2017年3月11日 土曜日
Saturday 11th March 2017
愛知県芸術劇場コンサートホール (愛知県名古屋市)
Aichi Prefectural Art Theater Concert Hall (Nagoya, Japan)
曲目:
Михаил Иванович Глинка / Mikhail Ivanovich Glinka: “Руслан и Людмила” / “Ruslan e Ludmilla” Ouverture
Сергей Сергеевич Прокофьев / Sergei Sergeevich Prokofiev: Concerto per violino e orchestra n.1 op.19
(休憩)
Antonín Leopold Dvořák: Sinfonia n.9 ‘Z nového světa’ op.95 B.178
violino: 庄司紗矢香 / Shoji Sayaka
orchestra: NDR Sinfonieorchester Hamburg(管弦楽:北ドイツ放送交響楽団-ハンブルク)
direttore: Krzysztof Urbański (指揮:クシシュトフ=ウルバンスキ)
北ドイツ放送交響楽団(ハンブルク)は、2017年3月に日本ツアーを実施し、東京・仙台・名古屋・川崎・福岡・大阪にて演奏会を開催する。この評は、2017年3月11日名古屋公演に対するものである。なお、マトモな音響のホールで聴けるのは、この愛知県芸術劇場コンサートホールでの公演と、アクロス福岡での公演のみである。
管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→ヴァイオリン-チェロ→ヴィオラ→第二ヴァイオリンの左右対向配置で、コントラバスはチェロの後方下手側につく。木管パートは後方中央、ホルンは中央後方の木管のすぐ上手側に付けた。ティンパニ他打楽器は中央最後方、ハープは上手側の位置につく。
着席位置は二階正面上手側、客の入りは8割程であろうか、三階席と二階バルコニー席の舞台真横に空席が目立った。観客の鑑賞態度は、概ね極めて良好であったが、生理現象とはもうせ、咳が目立ったのは残念である。
一曲目の「ルスランとリュドミラ」序曲は音取りモードのため、ノーコメントだ。二曲目から本気モードとなる。
二曲目のプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番のソリストは庄司紗矢香である。いつも通りの素晴らしい演奏だ。
もちろん、ソロ公演で上演される中小規模のホールで味わえる強い音圧を望むのは無理難題だけど、それでも、刹那刹那で求められる音色は説得力がある。熱狂ではなく、その曲が求めている音色を深く考え、高い技量で実現させていく方向性の演奏である。繊細さを求める路線は、指揮のウルバンスキと相性が良いと思われた。
ソリスト-アンコールは、J. S. Bach の無伴奏ヴァイオリン-ソナタ第2番から、アンダンテであった。
後半は、ドヴォルジャークの交響曲第9番、いわゆる「新世界」交響曲である。メジャー中のメジャー作品で、正直余り気乗りはしない曲目であるが、いい意味で裏切られる。
総じて言うと、ウルバンスキが構築したガラス細工を、NDRの完璧な管弦楽(特に管楽)で構築する試みである。この試みは見事に結実したと言って良い。
第二楽章は本当に見事で、繊細さが活きまくる演奏だ。前半部にある、弦楽の弱奏で攻める箇所と、その箇所に至るまで承前起後の部分の繊細な扱い方には、感嘆させられる。ウルバンスキにより微細な点まで響きを組み立て、この場面に至るまでの過程は、驚くべき解釈だ。
随所に出てくる、長めに掛けるフェルマータやパウゼも、構成上のアクセントとなる。それにしても、あんなに長くフェルマータを掛けて、全くブレないNDRの管楽は驚異的である。曲の冒頭の溜めは観客の注意を惹き起こす。
一番大切な、第四楽章最後の部分(もちろん、曲の終結部だ)で、あれ程までのフェルマータを掛けるのは冒険的と言えるが、極めて安定した演奏で酔わせてくれる。ウルバンスキの要求に応えるには、あのレベルでないといけないのだから、管弦楽は大変だけど、見事に達成する。
熱狂路線では決してないし、大管弦楽の演奏にド迫力を求める向きとは正反対の路線だ。その路線の観客からは、否定的な感想が述べられるだろう。
しかし、Krzysztof Urbański は、極めて細部に渡ってよく考えられた解釈で、彼の個性を明確に示し、NDR 北ドイツ放送響は繊細な演奏でその高い技量を活かした。オーボエもクラリネットもファゴットもフルートもピッコロもホルンも、その高い技量があって初めて実現した演奏である。Bravi !!
アンコールは、ドヴォルジャークの「スラブ舞曲」第一集 第8番であった。