2018年2月24日土曜日

Orchestra Ensemble Kanazawa, the 399th Subscription Concert, review 第399回 オーケストラ-アンサンブル-金沢 定期演奏会 評

2018年2月24日 土曜日
Saturday 24th February 2018
石川県立音楽堂 (石川県金沢市)
Ishikawa Ongakudo (Ishikawa Prefectural Concert Hall) (Kanazawa, Japan)

曲目:
Juan Crisostomo Arriaga: Sinfonia in re per grande orchestra
Wolfgang Amadeus Mozart: Andante per flauto e orchestra KV315
尾高尚忠 / Otaka Hisatada: Concerto per flauto e orchestra op.30a
Franz Peter Schubert: Sinfonia n.6 D589

flauto: 최나경/ Choi Jasmine
orchestra: Orchestra Ensemble Kanazawa (OEK)(オーケストラ-アンサンブル-金沢)
direttore: Matthias Bamert

オーケストラ-アンサンブル-金沢は、フルート-ソロに韓国人のチェ=ジャスミン、指揮にマティアス=バーメルト(当初予定の Jesús López Cobos は病気のため降板)を迎えて、2018年2月24日に石川県立音楽堂で、第399回定期演奏会を開催した。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→ヴィオラ→ヴァイオリン-チェロ→第二ヴァイオリンの左右対抗配置で、コントラバスはチェロの後方につく。木管パートは後方中央、金管パートは後方上手側の位置につく。

着席位置は一階正面わずかに後方上手側、客の入りは八割程であろうか。

演奏について述べる。

冒頭から序曲などではなく、交響曲である。19歳で夭逝したエウスカディ(バスク)の作曲家アリアーガのもの。滅多に聴けない曲だ。

今日のOEKは、キチッと音圧を掛け、ホールの響きを味方に付けている。序奏部の木管の伸びやかな響きから、この演奏会の成功を期待させる。指揮者バーメルトの構成力の巧みさが、感じ取れる。

二曲目と三曲目は、フルート-ソロにチェ=ジャスミンを迎えての演奏だ。音量が大きなタイプではなく、管弦楽も抑えめでサポートする。管弦楽から一歩抜け出して自己主張するタイプではなく、管弦楽に溶け込ませるタイプなのは、かつてOEKの客演奏者だったためなのか?

モーツァルトのカデンツァの部分、尾高尚忠の第二楽章は良かった。尾高尚忠の作はとてつもない難曲で、演奏にも難しさを感じさせる箇所もある。

圧巻だったのはアンコールで、イアン=クラークの「ザ-グレイト-トレイン-レース」、舞台を上手下手に歩きながら楽しげに、フルートからこんな音色が出せるのかと感嘆させる演奏である。

後半は、シューベルトの交響曲第6番だ。

Matthias Bamert が目指した路線は、テンポでヴィヴィッドにするのではないが(テンポはむしろ遅いだろう)、一音一音、精密に音色を深く考慮して産み出された、美しく明るい響きで、古典派の交響曲に求められるヴィヴィッド感を出すものである。この試みは成功する。

Matthias Bamert は曲を知り尽くし、かつオケの性格やホールの響きを、まるでホームのオケのように知悉した職人芸で、名演を導く。まさに、ベテランならではの至芸だ。

Matthias Bamert はこれ見よがしの作為をせず、精緻にオケの音色をコントロールする。金管の音をも柔らかくブレンドする一方で、出るべき所では木管に伸びやかに演奏させるなど、深い解釈ならではの説得力を与える。管弦楽も全力で応え、狙い通りの素晴らしい響きを出しまくる。

古典派の音楽はシンプルだからこそ、観客を満足させる演奏を実現させるのは難しい。しかし今日の Matthias Bamert 指揮による演奏は、指揮者・管弦楽・素晴らしい音響のホール、三位一体となって、音楽堂を幸せな響きで満たしていく。

大きなホール、大きな管弦楽の東京では味わえない、精緻に音圧を観客に与えていく、素晴らしい演奏であった。これだから、金沢通いはやめられない!

#oekjp

2018年2月10日土曜日

Kioi Hall Chamber Orchestra Tokyo, the 110th Subscription Concert, review 第110回 紀尾井ホール室内管弦楽団 定期演奏会 評

2018年2月10日 土曜日
Saturday 10th February 2018
紀尾井ホール (東京)
Kioi Hall (Tokyo, Japan)

曲目:
Franz Schubert: Pezzo da concerto per violino e orchestra D345
Johann Strauss Vater: ‘Die vier Temperamente’ op.59 (四つの気質)
(休憩)
Paul Hindemith: Thema mit vier Variationen ‘Die vier Temperamente’ für Klavier und Streichorchester (四つの気質)
Franz Schubert: Sinfonia n.5 D485

pianoforte: 小川典子 / Ogawa Noriko
orchestra: Kioi Hall Chamber Orchestra Tokyo(紀尾井ホール室内管弦楽団)
direttore: Rainer Honeck

