレエによるほぼ無音の足音とは違う雰囲気である。

全般的に、第一幕では愛知県芸術劇場の空間に慣れていないアウェー感が強く感じられる。しらかわホールで演奏する機会が多い愛知室内オーケストラにとって、この巨大な空間はやはり難儀するのであろう。第一幕ではモヤモヤする響きが目立ったが、それでも進行に連れてしっかりと響かせ、歌い手とのコンビネーションも良くなっていく。歌い手の溜めを長めに取る傾向が強く、笛田博昭の絶好調な声と合わせ、的確なアクセントを与える。

ホセ役笛田博昭のリードと、これに応えたミカエラ役伊藤晴の二人の功績がなければどうなっていただろうと思わせる点はあるものの、巨大劇場の悪条件の中で、一定の成果を挙げた公演であった。

なお、特筆すべき事柄として、第四幕の「知事のお出まし」の場面で、大村秀章 愛知県知事がサプライズ出演する。選挙間近でなかれば、こういうパフォーマンスは今の時代だからこそ大事になってきている。文化芸術に対する国(連邦)政府・地方自治体の責務を放棄しようとするポピュリズム政治屋が出現している今(例:トランプ米国大統領・橋下徹・松井一郎 大阪府知事)、オペラ公演へのサプライズ出演により、「愛知県は文化芸術を全県を挙げて支援する」というメッセージを発し、コミットメントを示した 大村秀章 愛知県知事 に敬意を表したい。

(お断り:団体名に用いている個人名について、英語表記は名姓順に表記している。その団体が用いている表記を採用したためであり、ラテン文字表記による日本人表記は姓名順であるべきとの私の考えを変更したものではない)

2017年1月22日日曜日

New National Theatre Tokyo, Opera ‘Carmen’ (2017) review 新国立劇場 歌劇「カルメン」 感想

2017年1月22日 日曜日
Sunday 22nd January 2017
新国立劇場 (東京)
New National Theatre Tokyo (Tokyo, Japan)

演目:
Georges Bizet: Opera ‘Carmen’
ジョルジュ=ビゼー 歌劇「カルメン」

Carmen: Еле́на Ю́рьевна Макси́мова / Elena Maximova
Don José: Massimo Giordano
Escamillo: Bretz Gábor
Micaëla: 砂川涼子 / Sunagawa Ryoko
Zuniga: 妻屋秀和 / Tsumaya Hidekazu
Moralès: 星野淳 / Hoshino Jun
Le Dancaïre: 北川辰彦 / Kitagawa Tatsuhiko
Le Remendado: 村上公太 / Murakami Kota
Frasquita: 日比野幸 / Hibino Miyuki
Mercédès: 金子美香 / Kaneko Mika

ballerini: National Ballet of Japan (新国立劇場バレエ団)

Coro: New National Theatre Chorus (合唱:新国立劇場合唱団)
Coro dei bambini: Tokyo FM Boys Choir

Production: 鵜山仁 / Uyama Hitoshi
Set design: 島次郎 / Shima Jiro
Costumes design: 緒方規矩子 / Ogata Kikuko
Lighting design: 沢田祐二 / Sawada Yuji

orchestra: Tokyo Symphony Orchestra (管弦楽:東京交響楽団)
maestro del Coro: 三澤洋史 / Misawa Hirofumi)
direttore: Yves Abel

新国立劇場は、2017年1月19日から31日までの日程で、イヴ=アベルの指揮による歌劇「カルメン」を5公演開催する。この評は2017年1月22日に催された第二回目の公演に対するものである。

着席位置は二階正面後方やや下手側である。チケットは、一旦は完売したが、戻りチケットを当日券として売り出していた。観客の鑑賞態度は概ね良好である。

舞台は伝統的なものであり、衣装を含めて前衛的な要素は希薄な正統的なものだ。また、大規模な舞台装置の転換はない。

この公演の最大の貢献者は、Yves Abel によって導かれた東京交響楽団の管弦楽である。出来不出来が激しく、誰が金管の担当であるのか戦々恐々の東フィルとは違い、安心して委ねられると言うのもあるが、弱奏でありながらキチンと響かせ、なおかつ歌い手を立てている。このアプローチを厳格に守った東京交響楽団と、この方向性を指示した Yves Abel に敬意を表する。そうでなかったら、この「カルメン」は悲惨な状況の下に終わっただろう。

