2013年10月19日土曜日

マレイ=ペライア ピアノ-リサイタル 評

2013年10月19日 土曜日
彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール (埼玉県与野市)

曲目:
ヨハン=セバスティアン=バッハ:フランス組曲第4番 BWV 815
ルートヴィッヒ=ファン=ベートーフェン:ピアノ-ソナタ第23番 「熱情」 op.57
(休憩)
ロベルト=シューマン:「ウィーンの謝肉祭の道化」
フレデリック=ショパン:即興曲第2番 op.36
フレデリック=ショパン:スケルツォ第2番 op.31

ピアノ:マレイ=ペライア

着席場所は、ど真ん中より僅かに上手側である。チケットは、前日5枚残っていた分を売り切り、一旦完売していた後、当日券が2枚だけ出てこれも完売した。観客の鑑賞態度はかなり良好だった。

マレイ=ペライアの演奏姿勢はほぼ一定で、あまり変化がない。

第一曲目の、J.S.バッハ:フランス組曲第4番、最初の音から、主と対話しているかのオーラが出ている。全く無駄な音がない。全ては必然である。テンポを揺るがせる訳でもなく、技巧を見せつける訳でもなく。通常奏者の表情も観察したがる私であるが、このバッハにだけは、敢えて奏者から目を逸らす。演奏している映像をシャットアウトし、音だけに集中するべき状況だと思ったから。

二曲目であるベートーフェンの「熱情」は、打って変わってペライア節を前面に押し出す演奏である。特に、最高音をどこに設定するかの解釈に、強い個性が発揮される。通常跳ね上がるように弾かれる三音を敢えて平板に奏したり、テンポの変化が激しくなる。かなり冒険的で、観客の中で好き嫌いが出そうな演奏である。


後半はシューマンとショパン。こちらはベートーフェンとは違って、楽譜通りに自然な感じで演奏していく路線であるが、一方でベートーフェンで見せたペライアの個性を絶妙な形で融合させている。ペライアのパッションは、ベートーフェンではごつごつした武骨な感じになるが、特にショパンとなると、どうしてこれほどまでに相性良く絶妙な形になるのか。ショパンとペライアの完璧な相性を感じた演奏である。

曲によってペライアはアプローチを大幅に変えてくる。私の好みと言う点では、バッハとショパンがそれぞれ全く別の意味で双璧を占める。

アンコールは、ショパンのノクターンop.15-1、シューベルトの即興曲第2番 D899-2、ショパンのエチュードop.10-4、の三曲であった。

演奏会後にアフタートークがあったが、その内容については別稿を参照願う。