紀尾井ホール室内管弦楽団(旧紀尾井シンフォニエッタ東京(KST))は、小川典子をソリスト、ライナー=ホーネックを指揮者に迎えて、2018年2月9日・10日に東京-紀尾井ホールで、第110回定期演奏会を開催した。この評は、第二日目の公演に対してのものである。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン→ヴァイオリン-チェロ→ヴィオラのモダン配置で、コントラバスはチェロの後方につく。ホルンは後方下手側、その他の管楽パートは後方中央、ティンパニは後方上手側の位置につく。

着席位置は一階正面後方僅かに上手側、。観客の鑑賞態度は、前半でノイズが入ったものの、フライングの拍手もなく、概ね良好であった。

一曲目のシューベルト小協奏曲D345は、ライナー=ホーネックの繊細なソロが目立った。

二曲目の、ヨハン=シュトラウス(父)の「四つの気質」は楽しい雰囲気だ。

三曲目も同じ「四つの気質」であるが、こちらはヒンデミット作のもので、ピアノ-ソロと弦楽(管楽は一切入らない)との協奏曲の性質が強い。

ピアノ-ソロが入るまでの弦楽から素晴らしく、低弦の響きをも楽しませる。ピアノも場面に応じ適切な響きで、弦楽とがっしり組み合う演奏であった。

休憩後はシューベルトの5番D485。丁寧な演奏であるが、欲を言えば、ヴィヴィッドな要素がもっと欲しいところであった。

2017年11月18日土曜日

Orchestra Ensemble Kanazawa, the 395th Subscription Concert, review 第395回 オーケストラ-アンサンブル-金沢 定期演奏会 評

2017年11月18日 土曜日
Saturday 18th Novemver 2017
石川県立音楽堂 (石川県金沢市)
Ishikawa Ongakudo (Ishikawa Prefectural Concert Hall) (Kanazawa, Japan)

曲目:
Felix Mendelssohn Bartholdy: Konzert-Ouvertüre ‘Die Hebriden’(「フィンガルの洞窟」)
Wolfgang Amadeus Mozart: Concerto per pianoforte e orchestra n.18, KV456
Christian Jost: ‘Ghost Song’ für Streichorchester
Wolfgang Amadeus Mozart: Sinfonia n.39, KV543

pianoforte: Sophie-Mayuko Vetter
orchestra: Orchestra Ensemble Kanazawa (OEK)(オーケストラ-アンサンブル-金沢)
direttore: Michael Sanderling

オーケストラ-アンサンブル-金沢は、ピアノ-ソロにソフィー-マユコ=フェッター、指揮にミヒャエル=ザンデルリンクを迎えて、2017年11月18日に石川県立音楽堂で、第395回定期演奏会を開催した。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→ヴァイオリン-チェロ→ヴィオラ→第二ヴァイオリンの左右対抗配置で、コントラバスはチェロの後方につく。木管パートは後方中央、ホルンは後方下手側、トランペットは後方上手、ティンパニはモーツァルト交響曲第39番ではバロック-ティンパニを用い最上手側の位置につく。

着席位置は一階正面わずかに後方上手側、客の入りは八割程であろうか、二階バルコニーに空席が目立った。観客の鑑賞態度は、ごく少数の人たちによるチラシ・プログラム弄りの音が目立ったが、フライングの拍手は一切なかった。

演奏について述べる。

モーツァルトのピアノ協奏曲第18番での、Sophie-Mayuko Vetter は、敢えて鳴らさない路線を選んだようだ。管弦楽に溶け込む独奏である。第二楽章でテンポを限界まで遅くした点に彼女の個性が発揮されたか?その箇所は良かった。

アンコールはスクリャービンの「二つの左手のための小品」からノクターンであったが、私にとっては、正直こちらの方が素晴らしかった。あまりモーツァルト向きのピアニストではないのかなあ。

ミヒャエル=ザンデルリンクによる響きの作り方は、どちらかと言うと管楽重視で、管楽を聴かせるために弦楽を敢えて抑える箇所もあった。テンポは中庸で特段の仕掛けはない。管楽は、全般的に的確な響きを出せた。

クリスティアン=ヨストの ‘Ghost Song’ は日本初演であった。半年前の2017年5月に、作曲家自身の指揮、ベルリン-ドイツ室内管弦楽団の演奏で世界初演された作品である。OEKの弦楽は幽霊を思わせる響きで聴衆の耳を惹きつけた。

#oekjp

2017年11月3日金曜日

Kioi Hall, Opera ‘L'Olimpiade’ (2017) review 紀尾井ホール 歌劇「オリンピーアデ」 感想

2017年11月3日 金曜日
Friday 3nd November 2017
紀尾井ホール (東京)
Kioi Hall (Tokyo, Japan)

演目:
Giovanni Battista Pergolesi: Opera ‘L'Olimpiade’
ジョヴァンニ=バッティスタ=ペルゴレージ 歌劇「オリンピーアデ」

Clistene: 吉田浩之 / Yoshida Hiroyuki
Aristea: 幸田浩子 / Kouda Hiroko
Argene: 林美智子 / Hayashi Michiko
Licida: 澤畑恵美 / Sawahata Emi
Megacle: 向野由美子 / Kono Yumiko
Aminta: 望月哲也 / Mochizuki Tetsuya
Alcandro: 彌勒忠史 / Miroku Tadashi