ソリストの出来について述べる。

マトモだったのは、José 役の Massimo Giordano と、盗賊の首領役の日本人キャストだけだった。

Carmen 役の Еле́на Ю́рьевна Макси́мова / Elena Maximova は、Carmen 役にしては声質が軽く、声量がなく、José を誘惑する迫力に欠けていた。高い報酬を受け取る外国人ソリストとしての貢献があったかと言えば、否定する。

Escamillo エスカミージョ役の Bretz Gábor は、「闘牛士の歌」はダメダメで、何のためにマジャールから極東まで招いたのか、さっぱり分からない。外国人ソリストに対する目利きが、新国立劇場には欠如しているものと思われる。

ミカエラ Micaëla 役の 砂川涼子 / Sunagawa Ryoko は、第一幕では響きになっていなかったが、第三幕のソロでは、 José を想う情感を的確に表現していた。但し、 Yves Abel の指示により、砂川涼子のソロを最大限にサポートする、東京交響楽団のサポートが、この第三幕ソロに寄与した事を、言及せざるを得ない。管弦楽を煽るタイプの指揮者では、終わっていたであろう。

合唱は、Tokyo FM Boys Choir は素晴らしく、新国立劇場合唱団は、迫力よりは綺麗な響きを志向した方向性ではあったが、要所では十分な音圧で観客を魅了した。

全般的なアプローチは、あたかもMozartに対するかのようで、新国立劇場の1814席もの巨大劇場とはミスマッチの状況であった。

付記:
第二幕では、新国立劇場バレエ団のダンサーが出演しておりました。この公演での出演者は、寺井七海さん・丸尾孝子さん・玉井るい さん・関晶帆さん・山田歌子さん・廣田奈々さん・小柴富久修さん・八木進さんでした。案内の係に聞きました😊
廣田奈々さんは代役での出演です。

2017年1月21日土曜日

NHK Symphony Orchestra, the 1854th Subscription Concert, review 第1854回 NHK交響楽団 定期演奏会 評

2017年1月21日 土曜日
Saturday 21st January 2017
愛知県芸術劇場コンサートホール (愛知県名古屋市)
Aichi Prefectural Art Theater Concert Hall (Nagoya, Japan)

曲目:
Ottorino Respighi: Concerto gregoriano per violino e orchestra(「グレゴリオ風の協奏曲」)
(休憩)
Ottorino Respighi: Vetrate di chiesa, quattro impressioni sinfoniche (「教会のステンドグラス」)
Ottorino Respighi: Feste romane, poema sinfonico per orchestra (交響詩「ローマの祭り」)

violino: Албена Данаилова / Albena Danailova (アルベナ=ダナイローヴァ)
orchestra: NHK Symphony Orchestra(NHK交響楽団)
direttore: Jesús López-Cobos (指揮:ヘスス=ロペス-コボス)

NHK交響楽団は、ブルガリア生まれのアルベナ=ダナイローヴァ(ヴァイオリン)をソリストに、エスパーニャ生まれのヘスス=ロペス-コボスを指揮者に迎えて、2016年1月18・19日にサントリーホール(東京)・21日に愛知県芸術劇場コンサートホール・22日にNHK大阪ホールにて、第1854回定期演奏会を開催した。この評は、第三回目、愛知県芸術劇場コンサートホールでの公演に対してのものである。

今回のプログラムは、全てオットリーノ=レスピーギによる作品となる。この作曲家のみの曲目で地方公演を行う事でも注目される公演である。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン→ヴァイオリン-チェロ→ヴィオラのモダン配置で、コントラバスはチェロの上手側に位置する。木管は中央後方、ホルンは後方僅かに下手側、その他の金管は上手側、ティンパニは中央最後方、その他のパーカッションは下手側、マンドリンは、パーカッションの手前かつ中央寄りに位置する。

着席位置は一階正面後方中央、客の入りは9割程であろうか、かなり観客数は多いと思われたが、チケット完売には至らなかった。N響は地方に於いて絶大な人気を集めているが、完売とならなかったのは、全てレスピーギの作品である事が影響しているのか?観客の鑑賞態度については、概ね極めて良好である。

