2014年10月2日木曜日

アルカント-カルテット(+オリヴィエ=マロン) 演奏会 評

2014年10月2日 木曜日/ Thursday 2nd October 2014
松本市音楽文化ホール (長野県松本市)(Matsumoto, Japan)

曲目:
フランツ=シューベルト:弦楽四重奏曲第12番「四重奏断章」 D703
ルイジ=ボッケリーニ:弦楽五重奏曲 op.37-2 G.362
(休憩)
フランツ=シューベルト:弦楽五重奏曲 op.163 D956

弦楽四重奏:アルカント-カルテット (Arcanto Quartett)
第一ヴァイオリン:アンティエ=ヴァイトハース(Antje Weithaas)
第二ヴァイオリン:ダニエル=ゼペック(Daniel Sepec)
ヴィオラ:タベア=ツィンマーマン(Tabea Zimmermann)
ヴァイオリン-チェロ:ジャン-ギアン=ケラス(Jean-Guihen Queyras)
ゲスト奏者:
第二ヴァイオリン-チェロ:オリヴィエ=マロン(Olivier Marron)

アルカント-カルテットは、9月26日から10月5日に掛けて来日ツアーを行い、東京で4公演(王子ホールで2公演、トッパンホールで1公演、第一生命ホールで1公演)、松本市音楽文化ホール(長野県松本市)、兵庫県立文化センターリサイタルホール(兵庫県西宮市)、びわこホール(滋賀県大津市)にてそれぞれ1公演、合計7公演開始される。大都市圏以外ではこの松本公演が唯一の公演となるが、残響が豊かな事で定評があるホールでの公演は、この松本公演が唯一のものとなる。

着席位置は正面ほぼ中央わずかに上手側、観客の入りは六割程である。かなり空席が目立っている。しかしながら、周辺人口40万人の松本平で、かつ平日木曜日の公演であり、東京・名古屋からの半日休暇を伴う遠征も期待できない曜日である。人口希薄地帯の地元客を集めるしかなく、世界最高のアルカント-カルテットとは言っても、弦楽四(五)重奏と地味なジャンルであり、これで696席の松本市音楽文化ホールが満席になったら、何かの陰謀である。そのような地方の環境下で、凸版王子クラスのホールを満席にしたようなものですから、その意味では快挙としか言いようがない!周辺人口比では松本が一番観客を集めているのは明らかで、その意味では松本の観客は「意識が高い」と主張するのは、単なるお国自慢か??観客の鑑賞態度は、携帯電話が一回鳴ったり、ジーとなる電子機器の音がしたものの、基本的にはかなり良好であった。

前半は実力の片鱗は見せていたが、松本市音楽文化ホールの響きを完全に会得した演奏と言われると、音取りの要素もある。丸みがあるけど尖がっていて、尖がっているようだけど丸みがあって、とても良い演奏ではあるが、そのくらいのレベルなら他にも演奏可能なカルテットはあるだろうとも思う。

やはり、後半のシューベルトD956を聴かなければならないのだろう。

神経質に椅子の場所を調整して、ようやく始まる最初の一音から緊迫感が全く違う響きだ。その後も緊迫感を維持し、あまりに素晴らしい内容で、言葉にならない。サンタ-チェチーリアは、この松本に舞い降りた!松本市音楽文化ホールの豊かな残響を活かしきる、霊感に漲っている演奏である。録音媒体では絶対に再現できない。

松本に住んで良かった!東京のトッパンホールでも王子ホールでも味わえない豊かな残響は精霊を呼び込み、響きが霊感を呼び起こし、霊感が響きに深みを与える。東京の観客も大阪の観客も味わえない響きが、この松本で鳴り響く。鋭く弾き切る直後のパウゼで響き渡る残響は、まさにこの松本市音楽文化ホールならではのものだ。

室内楽でアルカントを上回る楽団が、一体どこにあるのだろう。無理やり分析的に聴いてみると、どんな強い音、尖鋭的な音に対してもニュアンスに溢れている。テンポの変動は比較的穏やかで自然な感じだ。前半でも感じられた「丸みがあるけど尖がっていて、尖がっているようだけど丸みがある」要素はそのままだけれども、よりパッションが込められ、やや尖がった方向に走っているとも言える。

それにしても、幾度ソロで奏でる音色にドキっとさせられただろう。幾度和音の響きにドキっとさせられただろう。要所に於ける和音の精度は完璧で、心を一つに合わせるそのような完璧な技術が、あの和音を産み出すのだ!!

あんなシューベルトのD956、私がどんなに完璧な技術を持っていたとしても、庄司紗矢香や諏訪内晶子級の実力を持っていたとしても、三分持たないだろう。あそこまでの緊迫感に溢れる次元の演奏を実践するタフな精神と肉体に、驚愕する以外に術はない。長大な曲であり純音楽的に決めなければならない要所も多く、果たして無事に終わりまでたどり着けるのだろうかと心配したが、彼ら彼女らによる死闘は無事終わる。

アンコールは無かったし不要だった。