Production: 粟國淳/ Aguni Jun

orchestra: Kioi Hall Chamber Orchestra Tokyo(紀尾井ホール室内管弦楽団)
direttore: 河原忠之 / Kawahara Tadayuki

紀尾井ホールは、2017年11月3日・5日に、河原忠之の指揮・チェンバロによるジョヴァンニ=バッティスタ=ペルゴレージ作、歌劇「オリンピーアデ」を2公演開催する。日本に於けるバロックオペラの上演は珍しく、セミステージ形式ではあるものの、どのような実体か観劇してみることとした。

この評は、第一公演である2017年11月3日公演に対するものである。

着席位置は一階正面前方やや上手側である。観客の鑑賞態度は、概ね良好であったが、時折謎の会話が聞こえていたりした。歌い手の音圧が強く感じられたため、大きな支障にはならなかったが。

一言で言えば、全員素晴らしい公演であった。序盤の固さは3分程で解消し、管弦楽は終始的確な響きを出している。歌い手も全員十二分な声量を持ち、観客全てに強い音圧と、それぞれの声質の個性でニュアンスを加えている。

全ての出演者に満足する歌劇公演は本当に少ない。本来の力を出し切れない体調の時もあるだろう。

そんな歌劇公演の中で、全員が作品への愛情を強く持ち、士気高く、紀尾井ホールの難しい音響(響くホールだから扱いが難しい。デッドな響きの多目的ホールなら、爆音系で攻めればいいだけだもんね)の中での響きの在り方を踏まえた歌と管弦楽を実現したことは、賞賛に値する。

全員素晴らしい中でも、クリステーネ役の吉田浩之は、高音美声系で君主・父親の威厳と慈愛を示す曲芸を達成し、アルカンドロ役の彌勒忠史は、カウンターテノールを感じさせない自然な美声で、第二幕第三幕の重要な部分の構築を果たした。

敢えて、この公演の白眉を挙げるとするならば、第三幕第二場のアルカンドロのアリア「このような状態で不幸な方は」’L’infelice in questo stato’ だろう。彌勒忠史の見事な声は弱唱の箇所もあるが、その箇所での彼のソロと管弦楽の弱奏とが完璧に噛み合っている。この「オリンピーアデ」公演の特質を最も顕著に表した箇所で、個々の歌い手の妙技だけに頼らない、アンサンブル全体としての統一感を感じさせる意図が最も活きた箇所である。

世界的に活躍しているメジャーな客寄せパンダを呼ばず、演出から指揮・歌い手・管弦楽まで、全員日本人でこれほどまでの水準の公演が出来るのを目の当たりにした。

滅多に取り上げられない、眠っている作品を、紀尾井ホールという的確な規模のホールで、高い水準での上演に成功した。紀尾井ホールのこのプロダクションに敬意を表したい。

2017年10月28日土曜日

Biwako Hall Center for Performing Arts, Shiga, Opera ‘Norma’ (2017) review 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 歌劇「ノルマ」 感想

2017年10月28日 土曜日
Saturday 28th October 2017
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール (滋賀県大津市)
Biwako Hall Center for Performing Arts, Shiga (Otsu, Japan)

演目:
Vincenzo Bellini: Opera ‘Norma’
ヴィンチェンツォ=ベッリーニ 歌劇「ノルマ」

Norma: Mariella Devia
Adalgisa: Laura Polverelli
Pollione: Ștefan Pop
Oroveso: 伊藤貴之 / Ito Takayuki
Clotilde: 松浦麗 / Matsuura Rei
Flavio: 二塚直紀 / Nizuka Naoki
Coro: Biwako Hall Vocal Ensemble, Fujiwara Opera Chorus Group (合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル、藤原歌劇団合唱部)

Production: 粟國淳/ Aguni Jun

orchestra: Tokyo Mitaka Philharmonia
maestro del Coro: 須藤桂司 / Sudo Keiji
direttore: 沼尻竜典 / Numajiri Ryusuke

滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールは、2017年10月28日に、沼尻竜典の指揮によるヴィンチェンツォ=ベッリーニ作、歌劇「ノルマ」を1公演開催した。この公演は、滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール、日生劇場、川崎市スポーツ・文化総合センター、藤原歌劇団、東京フィルハーモニー交響楽団による共同制作によるもので、既に日生劇場で3公演、川崎市スポーツ・文化総合センターで1公演、上演されている。

本びわ湖公演・川崎公演には東京フィルハーモニー交響楽団は出演せず、指揮者である沼尻竜典の呼びかけにより設立されたトウキョウ-ミタカ-フィルハーモニアによる管弦楽である。

なお、この公演を最後に Mariella Devia は日本から引退する。

着席位置は一階正面前方やや上手側である。観客の鑑賞態度は、概ね極めて良好であった。

総じて、冒頭部のみ固さが見られたが、第一幕中盤以降は、盤石の出来である。

Norma役 Mariella Devia は、充実した全盛期と同様とまでは行かないのだろうが、69歳とは思えぬ驚異的な歌唱を見せた。ヴィブラートは終始綺麗で、声質は清純さを保ち、乙女の役もお姫様の役も全く違和感がない。喉が温まれば、びわ湖ホールの巨大さに十二分に立ち向かえる声量を持つ。貫禄を見せつけ、嫉妬に狂う場面でも、品のある様式美を保っている。年齢故に、思い通りに100%やれたかどうかは別として、音符の一つ一つ、どのようにニュアンスを掛けるか、深く吟味されている。そのニュアンスは、随所で涙腺を潤すもので、舞台がボヤけて見えるほどだ。