一曲目の「グレゴリオ風の協奏曲」、ヴァイオリンのソロを担当したダナイローヴァは、青いドレスをお召しになり、モデルのような容姿のトンデモない美女である。コンサートミストレスの職にあるからか、かなり正統的なアプローチである。愛知芸文の響きを的確に味方につけ、カデンツァも見事で、管弦楽とのコンビネーションも的確だ。いい意味で職人的に音楽を作り上げていく方向性である。しかしながら、曲想が曲想なだけに、盛り上がりはしにくい。

ソリスト-アンコールは、J. S. Bach の無伴奏ヴァイオリン-ソナタ第3番 BWV1005 から ラルゴ であった。サントリーホールでのアンコールと同一と思われる。

三曲目の「ローマの祭り」は完璧と言って良い。オルガン前やや下手側に位置する三人のトランペットからして完璧な響きで、まるで一人でふいているかのようなアンサンブルだ。

弦楽は、大音量で攻めるアプローチではないが、縦の線が完璧に合った弱音で聴衆を魅了させた。弱い音量しか出せないマンドリンの響きを引き立たせる一方で、輝かしい金管の響きと比較して不足はなかった。二年前と比べて、充実した弦楽となっている。

管楽は、ソリスティックな演奏箇所はほぼ完璧に決まり、この曲目の難曲ぶりを踏まえれば、これ以上を望む事は不可能と言える。打楽も完璧である。

ヘスス=ロペス-コボスの指揮は、テンポを大きく揺らすようなことをせず、正統的なアプローチで、管弦楽全体の響きを精緻に考慮した構成であった。この演奏の真価は、FM放送では分かりにくく、実演を聴かなければ認識し難いものである。今日の管弦楽に粗野な響きは一切ない。指揮者・管弦楽・愛知県芸術劇場コンサートホールとが三位一体となって作り上げられた完璧な響きで、N響が本拠地としているNHKホールやサントリーホールでは実現できないサウンドが実現した。

繰り返すが、今回の第1854回定期演奏会は、全てレスピーギの作品であり、この曲目を取り上げた事は勿論のこと、この定期演奏会のプログラムで名古屋・大阪にて公演した試みは高く評価できる。

また、「ローマの祭り」と言う、大管弦楽にとって大きな挑戦を強いられるこの難曲を、これ程までの完璧なレベルで実現されたことに敬意を表する。

二年ぶりのN響演奏会は、輝かしい管弦楽の響きとともに終わった。

2017年1月15日日曜日

Mito Chamber Orchestra, the 98th Subscription Concert, review 第98回 水戸室内管弦楽団 定期演奏会 評

2017年1月15日 日曜日
Sunday 15th January 2017
水戸芸術館 (茨城県水戸市)
Art Tower Mito, Concert Hall ATM (Mito, Japan)

曲目:
Wolfgang Amadeus Mozart: Sinfonia concertante per violino, viola e orchestra
K.364
(休憩)
Ludwig van Beethoven: Sinfonia n.1 op.21

violino: 竹澤恭子 / Takezawa Kyoko
viola: 川本嘉子 / Kawamoto Yoshiko
orchestra: Mito Chamber Orchestra(水戸室内管弦楽団)
direttore: 小澤征爾 / Ozawa Seiji

水戸室内管弦楽団(MCO)は小澤征爾を指揮者、ヴァイオリン-ソリストに竹澤恭子、ヴィオラ-ソリストを川本嘉子として、2017年1月13日・15日に水戸芸術館で、17日に神奈川県川崎市にあるミューザ川崎シンフォニーホールで、第98回定期演奏会を開催する。この評は、第二日目の公演に対してのものである。

小澤征爾の指揮は、Beethoven のみである。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン→ヴァイオリン-チェロ→ヴィオラのモダン配置で、コントラバスはチェロの後方につく。木管パートは後方中央、トランペットとティンパニは後方下手側、ホルンはMozartでは後方中央下手側、Beethovenでは後方上手側の位置につく。ティンパニはバロック-ティンパニを使用した。

