2013年6月15日土曜日

マーラー室内管弦楽団 軽井沢公演 演奏会評

2013年6月15日 土曜日
軽井沢大賀ホール (長野県北佐久郡軽井沢町)

曲目:
ルートヴィッヒ=ファン=ベートーフェン ヴァイオリン協奏曲 op.61
(休憩)
アントニーン=ドヴォルジャーク 交響曲第9番「新世界から」 op.95

ヴァイオリン:クリスティアン=テツラフ
管弦楽:マーラー室内管弦楽団(MCO)
指揮:ダニエル=ハーディング

マーラー室内管弦楽団は、ダニエル=ハーディングを指揮者に迎えて、2013年6月15日・16日に、軽井沢・名古屋で来日公演を行う。この評は、第一日目軽井沢公演に対してのものである。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→ヴァイオリン-チェロ→ヴィオラ→第二ヴァイオリンの左右対向配置で、コントラバスはチェロの後方につく、ダニエル=ハーディングのいつもの配置である。木管パートは後方中央、ホルンは後方下手側、その他の金管は後方上手側の位置につく。

着席位置は一階正面後方中央、客の入りはほぼ満席である。大賀典雄さんが生前座っていたC-L席の一つ後ろのC-M席、なぜか六席連続で空席となっていたが、関係者に割り振っていたのであろうか。関係者がタダでチケットもらうこと自体は否定しないが、せっかく割り当てられた関係者席、せめて音楽好きな社員に割り振って消化するなど、良い席を空席にするような事はしないで頂きたいと思うところだ。

第一曲のベートーフェンのヴァイオリン協奏曲のソリストは、クリスティアン=テツラフ。ドイツ出身で最近名が売れ出しているらしい。この曲について、ダニエル=ハーディングは、昨年(2012年)7月13日にオーケストラ-アンサンブル-金沢を指揮しており、その時のソリストは、韓国の若手シン=ヒョンスであった。若々しく朗々とした響きであったのを覚えている(この時の評は2012年7月15日に掲載している)。

指揮者は同じでありながら、管弦楽は手兵とも言えるMCOになり、ソリストはドイツ出身となる。どのような変化を見せるのだろう。

冒頭から管弦楽はかなり飛ばしている。二日前の夜にオーストラリアで公演を行ったばかりとは思えない元気さだ。ソロが出るまでの長い管弦楽を、テツラフはヴァイオリンを抱えて目をつぶりながらじっと聴いている。ソロが始まる。少し弱い響きで不安を感じるが、数分経過するとこの弱奏が計算ずくであることが分かる。

テツラフは非常に危うい橋を渡る。両岸は断崖絶壁の切り立った尾根を走るかのような、繊細な演奏だ。ほんのわずかなミスで全てが崩壊してしまいそうな、危うい繊細さ、その繊細さに宿る霊感をどのように表現したらよいのか。一音一音が霊感に満たされ、繊細であっても訴えてくるものは力強い。

テツラフのその繊細さは大胆さとも見事に同居している。第一楽章のカデンツァ、ティンパニをも巻き込んだデュオ形式になることに驚愕する。カデンツァに本来の即興的性格は無くなり、確立された「カデンツァ」を演奏する出来レースが当然となった現代に於いて、出来レースである事に変わりはなくとも、ティンパニを巻き込んだ新鮮なカデンツァの道を切り開き、反則と言えるかも知れないが説得力のある魅力的なカデンツァの在り方を提起したクリスティアン=テツラフの大胆不敵ぶりを、極めて高く評価したい。

しかしテツラフのヴァイオリンは、実は強く出るべきところでは強く出れる。決して弱奏のみで攻めている訳ではない。

一方で、テツラフのヴァイオリンとMCOの管弦楽とのバランスは実に的確に取れている。ハーディングのコントロールがうまく働いているのだろう。

ソリストアンコールは、J.S.バッハの無伴奏パルティータ第3番、ヒラリー=ハーンのやや遅めの演奏とは違い、少し速めではあるが、霊感がこもった実に素晴らしいアンコールである。

軽井沢大賀ホールは、実は残響の少ないホールであるが、それでもその小さな室容積を活かした繊細なテツラフの演奏であった。クリスティアン=テツラフのヴァイオリンは、ソロであれ協奏曲であれ、是非800席程度以下の中規模ホールで聴いてほしい。彼の霊感を帯びた繊細な響きを大きなホールで味わう事は不可能である。

後半のドヴォルジャーク「新世界から」は、冒頭はやや弱めな響きで始まる。タメを少し長めにとって、表現を独自なものにしている。第一楽章でややフルートの調子が若干怪しいところがあったが、ダニエル=ハーディングが何をやりたいかの意図は十分に伝わってくるので、あまり気にしなくて済む。第二楽章のオーボエは素晴らしい。全般を通してクラリネットも良い響きだ。ホルンも実によくコントロールされた音色である。弦楽パートもハーディングの意図を良く組んだ素晴らしい演奏だ。もっとも、前半のテツラフの独奏が凄過ぎたため、「普通に凄い」程度ではあるが、まあそれでも素晴らしい演奏であるとは言えるだろう。

アンコールは、シューマンの第三交響曲「ライン」から第四楽章、明日名古屋で聴く曲目の予告となった。♪

私の中では、「2013年に長野県で演奏された最も素晴らしい演奏会」決定である。サイトウキネンが始まっていない段階ではあるが、決定している。ダニエル=ハーディングが在日オーケストラ客演の場合に見せる手抜きが、今回は見当たらなかった。手兵である事もあるかとは思うが、準備に掛ける時間や、既にオーストラリアで本番が繰り返されている事情もあって、高い完成度を保つ演奏に仕上げる事が出来たのだろう。