私にとっては、最初で最後の Mariella Devia 、日本からの引退が信じられない。

Adalgisa役 Laura Polverelli は、充実した完成度で Mariella Devia に寄り添った。Pollione役の Ștefan Pop は伸びやかな声量で、軽薄さと Norma への罪の意識を的確に表現した。外国人ソリストとしての責務は、三人とも見事に果たしたと言える。

日本人ソリストたち、Oroveso: 伊藤貴之、Clotilde: 松浦麗、Flavio: 二塚直紀、いずれも素晴らしい。外国人ソリストに見事に調和する響きで魅了される。ソリスト全員素晴らしく、この Norma を卓越した公演とするのに貢献した。

また、びわ湖ホール声楽アンサンブル・藤原歌劇団合唱部による合唱は実に綺麗な響きで、日本人の合唱の実力の高さを示した。

沼尻竜典率いるトウキョウ-ミタカ-シンフォニアの管弦楽は、単に鳴らすことだけを考えたものではない、歌い手との響きを綿密に考慮した形跡を強く感じる見事なものである。歌と管弦楽とが、素晴らしく噛み合っており、ソリスト頼りでもない、歌い手頼りでもない、全体的なアンサンブルが見事に構成されたものであった。

演出は、舞台転換がないものでシンプルではあるが、回り舞台を効果的に用い、堅実に Norma の物語の基盤を構築した。

総じて、日本で実現される歌劇公演の中で、極めて質の高い公演であった。世界的なメジャー歌劇場のプロダクションに決して負けていない。Mariella Devia の日本最後の公演を見事に飾るものであった。

2017年9月23日土曜日

Konzerthaus Kammerorchester Berlin, Matsumoto perfomance (23rd September 2017), review ベルリン-コンツェルトハウス-室内オーケストラ 松本演奏会 評

2017年9月23日 土曜日
Saturday 23nd September 2017
松本市音楽文化ホール (長野県松本市)
The Harmony Hall (Matsumoto Municipal Concert Hall) (Matsumoto, Japan)

曲目:

Arcangelo Corelli: Concerto grosso in re maggiore op.6-4 (合奏協奏曲ニ長調)
Antonio Vivaldi: ‘L'estro armonico’ Concerto nº 12 op.3-12 RV265
Antonio Vivaldi: ‘L'estro armonico’ Concerto nº 6 op.3-6 RV356
Arcangelo Corelli: Concerto grosso fatto per la notte di Natale op.6-8(クリスマス協奏曲)
(休憩)
Jean Sibelius: Sarja viululle ja jousiorkesterille op.117 JS185 (ヴァイオリンと弦楽のための組曲)
Jean Sibelius: ‘Andante Festivo’ JS34
Edvard Hagerup Grieg:’ Fra Holbergs Tid’ op.40 (「ホルベアの時代から」)

violino: 日下紗矢子 / KUSAKA Sayako
orchestra: Konzerthaus Kammerorchester Berlin (ベルリン-コンツェルトハウス-室内オーケストラ)

ベルリン-コンツェルトハウス-室内オーケストラは、その母体であるベルリン-コンツェルトハウス管弦楽団のコンサートミストレスである日下紗矢子をリーダーとして2009年に結成された室内管弦楽団である。
2017年9月16日から23日までにかけて、フィリアホール(横浜市)・中新田バッハホール(宮城県加美郡加美町)・兵庫県立芸術文化センター(兵庫県西宮市、なぜか大ホールでの公演だった)岡崎市シビックセンター(愛知県岡崎市)・石橋文化ホール(福岡県久留米市)・松本市音楽文化ホールで、日本ツアーを開催した。今回は、管楽奏者はツアーに参加せず、弦楽とチェンバロ奏者のみによる来日公演である。

この評は、2017年9月23日、第六公演(千秋楽)松本市音楽文化ホールでの公演に対するものである。

弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン→ヴィオラ→コントラバス→ヴァイオリン-チェロの配置で、第一ヴァイオリン4(日下紗矢子を含む)・第二ヴァイオリン3・ヴィオラ2・ヴァイオリン-チェロ2・コントラバス1の数である。前半にはチェンバロもあり、弦楽奏者に半円状に囲まれた中で、客席に背を向けての演奏であった。

着席位置は一階正面後方やや上手側、客の入りは残念ながら四割を切っていた。観客の鑑賞態度は素晴らしかったが、拍手のタイミングが早かった(誰か一人でもそういう奴がいると、そうなる)。もう3秒遅くしてもいいところだ。

演奏について述べる。

第一曲目のコレッリから「流す」要素がなく全力を尽くす演奏で好感が持てる。コレッリ・ヴィヴァルディはノンヴィブラートの演奏で、透明感のある響きを実現させる。テンポは要所で変化させ、全般的には早めで、ピリオド奏法の様式を取り入れているようにも思える。チェンバロの響きが伝わるように、弦楽奏者の音量もよく考えられている。