着席位置は一階正面最後方わずかに下手側、チケットは補助席を含めて完売した。

コンサートマスター/ミストレスは、Mozartは渡辺實和子、Beethovenは豊嶋泰嗣が担当した。

指揮者なしではの演奏であるモーツァルトの協奏交響曲は、竹澤恭子の仕掛けが目立った。ソロの部分だけ遅くしたり、ニュアンスを掛けたりして面白い。川本嘉子のヴィオラもよく響き、ヴァイオリンと対等に、この協奏交響曲を構築する。室内管弦楽団かつ中規模ホールならではの素晴らしい演奏だった。この響きは、2000席を超すミューザ川崎では臨めない。ちゃんと本拠地である水戸芸術館まで来た聴衆こそが味わえる至福である。

ホルンがもう少し管弦楽に溶け込むアプローチだと、私のモロ好みであるが、これは贅沢な望みであろうか。

演奏中、下手側の楽屋への扉が少し開いていたが、小澤征爾が座って聴いていたのであろう。

後半は、小澤征爾が指揮者として登場する。厳しい厳しい、禁欲的な演奏だ。私の好みのヴィヴィッドな演奏とは対極に位置する演奏であるが、全曲に渡り感銘を受けた。

私が特に感銘を受けた箇所は、第四楽章の、繊細にして厳しくニュアンスを掛けた冒頭や、第三楽章の、敢えて厳しく抑制して進行させる展開がバッチリハマる。

特に第一楽章では、オーボエの Philippe Tondre / フィリップ=トーンドゥルの妙技が味わえる。川崎の聴衆は味わえない贅沢な時間だ。

室内管弦楽団かつ中規模ホールならではの特質が十全に活きる。大規模ホールでの演奏のような無理は一切ない。

私は常々、Beethoven や Schubert 辺りまでは、室内管弦楽団かつ中規模ホールで演奏するべきと思っているが、今日の水戸室内管弦楽団の演奏会は正にこの私の確信を裏打ちするものであった。

2016年12月31日土曜日

Opernhaus Zürich, Opera ‘Alcina’ (2016/17) review チューリッヒ歌劇場 歌劇「アルチーナ」 感想

2016年12月31日 土曜日
Saturday 31st December 2016
チューリッヒ歌劇場 (スイス連邦チューリッヒ市)
Opernhaus Zürich (Zürich, Confoederatio Helvetica)

演目:
Georg Friedrich Händel: Opera ‘Alcina’
ゲオルグ=フリードリヒ=ヘンデル 歌劇「アルチーナ」

Alcina: Cecilia Bartoli
Ruggiero: Philippe Jaroussky
Morgana: Julie Fuchs
Bradamante: Varduhi Abrahamyan
Oronte: Fabio Trümpy
Melisso: Krzysztof Baczyk
Cupido: Barbara Goodman
Chorsolisten / 合唱ソロ: Soyoung Lee, Boguslaw Bidzinski, Ildo Song

Tänzer / ダンサー: Rouven Pabst, Nikita Korotkov, Amadeus Pawlica, Maxime Guenin, Steven Forster, Anatole Zangs

Producer: Christof Loy
Stage design: Johannes Leiacker
Costumes: Ursula Renzenbrink
Light-Design: Bernd Purkrabek
Choreography: Thomas Wilhelm
Dramaturgy: Kathrin Brunner

Solo-Violine: Hanna Weinmeister
Continuo / 通奏低音: Claudius Herrmann, Margret Köll, Sergio Ciomei, Enrico Maria Cacciari
orchestra: Orchestra La Scintilla
direttore: Giovanni Antonini

チューリッヒ歌劇場は、2016年12月31日から2017年1月10日までの日程で、ゲオルグ=フリードリヒ=ヘンデルの歌劇「アルチーナ」を6公演開催した。この評は2016年12月31日に催されたリバイバル初演に対するものである。演出は2014年1月26日に初演されたものである。2014年は9公演開催されたため、この公演は通算第10公演目となる。

着席位置は一階前方中央わずかに下手側である。観客の入りはほぼ満席。観客の鑑賞態度は概ね極めて良好だった。

舞台は第一幕・第二幕は伝統的なものであり、第三幕は舞台装置の裏をハッキリ見せた、ある種現代的なものだ。第一幕での舞台装置は、第一幕は複雑で舞台を二層にし、奈落を用い装置ごと垂直移動させるものだ。上層舞台は3mから4mの高さに変化するのだろうか、プロセニアムの外の両脇2mまで一緒に動く。ある程度奈落の設備がなければ上演できないものである。よって、日本で上演する場合は、新国立劇場・滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール・富山市芸術文化ホール(オーバードホール)等、きちんとした奈落のある劇場でなければ上演が不可能であるが、日本の場合は舞台・観客数の規模が大きすぎるため、チューリッヒ歌劇場での公演の再現は不可能であると言えるだろう。

