2021年2月20日(土)から23日(火)にかけて、「眠れる森の美女」が新国立劇場バレエ団により上演された。
当方、東京都内の新型コロナウイルス感染状況悪化のため観劇できず、「ワルイ子諜報団」の仲間である「ワルイ子東京城西」にチケットを無償譲渡した上で、レポートを依頼した。以下、その記録である。
なお、このレポートは、2月20日(土)公演、21日(日)昼公演・夜公演の三公演のみを対象とし、2月23日(火)千秋楽公演は対象としない。
1.概観
2021年2月20日にマチネ一公演、21日にマチソワ二公演、23日にマチネ一公演と、短期集中公演であった。そもそもが「吉田都セレクション」の上演が不可能になったことにより演目変更をしたものである。
通常下位階級が演じる役に主役準主役級のソリストが充てられた点で、ダンサー不足が露呈した感が強い。第二幕「貴族たち」では、新国立劇場バレエ団創立時から踊り続けてきた丸尾孝子も登場し、「村人たち」では、超豪華メンバーと登録アーティスト(新人)とにより演じられた。群舞をもきちんと踊れるソリスト級が、下位階級不足のあおりを受けて群舞の要素が強い役に割り当てられた、逆の言い方をすると、ソリスティックな役が充てられない形となったようにも思える。新国立劇場バレエ団では、フロリナ王女役は主役級を充てているが、池田理沙子と柴山紗帆をフロリナ王女役としたのは、バレエ団なりの、彼女たちへのせめてもの誠意か。
2014年のイーグリング版初演時以来の主演ファーストキャストは米沢唯が担当したが、今回の公演群では小野絢子に変わった。そもそも2月公演は小野絢子推しの予定であったのか(10月1月6月は米沢唯推しで、12月2月5月は小野絢子推しとして、バランスを取ってる感がある)?ファーストセカンドについては議論の余地があろうが、公演結果からすれば、米沢唯と小野絢子それぞれ二公演の上演で行うべき内容であった。米沢唯が一公演のみの割り当てとなった点については、別項の不当事項にて指摘したい。
2.今回の公演群で最も貢献したダンサー
・米沢唯(アウロラ)
・本島美和(カラボス)
3.ある公演で最も貢献したダンサー
・細田千晶(リラ)2021年2月21日(日)昼公演
4.アウロラ(オーロラ)役について
1位:米沢唯、2位:小野絢子 の順であった。この二人だけが、主演者としての力量を発揮した。
5.米沢唯
米沢唯のアウロラは、少なくとも第二幕・第三幕では、これまでの新国立劇場の歴史に残る決定的な名演であった2017年5月6日公演の水準を上回った。若干硬さが見られた第一幕に於いても、ローズアダージョでの手放し時間が最長であるなど、素晴らしい内容であったが、第二幕・第三幕は絶好調と言えるもので、理想的な形で演じられたものと察する。極言すれば、「眠り」で殊更に大きく取り上げられるローズアダージョで失敗しても痛くも痒くもない。第二幕第三幕で取り戻せる。ローズアダージョはハイライトでも何でもなく、単なるエピソードだと思えるものであった。
この公演でまず盛り上げたのは、第二幕の幻想のソロであった。厳粛な場面で、コントロールを繊細かつ高度に効かせて格調高い表現を実現し、この眠気が襲ってくる場面で観客の意識を集中させ、美しい踊りに酔わせた。
他方、第三幕のグランパドゥドゥでは、舞台奥方から上手側を半円状に回り下手側前方に至る場面で、息が止まるほどの見事な演技であった。一回速度を落として回り、元のテンポに戻した後、二つか三つほどの高度な装飾を交えたものである。米沢唯の踊りの強さであれば、単に一定のテンポできれいに回りながら終えても観客を興奮させ、絶賛されるところであるが、予想を裏切る高度な装飾により、新国立劇場の歴史に残る特別なグランパドゥドゥとなった。
6.本島美和
最強のカラボスであり、負けるのが信じがたい程である。彼女のカラボスはいつでも最良のカラボスであるが、特に2月21日夜公演のカラボスは、命懸けと思えるほどの渾身の演技であり、笑ってしまう程のコワイ悪役を演じているのにも関わらず、涙腺が潤みさえするものであった。年齢や今後の上演演目から察するに、本島美和にとって最後のカラボスであったことも、渾身の演技に繋がったのかもしれない。この公演で、米沢唯(アウロラ)と二人で歴史的名演を構築する姿を見れたことは感慨深い。
他方王妃役では、寺田亜沙子演じるカラボスにイジメられる際の困惑した表情や、紡錘を持った少女たちの赦免を王に迫る場面での妖艶さに惹きつけられた。
7.細田千晶
リラの役で涙腺が潤むとは思わなかった。細田千晶のリラは、気品と慈愛に満ちている。他方第一幕で、呪い掛け放題のカラボスの前で「やめなさい」と両手を横に出すマイムとともに、上手側奥方に登場する場面では、威厳すら感じられる。カラボスとの対決の場面でも、上品さを失う場面は全くなかった。妖精や付き人との群舞の場面では、完璧な調和の上に、真ん中であるリラとしてのあるべき存在感を示した。プロローグ終了の時点で、寺田亜沙子が演じるカラボスが敗色濃厚となる説得力は、(たとえ寺田亜沙子との八百長・・、じゃなかった、綿密な演技面での打ち合わせによるものであったとしても)驚異である。まさにリラ役の模範であり、絶賛に値する。細田千晶を超えるリラ役(と「森の女王」(ドン キホーテ))は、新国立劇場バレエ団の中にはいない。