休憩後は一転して、イタリアから一気に北欧に飛び、シベリウスとグリーグのプログラムである。

滅多に演奏されることがないシベリウスの「ヴァイオリンと弦楽のための組曲」「アンダンテ-フェスティーヴォ」は、全般的に極めて高い水準であるこの演奏会の中でも、最も私の好みに合うものである。「組曲」は夏の高原にいるような雰囲気が感じられ、一方で「アンダンテ-フェスティーヴォ」は少し厳粛な雰囲気を持つ祝典にいるような感がする。

最後のグリーグ「ホルベアの時代より」は、今年のサイトウ-キネン-フェスティバルでも取り上げられており、同じ月の中でこの松本市内で二度演奏されるという異常事態となる。サイトウ-キネンは8-6-5-4-2の編成で長野県松本文化会館のデッドな会場に対応するべく、味付けを分厚く濃厚にして一本調子で乗り切ったような印象があるが、ベルリン-コンツェルトハウス-室内オーケストラでは、4-3-2-2-1と半分以下の規模だ。高い弦を弱めに引いて低弦を際立たせたりと、響きの良いホールでは表現に多様性が生じた点が印象的だ。

アンコールは、モーツァルトのディヴェルティメントK.136から第三楽章、チャイコフスキーの弦楽セレナーデOP.48 第二楽章であった。

(この演奏者での奏者は以下の通り)
violino: 日下紗矢子 / KUSAKA Sayako, Petr Matěják, Luisa Rönnebeck, Elias Schödel, Johannes Jahnel, Karoline Bestehorn, Christoph Kulicke
viola: Katja Plagens, Pei-Yi Wu
violoncello: Andreas Timm, David Drost
contrabbasso: Igor Prokopets
clavicembalo: Christine Kessler

2017年8月6日日曜日

びわ湖ホール オペラへの招待 サリヴァン作曲 コミック-オペラ 『ミカド』 感想

2017年8月5日 土曜日
2017年8月6日 日曜日
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 中ホール (滋賀県大津市)

演目:
アーサー=サリヴァン 歌劇「ミカド」(日本語版)

ミカド:松森 治
ナンキプー:二塚直紀
ココ:迎 肇聡
プーバー:竹内直紀
ピシュタッシュ:五島真澄
ヤムヤム:飯嶋幸子
ピッティシング:山際きみ佳
ピープボー:藤村江李奈
カティーシャ:吉川秋穂
貴族・市民:平尾 悠、溝越美詩、益田早織、吉川秋穂、川野貴之、島影聖人、増田貴寛、内山建人、宮城島 康 ほか

合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル

美術:増田寿子
照明:山本英明
衣裳:下斗米雪子
振付:佐藤ミツル
音響:押谷征仁(びわ湖ホール)
舞台監督:牧野 優(びわ湖ホール)

管弦楽:日本センチュリー交響楽団
指揮:園田隆一郎

滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールは、2017年8月5日から6日までの日程で、園田隆一郎の指揮による歌劇「ミカド」を2公演上演した。この他に、同年8月26日から27日までの日程で、新国立劇場にて2公演上演する。この評は2017年8月5日・6日に催された、滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールでの公演に対するものである。

着席位置は二階正面上手側である。チケットは両公演とも完売となった。観客の鑑賞態度は、概ね良好であった。

(以下ネタバレ注意)

演出は、日本語による上演ということもあり、最新の時事ネタをも取り混ぜたものである。レチタティーヴォにて、「防衛大臣は辞任した」の他、中身白紙の100万円ネタがあり、この作品で求められている風刺を実現させている。

背景は、いかにも外国人観光客向けのウェブサイトを連想させるもの。ほとんど大道具はなく、場面転換もなく、いかに低予算で楽しませるかを狙ったものである。

最初のプロジェクターマッピングで鉄道車両を載せてくるが、懐かしい165系を出したり、E5系ではなくJR北海道所有のH5系(紫帯)を出すなど、映像担当者は絶対テツ(鉄道マニア)だろ!と、ツッコミどころ満載である(笑)。

衣装についてはポップなもので、女性についてはカティーシャ以外は全員「コギャル」の攻めた設定だ。

ミカドは、「公然イチャつき禁止法」に違反すると死刑にするは、死刑囚であるはずのココを最高指導者にするは、破茶滅茶の設定である(笑)

歌い手について述べる。

基本的に男声に力量のあるソリストを配置したことが分かる。

事実上の主役ナンキプー役の二塚直紀は、伸びやかな声量でアクセントを付け、終始全歌い手をリードした。ココ役の迎肇聡も、十二分にある声量だけでなく、その演技力で観客を沸かした。ナンキプーとココと、最も重要な役が素晴らしく、この公演の成功に貢献した。

ミカド役の松森修、プーパー役の竹内直紀も、コミカルな演技と十分な声量で魅了された。

女声では、やはりカティーシャ役の吉川秋穂が圧巻の出来で、この役に必要な貫禄を見せつけた。このストーカー女がやらかさないと面白くならないが、その責を十二分に果たしたと言える。

