2013年2月24日日曜日

イングリット=フリッター リサイタル 評

2013年2月24日 日曜日
ふれあい福寿会館 サラマンカホール (岐阜県岐阜市)

曲目:
ルートヴィッヒ=ファン=ベートーフェン ピアノ-ソナタ第17番「テンペスト」 op.31-2
フレデリック=ショパン ノクターン第8番 op.27-2
フレデリック=ショパン ワルツ第1番 op.18「華麗なる大ワルツ」
フレデリック=ショパン ワルツ第19番
フレデリック=ショパン バラード第4番
(休憩)
ルートヴィッヒ=ファン-ベートーフェン ピアノ-ソナタ第23番「熱情」 op.57

ピアノ:イングリット=フリッター

イングリット=フリッターはアルヘンティーナ(アルゼンチン)、ブエノスアイレス生まれのピアニストである。彼女の公式ウェブサイトその他の情報よると、今回の来日公演は、2月24日の岐阜公演が唯一のリサイタル、他に2月28日・3月1日、大阪フィルハーモニー交響楽団にて準-メルクルの指揮によりシューマンのピアノ協奏曲を演奏するのみとなっており、希少な演奏会となる。マルタ=アルゲリッチと同郷の彼女がどのような演奏を見せるか、注目のリサイタルとなる。

なーんて書いたが、ある日ふとサラマンカホールのウェブサイトをみて、南米出身のピアニストが来るという理由だけで行くことを決断した。南米出身とは物好きな・・・、とは言われそうであるが、マルタ=アルゲリッチ→ブルーノ=レオナルド=ゲルバーと続く系譜を見れば、決して南米は西洋古典音楽の「辺境」ではない。アルヘンティーナからは離れるが、ヴェネズエラの「エル-システマ」や「シモン=ボリバル-ユース-オーケストラ-オブ-ヴェネズエラ」の存在を考えても、南米は西洋古典音楽の密かな一大根拠地である。カスティージャ語を話す人たちの音楽はなかなか聴けないし、興味本位、あるいは怖いもの見たさの動機もあって、岐阜に行く事とした。

彼女の独特のお辞儀から、演奏会は始まる。腰を後ろずらし、頭を膝の高さまで下げるお辞儀だ。体の柔らかさをアピールしているかのようにも見える。ピアノの椅子を音を立てて位置を調整し、髪や体に触れてから、ピアノを弾き始める。

「テンペスト」は、まあごく普通に始まる。第一楽章は普通の出来、第二楽章は若干退屈気味である。しかしながら第三楽章でイングリットはサンタ-チェチーリアとの交信に成功したのか、霊感に満ちた演奏となる。そのままの調子でショパンになだれ込む。

「テンペスト」第三楽章からショパンの四曲までに関しては、非常に多くの側面を観客に見せる。これを説明する事はちょっと難しい。南米出身となると「情熱」を連想させるが、彼女の演奏は「情感」を込めた優しい演奏だ。と見せかけて置きながら、急にアッチェレラントを掛けて激しくパッションを出したりもする。とても興に乗っていた演奏である。サンタ-チェチーリアとの交信を開始してからのイングリットは、その多彩な姿で観客を魅了していく。

休憩後の「熱情」は、どちらかと言うとパッションを前面に出した激しい演奏になる。休憩によって、サンタ-チェチーリアとの交信が途絶えてしまわないか心配したが、間もなくその懸念は解消した。700名規模のサラマンカホールの音響も素晴らしく、この音響も巧く引き出した演奏である。

「熱情」が終わった後のイングリットの表情は、演奏開始前とは打って変わってとても上機嫌である。アンコールは三つ用意してある。にっこり笑って「ショパン」と言ったら拍手をさせずに「子犬のワルツ」、ノリノリの快演だ。二曲目のアンコールはアルヘンティーナの作曲家、アルベルト=ヒナステラの「三つのアルヘンティーナ舞曲集」より第一曲、現代音楽にも対応できるだけのテクニックは持っている事が分かる素晴らしい演奏である。三曲目はショパンに戻って「ノクターン」op.9-3で、観客の心を落ち着かせて、演奏会を終える。

期待以上の素晴らしい演奏会である。一言では説明しがたい多面的な姿を繰り出すイングリット=フリッター、サンタ-チェチーリアとの交信回路さえ確保すれば、最強のピアニストだ。マルタ=アルゲリッチ、ブルーノ=レオナルド=ゲルバーともいつの間にか70歳代になってしまい、年齢的な限界が近づいてきている中で、イングリットは今年40歳だ。南米からの新たな世代のピアニストを見出すことができて、とてもうれしい。