オケピットは極めて浅く、座った奏者の頭の高さが舞台の高さである。一部背の高い奏者の頭が5cm程、舞台上でに飛び出ていたりするが、視界面での影響はほぼない。しかし、指揮者の背後の席の方は、かなり視界が妨げられるだろう。

オケピットにも一列観客席を入れてある。その観客は、1mの距離なくピットの奏者のそばにいる。平土間5列目の観客は、実際には前から四列目であり、一列カットの平土間観客席である(「ドン-カルロ」では二列カットであった)。

ソリストの出来について述べる。

歌い手で最も素晴らしかったのは、間違いなくモルガーナ役のフランスのソプラノ Julie Fuchs である。声量は十二分にあり、声が綺麗で、ヴィブラートは長音にわずかに掛けただけなので、澄んだ音色だ。装飾音の部分の技巧は世界最高レベルの完成度で、正確なだけでなく、アクセントを掛けても清涼な音色・印象が変わらず、驚異的な余裕を感じさせる。第一幕終結部のアリアは圧巻の出来で、このアリアを聴けただけで、日本の山の中の松本から来たかいがあった。

他に、ルッジェーロ役のカウンターテノールの Philippe Jaroussky 、ブラガマンテ役のコントラルト Varduhi Abrahamyan 、オロンテ役の Fabio Trümpy 、メリッソ役の Krzystof Baczyk いずれも素晴らしい。声量・音圧・声の質、いずれも高い満足を観客に与え、演技も自然である。

ところが、題名役の Cecilia Bartoli であるが、彼女は単なる客寄せパンダであった。第一幕は特にひどく、声量が無いだけでなく、曇りのある声質故に伸びやかさもなく、ヴィブラートを掛けまくりの発声で声の綺麗さに欠け、モーツァルト以前のオペラには向かない。彼女だけ異質な声質であり、これはこれで、圧倒的な声量で劇場を支配し、その方向性で観客をノックアウトすれば、是非はともかく一つの路線であるとは思うが(私は決して賛同しない)、その路線をも取れなかった。第二幕・第三幕では、貫禄はあったが、この役に必要な声量・音圧は欠如していた。ただ、題名役のアリアは限定的ですので、致命傷にはならなかった。まあ、それにしても Cecilia の人気が凄いことと言ったら。チューリッヒの観客は、耳は肥えているはずだけど。

このオペラは、単独アリアの連続で、歌い手の力量が強く問われる厳しいオペラであるが、 Cecilia 以外の歌い手が素晴らしく、ソリストのほとんどを実力者で固めるチューリッヒ歌劇場のならではの完成度を実現した。

管弦楽は、Orchestra La Scintillaであるが、古楽器を用いたチューリッヒ歌劇場の座付き管弦楽と言って良く、モダン楽器主体の Philharmonia Zürich と並び、この歌劇場は二つの座付き管弦楽を持っている。世界最先端の歌劇場は、古楽系・モダン系の二つの座付きオケが不可欠であり、そうでなければ、充実したバロックオペラの上演は不可能だ。この点のチューリッヒ歌劇場の見識の高さは、もっと注目されて然るべきと考える。

コンサートミストレスは、 Philharmonia Zürich のコンサートミストレスである Hanna Weinmeister であるが、ヴァイオリンのソロは見事であった。同様に、チェロ(または相当する古楽器)のソロも、誰かは不明であるが、素晴らしかった。

終演後は、観客総立ちであった。このヘンデルのオペラにまで万全な体勢で上演する、チューリッヒ歌劇場の見識、体制を思い知らされた。

響きが十分に行き渡る限度である1100席規模に抑えた歌劇場で、舞台にきちんとした奈落があり、座付きオケに古楽系も揃え、その上で実力のあるソリストを確保して、高い水準のバロック-オペラ公演を実現させる。このような企画が日本に於いて行えるであろうか。