第一幕での数名規模までの合唱は、二日目の方が良かったか。第二幕前半の五重唱は、両日とも素晴らしい。

歌と管弦楽とのバランスも的確に取られており、歌い手が活きるように、歌と管弦楽とのアンサンブルがよく考えられる。

びわ湖ホールでの公演では、プロセニアムの両脇に日本語、上方に英語の字幕があった。字幕を見ると演者を見なくなる作用もあり、字幕の功罪について述べると長くなるので差し控えるが、字幕を出すのであれば、英語をも出したことは評価に値する。

テアトロ-レアル(マドリード)・リセウ歌劇場(バルセロナ)・ハンブルグ州立歌劇場・チューリッヒ歌劇場でも、現地語に加えて英語字幕は実施されており、もはやグローバルスタンダード、当たり前と言えば当たり前であるが、日本では新国立劇場でも行なっていない事を、手間を掛けて実施した先駆的な試みである。新国立劇場でも、このびわ湖ホールの試みは見習うべき点ではないか。8月26日27日の新国立劇場での上演時でも、英語字幕を実現して欲しい。

ラストは、タコ焼きに阪神タイガースネタを出したり、ミカドはランニング姿になるなど、衝撃的な結末となった(笑)。

2017年7月22日土曜日

Nagoya Philharmonic Orchestra, the 448th Subscription Concert, review 第448回 名古屋フィルハーモニー交響楽団 定期演奏会 評

2017年7月22日 土曜日
Saturday 22nd July 2017
愛知県芸術劇場コンサートホール (愛知県名古屋市)
Aichi Prefectural Art Theater Concert Hall (Nagoya, Japan)

曲目:
Wolfgang Amadeus Mozart: Ouverture ‘Don Giovanni’ KV527
Wolfgang Amadeus Mozart: Concerto per clarinetto e orchestra KV622
(休憩)
José Pablo Moncayo García: ‘Huapango’
Jesús Arturo Márquez Navarro: Danzón no 2
Alberto Evaristo Ginastera: Estancia (Quatro Danzas del Ballet) op.8a

clarinetto: Alessandro Carbonare
orchestra: Nagoya Philharmonic Orchestra(名古屋フィルハーモニー交響楽団)
direttore: Alondra de la Parra

名古屋フィルハーモニー交響楽団は、アレッサンドロ=カルボナーレをソリストに、アロンドラ=デ-ラ-パーラを指揮者に迎えて、2016年7月21日・22日に愛知県芸術劇場で、第448回定期演奏会を開催した。この評は、第二日目の公演に対してのものである。

今回のプログラムは、保守化した今シーズンのプログラムの中では例外的に良心的なもので、特に後半は、メヒコの作曲家モンカーヨ・マルケス、アルヘンティーナの作曲家ヒナステラを充て、中南米音楽に接する貴重な機会を齎している。メヒコの美人指揮者、アロンドラ=デ-ラ-パーラの意向も含まれているだろう。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン→ヴァイオリン-チェロ→ヴィオラのモダン配置で、コントラバスはチェロの上手側につく。管楽パートは後方中央から上手側に掛けて、打楽器は最後方中央のティンパニの他は下手側の位置につく。

着席位置は一階正面後方わずかに下手側、客の入りは8割程であろうか、かなり観客数は多いと思われたが、チケット完売には至らなかった。観客の鑑賞態度については、きわめて良好だった。

「ドン-ジョバンニ」序曲の時点で、Alondra de la Parra の棒に名フィルがテンション高く反応する。熱量が高く面白い。

モーツァルトのクラリネット協奏曲は、カルボナーレのソロは見事ではあるが、中弱音を多用したために、ホールの大きさも相まって自己主張は抑えめとなる。むしろ、Alondra de la Parra 率いる管弦楽の方が、第一楽章後半部などで見せる熱量の高い演奏を見せ、カルボナーレとは対照的である点が興味深い。

(余談だが、2016年11月にカルボナーレはカメラータ-ザルツブルクと同じ曲で松本市音楽文化ホールにて共演していたが、その時はカルボナーレがかなりリードしているようにも思えた。ホール規模による印象の差なのか?「カメラータ」とフルオーケストラとの差なのか?)

カルボナーレのソリスト-アンコールは、チャーリー=パーカーの「チェロキー」にちなむ「クラリネット-ロギア」である。モーツァルトの演奏とは打って変わって、カルボナーレがその技巧を惜しみなく注ぎ込み、ホール全体によく響かせる演奏で、とても楽しい。まるで、このアンコールを吹くためにモーツァルトのソロを引き受けたのではないかと思えるほどである。中南米の曲目で固めた後半につなげるような、ヨーロッパからアメリカに飛んだ選曲も素晴らしい。
なお、その光景は、指揮台に座った Alondra de la Parra がスマホで動画撮影し、直後の休憩時に即instagramに投稿している。

後半は、いよいよお待ちかねの中南米音楽である。

まずは、Moncayo ‘Huapango’ モンカーヨの「ウアパンゴ」だ。曲の進行とともに管弦楽が噛み合い始め、管楽弱音ソロで決める場面もキッチリ決まる。私の個人的なポイントは、何と言っても、ヴァイオリンの強烈なウネリを掛けた強奏で、その絶妙かつ強いニュアンスを効かせた強い響きは効果的だ。この場面を愛知県芸術劇場コンサートホールの響きで聴けたのは幸せである。名フィル始まって以来のヴァイオリンの強烈な響きではないだろうか?その旋律を追いかけるトランペットも素晴らしい。

