2015年8月23日日曜日

Saito Kinen Festival 2015, Chamber Concert I , review サイトウ-キネン-フェスティバル ふれあいコンサートI (室内楽演奏会I) 感想

2015年8月23日 日曜日
Sunday 23th August 2015
松本市音楽文化ホール (長野県松本市)
The Harmony Hall (Matsumoto Municipal Concert Hall) (Matsumoto, Japan)

曲目:
Ottmar Gerster: Capriccietto per quattro timpani e orchestra d'archi (4つのティンパニと弦楽のためのカプリチエット)
timpani: Roland Altmann
orchestra: Saito Kinen Orchestra String Ensemble

Joseph Schwantner: Velocities (moto perpetuo)
marimba: 竹島悟史 / Takeshima Satoshi

Jacob ter Veldhuis: Goldrush
Percussione: 竹島悟史 / Takeshima Satoshi, 藤本隆文 / Fujimoto Takafumi
(休憩)
Franz Schubert: Ottetto in fa maggiore D803
violino: 竹澤恭子 Takezawa Kyoko/ , 会田莉凡 / Aida Ribon
viola: 今井信子 / Imai Nobuko
violoncello: 辻本玲 / Tsujimoto Rei
contrabbasso: 池松宏 / Ikematsu Hiroshi
clarinetto: Charles Neidich
fagotto: Marc Goldberg
corno: Julia Pilant

サイトウ-キネン-フェスティバルは、今年も2015年8月9日から9月15日までに掛けて、松本市を中心に長野県内で歌劇・大管弦楽演奏会・室内楽演奏会・ジャズ演奏会・教育プログラムを繰り広げる。室内楽演奏会は「ふれあいコンサート」の名に於いて、2プログラム2公演、いずれも松本市音楽文化ホールにて演奏される。

なお、「セイジ-オザワ松本フェスティバル」の名称は、そもそもその名称への変更自体に正当性がなく、松本市民の私としては承認できないため、今後も一切用いず、従前通り「サイトウ-キネン-フェスティバル」の名称を用いる。

着席位置は最後方下手側、チケットは完売している。観客の鑑賞態度は、ごく少数の人たちによる飴の包み紙の音さえ無ければ、かなり良かった。

演奏について述べる。

第一曲目ゲルスターのカプリチェットは、弦楽セクションは控えめでアルトマンの独擅場の感じである。弦楽が弱く聴こえたのは、下手側だったせいか?チケット確保の制約により止むを得ずその場所にしたが。

この曲は、2015年5月に水戸室内管弦楽団第93回定期演奏会にて、既に演奏されている。ひょっとすると、既に演奏したかなり小容積の水戸芸術館の響きが影響していたのかもしれない。室容積が大きい松本市音楽文化ホールへ適応する時間が少し足りなかったのか?

二曲目の「ヴェロシティーズ」・三曲目の「ゴールドラッシュ」は、ソロ、あるいはデュオであり、バランスがよく取れた素晴らしい出来だ。

後半は、シューベルトの八重奏曲、D803 である。冒頭から弦楽と管楽とがバラバラで、テンションが萎える。管楽が響かせ過ぎる一方で弦楽が鳴らない。クラリネット・ホルンは、2000名希望の多目的ホールのような演奏をしていて、耳を悪くしそうな音量だ。しかし、弦楽の対抗力があまりに弱く、そもそも、きちんとしたサウンドチェックを行っているのか、疑問に感じざるを得ない。

弦楽の弱さについては、竹澤恭子が犯人だと判明する。第一楽章では、第二Vnの会田莉凡ちゃんが、ほんの一小節か二小節で前に出ているけれど、竹澤恭子はこれに応えない。クラリネット・ホルンの音量が大き過ぎた一方で、竹澤恭子は何の対抗も出来なかった。

クラリネット・ホルンは、楽章が進むにつれ、明らかに響きを変え、弦楽とある程度調和させてきた。これにより、第一楽章でのバラバラな印象は薄らいだ。

しかし、竹澤恭子は、特に音の多い箇所で十分に響かせず、弱音の音色の美しさで攻めている訳でもなく(弱音の響きは全く綺麗ではなく、説得力がない)、音符がきちんと刻まれずに曖昧にしか聴こえず(私が最も嫌う奏法である)、何をしたいのか理解に苦しむ演奏だ。こんな感じだったら、若手のリボンちゃんに第一ヴァイオリンを譲った方が良かっただろう。若手らしく、怖いもの知らずに思い切って行かせた方が、断然面白くなったろうに。

それにしても、何度、竹澤恭子によってブレーキを掛けられたか!第一ヴァイオリンよりもチェロの方が響く事態は、異常事態だ。それでも、最終楽章でのニュアンスを掛けた箇所だけは、竹澤恭子の意地を見せたか?

チェロはよく響いた。チェロ奏者も周囲の奏者も、その点の配慮を行き渡らせたのだろう。ヴィオラの今井信子さんは、最終楽章で的確な響きで出てくる場面はさすがである。これらの場面の演奏は素晴らしい箇所である。

アンコールはなかった。