8.小野絢子
今回の「眠り」にて、スタイルが大幅に変わった。繊細さの他方で、踊りの弱さが物足りなかった「絢子ワールド」は消滅し、踊りが強くなった。幸せな変化であり、米沢唯とともにプリンシパルとしての格を示した。
9.池田理沙子
今回の「眠り」ではキャスティングに恵まれず、内心思う所はあったようにも思える。それでも誠実に全ての役に臨み、フロリナ王女の役では鳥に思える箇所もあり、素晴らしい出来であった。
10.柴山紗帆
フロリナ王女は、池田理沙子とは別の意味で素晴らしい。宝石では速水渉悟との相性が良かった。今回リラ役への割り当てはなかったが、細田千晶の後を継ぐ筆頭候補者であると考える。
11.奥田花純
勇敢の精・エメラルドのような、音が多く踊りが詰め込まれている役のエキスパートであり、両方とも実に見事である。このような役(他には、秋の精(シンデレラ))では、基本的な地力がある優れた踊り手のレベルよりも、一日の長があるところを示している。
12.木村優里
アウロラ役もリラ役も、求められる標準的な水準に達していない。概して、踊り自体が何となく美しくない。役に求められる要素を理解しないまま、自己流(=自分勝手)にいろいろ考えて好きなように踊っているだけの印象である。
アウロラ役については、冒頭長い四肢を見せつける箇所の掴みは良いと思うが、その程度である。彼女にとって、ローズアダージョさえ目立った失敗なくできれば、得意満面だったのだろう。いつものように、ごく普通に踊っている箇所が何となく美しく決まらないが、その弱点が、特に第二幕の幻想のソロで露呈した。ただ単に振りをさらっているだけで、何も訴えてくるものがない。どうしてデジレ王子は、細田千晶のリラにお乗り換えしないのだろうと思うほどである(そのくらい、細田千晶リラに負けていた)。観客に「心が入っていない」ように思わせるのは、「この瞬間はこのようでなければならない」という研ぎ澄まされた感覚、あるいは、様式についての考慮が全く欠如しているからではないか?当然、米沢唯・小野絢子と比して著しい差がついている。米沢唯からアウロラ役の貴重な一枠を奪う正当性は全くなかった。これでは、米沢唯ファンから怨嗟を投げつけられても仕方あるまい。
他方リラ役も、プロローグで納得できる所作が見当たらない。本島美和が演じるカラボスと全く拮抗できていない。カラボスとの対決のアプローチは「スケバンのタイマン」であり、リラ役に求められる気品や慈愛が完璧に欠如している。正統的なアプローチを採らないのであれば、正統的なアプローチを凌駕する天才的な閃きで観客を納得させるしかないが、そのような力量は木村優里にはない。
また、群舞が出来ない弱点も露呈している。2月20日公演では、プロローグで、下手から上手へ妖精とリラの7人が順次踊った後で、ユニゾンにより7人で決める所で、木村優里だけが完璧なまでに遅れた。音感が悪いのか?自分勝手なのか?は不明である。遅取りであるとは承知しているが、その箇所は群舞モードに切り替えて、他の六人のダンサーと合わせるべきところである。(もっとも、2月21日夜公演では、その場面は是正された。相当強く指導者から指摘を受けたと思われる)
新国立劇場バレエ団は、プリンシパルに至るまで群舞がきちんとできることが特色であり、だからこそバランシン作品でも高い評価を受けてきた。その伝統を、木村優里は引き継ぐつもりはないようだ。今シーズンは、プリンシパルへの昇格に向けての最終考査であるかのような木村優里のキャスティング(かなり優遇されている)であるが、今の技量でのプリンシパル昇格は適切ではない。
不思議なことに誰も表立って言わないのであるが、木村優里にはカラボスが向いているのではないか?木村優里はバレエ的にグレてしまっており、正統的なバレエの様式を実現させなければならない いい子ちゃん 役は向いていない。グレてしまった以上、ワルイ子ちゃん役に転向した方が良いキャリアを積めると思う。凝った顔芸をやりたがる面も、プラスに働くかもしれない。育成が順調に進み(本島美和の引退に間に合うのが理想)、当たれば、今後10年以上にわたりワルイ子ちゃん役は安泰となる。向いていないアウロラやリラの役を割り当てられたのは、彼女にとっても不幸な話である。王道を歩めないのであれば、邪道を究めるのが、希望が持てる選択肢なのではないか?
13.不当事項他
下記の通り、不当事項を指摘するとともに、意見表明する。
13-1.不当事項
・アウロラ役に米沢唯を二公演割り当てなかったことは、明らかな不当である旨指摘する。
13-2.意見事項
下記の通り意見する。
・アウロラ役は、米沢唯・小野絢子、それぞれに二公演割り当てるべきだったと強く表明する。
・議論の余地はあるものの、アウロラ役のファーストキャストは、やはり米沢唯であるべきだった。
・リラ役は、細田千晶のような、気品と慈愛を醸し出せるダンサーに割り当て願いたい。
参考:新国立劇場バレエ団「眠れる森の美女」(2021年2月公演)ワルイ子諜報団 座談会↓