次は、Márquez ‘Danzón’ no 2 マルケスの「ダンソン」第2番である。メヒコの太陽の強烈さは影も深い、印象を持つ。

最後はGinastera: Estancia ヒナステラのバレエ音楽「エスタンシア」組曲版である。どうしても、Damza Final (Malambo) の強烈な旋律が全てを持っていってしまう。名フィルの総力を挙げ、愛知県芸術劇場コンサートホールの響きを知り尽くし、現代音楽で鍛え上げられた弦管打全てが絡み合う名演である。牛の鳴き声を表現しているかと思われる管楽の挿入も見事で、題名の通り、アルヘンティーナの農場を思わせる光景だ。打楽の二連音のアクセントも強めに入る好みの展開である。まさに、愛知県芸術劇場コンサートホール改修工事前の、お別れにふさわしい幕切れだ。シャイな名古屋の観客がスタオベやり始める展開である。

アンコールは、マランボの繰り返しである。これが前代未聞のアンコールとなる。Alondra de la Parra から観客に対して指示が出る。立ち上がろう!手拍子しよう!体を左右に振って踊ろう!(管弦楽も体を左右に振りだしている)しまいには、打楽二連音のアクセントの箇所でジャンプ指令まで出た。まあ、手拍子レベルならあり得る展開であるが、ジャンプまでさせるとはねえ。アロンドラも指揮台の上で楽し気にジャンプしている。日本のクラシック音楽演奏会史に残る伝説的なアンコールであった。

Alondra de la Parra は、管弦楽を情熱的にさせる音楽面での確かな充実ぶりはもちろんのこと、観客を楽しませるエンターテイメントの面でも素晴らしい才覚を発揮した。ソリスト-アンコール中の動画撮影と即時instagram 投稿、アンコールでの観客関与、サラリと前代未聞の仕掛けを実現させていく。メヒコ美女だからこそ、日本の演奏会のスタイルを変えていけるのかもしれない。

Alondra de la Parra は、実はバレエ好きで、名古屋滞在中に English National Ballet の’Coppélia’ 公演を観劇していたりする。instagramを覗くと、Alondra自身がバーレッスンをしている写真もある。この伝説的なアンコールには、彼女のバレエとの関わりをも背景にあるように思える。(余談ではあるが、新国立劇場バレエ団に彼女を指揮者として呼んで、Ginastera の ‘Estancia’ 全幕を上演したら面白いだろなと、頭に浮かんでくる。)

愛知県芸術劇場コンサートホールは、2017年8月から一年以上にわたって改修工事に入る。この第448回定期演奏会は、名フィルにとって改修工事前の最後の演奏会であった。愛知県芸術劇場コンサートホールの響きを十全に活かした響き、革新的な演奏会の在り方の提起、メヒコからの旋風がこの美しいホールに吹き込まれた、画期的な演奏会となった。

2017年7月21日金曜日

Orchestra Ensemble Kanazawa, the 392nd Subscription Concert, review 第392回 オーケストラ-アンサンブル-金沢 定期演奏会 評

2017年7月21日 金曜日
Friday 21st July 2017
松本市音楽文化ホール (長野県松本市)
The Harmony Hall (Matsumoto Municipal Concert Hall) (Matsumoto, Japan)

曲目:
Organ Inprovisation by Thierry Escaich
Franz Peter Schubert: Sinfonia n.7 D759 ‘Incompiuta’
Charles Camille Saint-Saëns: Concerto per violoncello e orchestra n.1 op.33
(休憩)
Thierry Escaich: Concerto per organo e orchestra n.3 'Quatre Visages du Temps' (「時の四つの顔」)

violoncello: Ľudovít Kanta
organo: Thierry Escaich

orchestra: Orchestra Ensemble Kanazawa (OEK)(オーケストラ-アンサンブル-金沢)
direttore: 井上道義 / Inoue Michiyoshi

オーケストラ-アンサンブル-金沢は、オルガンにティエリー=エスケシュを迎え、指揮は音楽監督の井上道義、チェロは首席奏者ルドヴィート=カンタが担当し、2017年7月18日から23日までに、石川県立音楽堂(金沢市)・那須野が原ハーモニーホール(栃木県大田原市)・松本市音楽文化ホール・ミューザ川崎シンフォニーホールで、第392回定期演奏会を開催する。

この評は、2017年7月21日、第三回目松本市音楽文化ホールでの公演に対するものである。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→ヴィオラ→ヴァイオリン-チェロ→第二ヴァイオリンの左右対抗配置で、コントラバスはチェロの後方につく。木管パートは後方中央、ホルンは後方下手側、他の金管は後方上手、ティンパニは後方上手、他のパーカッションは両側端の位置につく。

