2013年4月20日土曜日

王羽佳(ワン=ユジャ/ユジャ=ワン) リサイタル 評

2013年4月20日 土曜日
彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール (埼玉県与野市)

曲目:
アレクサンドル=スクリャービン ピアノ-ソナタ第2番「幻想ソナタ」 op.19
アレクサンドル=スクリャービン ピアノ-ソナタ第6番 po.62
モーリス=ラヴェル 「ラ-ヴァルス」
(休憩)
ローウェル=リーバーマン 「ガーゴイル」 op.29
セルゲイ=ラフマニノフ ピアノ-ソナタ第2番 (1931年改訂版) op.36

ピアノ:王羽佳(ワン=ユジャ/ユジャ=ワン)

美術館に行き、日本美術と中国美術とが並べられていると、九割の確率で日本の作品か中国の作品か、区別する事が可能だったりする。大雑把に言うと、日本美術は細部の繊細さに、中国美術は雄大さに特色が現れているというところか。北京生まれの若いピアニストというと、若々しい豪胆な演奏をするのではないかとの想像が湧いてくる。

会場時間を数分過ぎ、照明が落とされて神経質になる時間になり、しばらくしてユジャが登場する。「ワンショルダーで黒の超ミニスカボディコンワンピに爪先が厚底の、15㎝はあるだろうエナメルピンヒール黒のワンピース」(twitter@ichliebeballettさん2012年4月20日投稿文面)で体に密着させたもので、スカート部は短く、実際にヒールは13cmの高さだ。ちゃんとピアノのペダルを操作できるのか、心配になってくる。「SMの女王様」とも連想してしまう格好で、鞭を持ったらまさしくこれだ。中国の人たちって、そういう格好が好きなのかなあ。

ご挨拶は膝近くまで頭を下げる独特なお辞儀である。実に素っ気ない挨拶ですぐに着席し、ピアノを弾き始める。

まずはスクリャービンが二曲である。スクリャービンはあまり私の波長とはあっていない作曲家であるが、それでもユジャの響きの綺麗さと、盛り上げ方の巧さに注目する。

前半最後の曲は、最も華麗な「ラ-ヴァルス」である。ユジャは、「作曲者の意図通りに忠実に演奏する」タイプではなく、ブルーノ=レオナルド=ゲルバーやイングリット=フリッターと同様、一旦演奏者の解釈に落とし込み、「ユジャの音楽」として再構成して演奏するタイプであることが良く分かる。

冒頭は、主旋律を曖昧にし、いかにも渦巻く雲の間から垣間見れる舞踏会の風景を思わせる、絵画的な始まりである。アクセントをどこに置くか、テンポの配置、いずれもユジャ独自の境地にある。一見好き嫌いが分かれそうだが、不思議な説得力で惹きつけられていく。クライマックスへの盛り上げ方は卓越しており、個性的な演奏である一方で強固な構成力に裏打ちされている。強靭な中でも繊細さを伴った、綺麗な響きであることに驚きを禁じ得ない。「驚異的なテクニックに裏打ちされた華麗かつ完璧な演技」としか言いようがない。

フィギュアスケートで言えば、トリプル-アクセルを完璧な蹴り出しから始まり、軸は真っ直ぐ垂直に伸びており、着地も完璧であるだけでなく、全般的な氷上の滑りの音が終始滑らかで、ジャンプ・スピン等の構成も極めてよく考えられたもので、テクニカル-ポイント・アーティスティック-インプレッションいずれも、九人の審査員が6.0の満点を与える完璧な演技と言ったところだ。

これ以上の「ラ-ヴァルス」は、ピアノ独奏・ピアノ連弾・管弦楽、いずれを含めても考えられない。

後半のリーバーマン・ラフマニノフも、「ラ-ヴァルス」で受けた印象そのままの演奏であり、傑出した演奏である。

興が乗っていたのか、アンコールは実に四曲だ。ラフマニノフ「エレジー」、シューベルト(リスト編曲)「糸を紡ぐグレートヒェン」、ビゼー(ホロヴィッツ編曲)「カルメンのテーマによる変奏曲」、ショパンのワルツ第7番である。

ショパンのワルツのような静かな曲でも綺麗な響きで聴かせるが、「カルメン変奏曲」のような躍動的な曲となるとこれはもう最高で、「ラ-ヴァルス」でも同じであるが、ユジャ以上に弾けるピアニストはいないのではないかと思わざるを得ない。

ユジャに対して当初抱いていた予想については、「若々しい豪胆な演奏」と言う点は当たっていたが、これ以上に、日本的なのかどうかは分からないが、強靭な響きの中に繊細さを貫徹させているとは思ってもみなかった。少なくとも、ユジャが中国10億人の中で音楽界の頂点に君臨している事は間違いないし、まだ26歳、これからも世界中でエキサイティングな演奏を長く楽しめるのがうれしい。

今日の演奏会も売り切れだったとのこと。604席の彩の国さいたま芸術劇場は、ピアノの音響も実に完璧であった。