新国立劇場は1814席もの巨大劇場を作ってしまい、そのくせ、座付きオケ一つない状態である。一億二千七百万人もの人口規模を持つ日本国は、人口250万人規模のチューリッヒ周辺地域の州(カントン)政府に支えられたチューリッヒ歌劇場の企画一つできない、恥ずべき状況にあると言わざるを得ない。歌劇場に必要な機能とは何か、音楽とはどのようなものであるのか、そういった基本的な認識の差が、このような形で表出してしまうのだ。

(お断り:日本・韓国・中国・マジャール人、その他姓名順の表記と取る出演者の表記は、チューリッヒ歌劇場での表記の通り、名姓順とした。また、漢字・ハングル・キリル文字表記は省略した)

2016年12月1日木曜日

Hamburgische Staatsoper, Opera ‘Senza Sangue’ ‘A kékszakállú herceg vára’ (2016) review ハンブルク州立歌劇場 歌劇「無血で」・「青ひげ公の城」 感想

2016年11月30日 水曜日
Wednesday 30th November 2016
ハンブルク州立歌劇場 (ドイツ連邦共和国ハンブルク市)
Hamburgische Staatsoper (Hamburg, Bundesrepublik Deutschland)

演目:
Eötvös Péter: Opera ‘Senza Sangue’
エトヴェシュ=ペーテル 歌劇「無血で」
Bartók Béla: Opera ‘A kékszakállú herceg vára’ Sz.48 op.11
バルトーク=ベーラ 歌劇「青ひげ公の城」

‘Senza Sangue’
La donna: Angela Denoke
L'uomo: Sergei Leiferkus
‘A kékszakállú herceg vára’
Kékszakállú: Bálint Szabó
Judit: Claudia Mahnke

Director: Dmitri Tcherniakov
Set design: Dmitri Tcherniakov
Costume design: Elena Zaytseva
Lighting design: Gleb Filshtinsky
Dramaturgie: Johannes Blum
Video: Tieni Burkhalter

orchestra: Philharmonisches Staatsorchester Hamburg
direttore: 不明 (当初 Eötvös Péter の予定であったが、別のマジャール人指揮者に変更となった。

ハンブルク州立歌劇場は、2016年11月6日から11月30日までの日程で、マジャール人の作曲家・指揮者であるエトヴェシュ=ペーテルを指揮者に招いて(11月30日公演は、別の指揮者)、自身による作曲の歌劇「無血で」と、同じマジャール人であるバルトーク=ベーラの歌劇「青ひげ公の城」の二本立てを計7公演開催する。この評は2016年11月30日に催された第7公演千秋楽に対するものである。「無血で」は2016年に初演されたものである。

着席位置は一階前方わずかに上手側である。観客の入りは約半数であり、現代作品に対しては興行面では苦戦する結果となった。観客の鑑賞態度は良好である。

舞台はシンプルでありながら美しいものである。「無血で」は霧が立ち込める舞台から始まった。ホテルの部屋に入室するプロジェクターマッピングの後で、「無血で」と一体化した形で「青ひげ公の城」をそのまま上演する。キャストは変わるが、衣装はそのままなので、「青ひげ公の城」を知らない人にとっては、「無血で」の後編と思えてしまう巧みな構成だ。「無血で」はイタリア語、「青ひげ公の城」はマジャール語での上演である。ホテルの一室を思わせる「青ひげ公の城」の舞台は、終盤でのプロジェクターマッピングが秀逸である。

終始二人の男女による、緊迫感のある演劇だ。オペラと言うよりは、演劇、二人芝居を見た感覚になる。濃厚な管弦楽に負けることなく、全ての歌い手が声量・ニュアンスとも優れた歌唱である。

管弦楽も、優れた表現を、精度が高く濃密な表現で実現し、惹きつけられられた。

作品の構成が優れており、音楽と演劇とが高い次元で一体化した、素晴らしい作品でである。日本では決して観劇する事が出来ない、この新作の上演に立ち会えて、嬉しい気持ちだ。

また、興行面云々を脇に置いて、このような優れた新作オペラの発表の場を提供する、ハンブルク州立歌劇場の姿勢は、世界中の歌劇場の模範であろう。

今回の旅では、日本では味わえないマイナーな作品であるけど、芸術性の高いオペラ作品を観ることも目的とした。テアトロ-レアルの「皇帝ティートの慈悲」と共に、大成功と考えて良いだろう。

(この文面作成に当たり、現地在住の信頼できる消息筋からの貴重な情報を活用した。厚く御礼申し上げる。)