2026年10月25日日曜日

National Ballet of Japan ‘City Lights’

City Lights

National Ballet of Japan
New National Theatre, Tokyo
Friday, 23rd October 2026 (World Premiere)
Sunday, 25th October 2026

【⚠️ネタバレ注意】

新国立劇場バレエ団(日本国立バレエ)により Charles Spencer Chaplin による1931年の映画「街の灯」が初バレエ化され、2026年10月23日(金曜日)に新国立劇場大劇場にて世界初演された。

私は、第一公演である2026年10月23日公演と、同じキャストによる二回目の公演(第四公演)に隣席した。

まず、目が見えない花売り娘役の米沢唯の素晴らしい演技から述べる。このバレエに於ける花売り娘役は、映画に於ける Virginia Cherrill とは比較にならない程の重要性を持つ。
花売り娘役には、ガムザッティの華麗な婚約式で踊るニキヤ役のような難しさがある。後述するが、ワルイ子メイドや映画スター、華やかなショーガールが登場した後で、基本的にアダージョの速度のテンポでソロやパドゥドゥを踊り、観客の心を動かさないといけない。このニキヤ役に課された重い課題に、花売り娘独自の「目が見えない」設定が加わる。
米沢唯は、この難易度が高い役をずば抜けて高い精度のテクニックで見事に表現した。単に目が見えない状態を完璧に表現するというのに留まらない。目が見えない故の舞踊様式の変形を行いつつも、その変形のコントロールは抜群である(これがテクニック!)。彼女のバレエは強い。その上で程よく感情を乗せているのが自然である。米沢唯は、「濃い」味付けのような作り込んだ演技はしない。その役そのものを自然に表出させるために、彼女の抜群のテクニックを活かしている。米沢唯は目が見えない花売り娘の境遇をそのまま表出する。第一幕から観客の涙腺を潤ませる理由である。第一幕終盤の夜明けの場面で、彫刻の広場に座っている姿や、その後の群舞全停止して、舞台中心線上を downstage に進行するシーンは、米沢唯ならではの名場面である。この作用で、特に25日公演では、第二幕で花売り娘が出演する全てのシーンで心が揺さぶられた。

トランプ役の奥村康祐は、もっともキャラクターにあっているか。関西おバカ系プリンシパルの要素と、ひ弱な要素が活きている。ボクシングのロッカーシーンで見せるひ弱さは、チャップリンそのものだ。これはコウスケしかできない芸である。同じおバカ系プリンシパルの福岡雄大がやったら台無しになる😜25日公演では、踊りの完成度が上がり、また役柄の表出がより深まった。特に第二幕で、コメディーチックな表層の奥底にある悲哀が伝わってきた。

私にとって、この「街の灯」で三番目に重要な役はメイドである😈直塚美穂はワルイ子だ😈大富豪の邸宅で働くミポリンメイドのワルイ子ぶりは、もはや犯罪コメディー😜恋人の執事とエロエロな駆け引きをしているだけでなく、主人の大富豪に対して棍棒をぶつけて強盗傷害を実行したり、トランプに強盗傷害の罪をなすりつける誣告をやったりと、リアル社会でやったら激ヤバな悪事を仕掛けていく。ミポリンの楽しそうな表情が観客を笑わせる😈これだけ犯罪を犯すバレエのワルイ子ちゃんはいないと思うが(あのオディールちゃん😈も何ら犯罪は犯していない)、観客たちは大笑い🤣ミポリンはワルイ子ちゃん確定😈😁😜ワルイ子ちゃん大好き🖤🖤

福岡雄大の映画スターは、おバカ系プリンシパルがキザなことをする場違い感が素晴らしい😜観客にウケまくっていた😜ゆーだいに体育館の裏に連れて行かれないよう、夜道に気をつける😜25日公演は好調と見受けられた😇

群舞については、市民とナイトクラブで大活躍する。速いテンポでの動きであり、パッと明るい雰囲気を観客に提示する。トランプのモノマネをするイタズラ好きな客人もいた。さすが新国立劇場バレエ団/国立バレエのダンサーだと認識させられた。

6人ショーガールは精鋭を投入した感がある。花形悠月たんがさりげなく、前脚が一番上がるのは私よ😆ってアピールしていた😊

振り付けの構成は優れたものだ。
ツッコミ所を最初に述べておくと、トランプ役が花売り娘の自宅をどうやって知ったのか?との点が唯一の大きなツッコミ所である。朝の4時に花を売っていた花売り娘を、映画原作とは違い、トランプは自宅まで送らずに、彫刻広場で花売り娘を降ろした。その後、花売り娘は夜明けのソロで倒れ、緊急搬送され第一幕を終えるストーリーになっている。解説によると、第二幕冒頭で、トランプが必死になって花売り娘の自宅を探し当てる設定であるが、唐突な印象を受ける。また小さな点ではあるが、トランプと当初対戦相手になる予定だった男が試合放棄する原因となった電報文面は、映写するべきである(友人からは薄っすらと映写されているとの情報があるが、私は2公演観て全く分からなかった)。これでは、警察の追跡から逃れるために試合放棄をしたことが伝わらない。映画では字幕で明確に述べている。
このような弱点があるとは言え、全般的には秀逸な振付であると言える。
第一幕終盤の、夜明け前の彫刻広場の花売り娘が座っているシーンは絵画になるような印象を与え、その後に群舞を全停止させて花売り娘が downstage に進行させるシーンと併せ、第一幕最大の見せ場としている。
第二幕での、ボクシング試合会場を upstage に置き背景とし、ロッカールームを downstage とし前景とした場面は秀逸であり、1930年代の New York の街並み、水に濡れた服や傘に光沢塗料を塗っている点や、河に飛び込んだ場面で光沢紙を巻き上げる点は高く評価出来る。
映画にはないメイド役を大富豪の財産を狙うワルイ子ちゃん😈として設定した点は、映画原作での強盗役を兼ねさせ、観客を楽しませる。6人のショーガールでアクセントを与えたり、市民たちの女性12人の衣装を個々に違うデザインとしつつも、白基調で謎の統一感を保った点は、New York の洗練された都会を表した。

この「街の灯」のプロダクションにより、新国立劇場バレエ団は、国立バレエとしての使命を十二分に果たした。東京バレエ団や K Ballet では実現出来ない公演企画を実現させた。どこの国でもやらなかった「街の灯」のバレエ化に成功し、日本バレエの存在意義を世界に示した意義は、日本のバレエ界にとって大きく、画期になったと考える。今後の国際的な展開を期待したい。二度目の London公演 の演目にもなるし、韓国等近隣諸国での上演も意義深いものになるだろう。