着席位置は一階正面後方わずかに上手側、客の入りは四割程であろうか、空席が目立った。観客の鑑賞態度は、極めて素晴らしい。

演奏について述べる。

シューベルトの「未完成」は、低弦を中央後方に置き、通常弦楽の上手側となる位置に管楽を置く変態的な配置であったが、意味があったのかは疑問である。響きは豊かだが、構成は眠くなる感じである。

サン-サーンスのチェロ協奏曲は素晴らしい。チェロと管弦楽との一体感が、曲の進行とともに増してくる。696席の松本市音楽文化ホールならではのチェロの響きで、チェロのソロがこれだけ鳴るホールも少ない。カンタのチェロが情感を深くした第二楽章と思える箇所の、チェロと管弦楽との掛け合いは、同じ方向性を向いた、家族のような一体感を感じさせるものである。

エスケシュのオルガン協奏曲は、オルガンと管弦楽とがブレンドされ、誰が鳴らしているのか分からないほどの見事な演奏である。第二楽章の弦楽とオルガンとの一体感を感じさせる響きに惹きつけられる。一方で、両翼に配置した打楽は的確なアクセントを与える。楽器の構成がワールドワイドで楽しい。

サン-サーンスのチェロ協奏曲と、エスケシュの世界初演されたばかり(松本が第三公演!)のオルガン協奏曲を味わう事ができた、充実した演奏会であった。

#oekjp

2017年6月4日日曜日

Gustav Mahler Ensemble, Matsumoto Concert (2017), review グスタフ=マーラー-アンサンブル 松本公演 評

2017年6月4日 日曜日
Sunday 4th June 2017
松本市音楽文化ホール (長野県松本市)
The Harmony Hall (Matsumoto Municipal Concert Hall) (Matsumoto, Japan)

曲目:
Johann Sebastian Bach: Passione secondo Matteo BWV 244
ハイドン:弦楽四重奏曲 変ロ長調「日の出」作品76-4
J.シュトラウスⅡ:ジーフェリングのリラの花 〜喜歌劇『踊り子ファニー・エルスラー』より 
J.シュトラウスⅡ:ポルカ・シュネル「浮気心」op.319 
S.メルカダンテ フルート協奏曲 op.57 第三楽章
R.シュトルツ:ウィーンは夜が一番美しい 〜喜歌劇『春のパレード』より
(休憩)
W.A.モーツァルト:弦楽四重奏曲 第17番 変ロ長調 K.458「狩」
J.シュトラウスⅠ:ギャロップ「ため息」op.9
P.A. ジュナン 「ヴェニスの謝肉祭」 フルートと弦楽による
F.レハール:私の唇に熱き口づけを 〜喜歌劇『ジュディッタ』より

soprano: Monika Mosser / モニカ=モッシャー
violino 1: Alexander Burggasser / アレクサンダー=バーギャセル
violino 2: 大竹貴子 / Otake Takako
viola: Peter Sagaischek / ペーター=ザガイシェク
violoncello: Nikolaus Straka / ニコラス=ストラーカー
flauto: Matthias Schulz / マティアス=シュルツ

グスタフ=マーラー-アンサンブルは、2017年6月3日から5日までにかけて、日本ツアーを実施し、各務原(岐阜県)・松本・名古屋にて演奏会を開催する。この評は、第二公演2017年6月4日、松本市音楽文化ホールでの公演に対するものである。

メンバーは、ヴィーン交響楽団のコンサートマスターの他、ヴィーンフィル・フォルクスオーパー等の奏者などによって構成されている。大竹貴子は、名古屋近郊の出身でスズキメソードの教育を受けた後、現在、兵庫県立芸術文化センター管弦楽団のアフェリエイト-プレイヤーである。

着席位置は一階正面後方やや上手側、観客の入りは半分弱。観客の鑑賞態度は、概ね良好であった。

全般的に、前半は、弦楽・管楽・ソプラノとの響きのバラバラ感があったが、後半は完成度の高い演奏を見せた。

モーツァルトの「狩」は、松本市音楽文化ホールの響きを活かした演奏で、端正な方向性を志向した演奏だ。管弦楽団の奏者を本職にしていて、かつアウェイの難しい響きのホールでの演奏を考えれば、素晴らしい演奏である。完成度の高い演奏を目指し、安全運転気味な要素はあったけど、と思うのは贅沢か?

「ヴェニスの謝肉祭」は、フルートの超絶技巧が活き、また弦楽の深みのある響きが出た点でも、この演奏会の白眉である。

「私の唇に熱き口づけを」では、ソプラノとフルート・弦楽のバランスがキチッと取られている。この松本市音楽文化ホールは、音量面では楽勝なホールであるが、美しく響かせるコントロールは難しい。この曲では、ソプラノの響きのコントロールが最も良く取られていた。ダンスも交えていて、もちろんバレエダンサーのような技巧を駆使したものではないけれど、明らかに何らかの舞踊教育を受けた事が分かるダンスであった。

アンコールは、ジーツェンスキーの「ヴィーン我が夢の街」、ビゼー「アルルの女」第二組曲よりメヌエット、ヨハン=シュトラウス(父)の「アンネン-ポルカ」の三曲であった。「アンネン-ポルカ」では、モニカ=モッシャーがシャンパーニュを放つは、グラスを落として割ってしまうわと、やりたい放題であった。