2021年1月13日水曜日

東京バレエ団2020年9月26日公演「ドン キホーテ」感想

 1.概観

この感想は、東京バレエ団が有料で配信した動画に基づくものである。

最近主役に配されるようになった秋山瑛の初キテリア作品。

「アンチ唯ちゃん」の誰かさんとか、そうではない誰かさんとか、いろんな方々が絶賛していた話題の公演で、あきらにゃん(秋山瑛さんのことね)絶賛の声多数。

ホントだとしたら、「あきらにゃん彗星のように鮮烈デビュー!」となり、東京バレエ団の隠し玉炸裂、日本のバレエ界騒然の話題となる。あの小娘がホントに絶賛レベルまで持っていけるのか?真偽不詳ではいけないと思い、実況検分を掛けることとした。

そしたら、秋山瑛だけでなく、他主要キャスト含めて概して水準の高いダンサー(秋元、宮川等)を選抜したからか、全般的に確かに名演であり、絶賛される要素はあるとの印象を持った。ダメダメな例外の方もいたが。

配信動画収録の際に用いたカメラ配置は、客席後方正面からのものと、客席最下手側前方・最上手側前方に設置されているようだ。下手上手前方のカメラを用いた映像が多用され過ぎており、ダンサーの良し悪しが評価できない箇所が多かった。第三幕ではキテリアの「二人の友人」(ファジェーチェフ版では「第一ヴァリエーション」「第二ヴァリエーション」に相当)がどれだけ美しいシンメトリーを披露したか、正面からの映像がないので評価不能である。また、キテリアのフェッテの場面は、下手前方から正面の映像に途中で変わっていた。ここはバジリオが見得を切った瞬間に、正面からキテリアを撮影しているカメラに切り替えるべきである。カメラワークが良いとはとても言えない。

2.秋山瑛

小柄なカワイイダンサーさん。「奇蹟の一公演」なのかどうかは知らんけど、たとえそうであったとしても、全般的に高い評価は然るべきもの。特に第一幕は素晴らしい。予想外の素晴らしさに、私が初台の監督なら、一瞬ながらでも全公演キテリア役を「こめさわただ」ちゃんにしちゃうかと浮き足立っちゃうほどの衝撃だ。

とは言え、突込みどころはある。

第二幕でのサポート付きピルエットで軸の傾きが見られる。

第二幕終盤のフェッテで下記の課題がある。

・1-1-2の繰り返しの形ではなく、2が入るのが不規則になっていること。

・後半になって右脚が全く上がらなくなっていること。

・最後に一旦ポワントから踵を付けて再びポワントにするが、ポワント落ちっぱなしの時間が長いところ

(もっとも、日本のバレエ団に於ける女性主役のフェッテの水準は満たしている。)

また、小柄であるのが不利に働いているのか、何となくスケール感が感じられない。

カワイコちゃんなだけに風格もない。まあキテリアに風格は無縁か?とは言え、ファジェーチェフ版のドルシネア姫では格式の高い踊りが求められる箇所があり、実は風格も求められるのだが(そりゃあそうだ、騎士の理想の女性像を提示しないといけないのだから、騎士の相手としてふさわしい風格が求められる)、ワシーリエフ版はその箇所をイタリアンフェッテにしてあり、技術誇示の場にしている。これは秋山瑛にとっては「ワシーリエフ版で良かったね」のワカイ子ちゃん有利な展開となっている。

まあ、突込みどころはこのくらいか。

これらの点があるとは言え、ワシーリエフ版で求められる技術的要素は高い水準でクリアしている。所作は美しく繊細に考えられているし、脚は高く上がるし、ロシアバレエならではのリフトされるのも見事、指揮者と精密な打ち合わせをしているのかも知れないが、ニュアンスを伴いながら上肢を伸ばし切り見得を切る瞬間にスパッと音が入る点も小気味いい。

キャラクターがキテリア役に高い水準で適合している素質の上に、芸術監督からの徹底指導が素晴らしく吸収され、当日の体調も絶好調とお見受けした。小野絢子さんの「絢子ワールド」を徹底的に研究しているのかも知れず、顔立ちも似ており、小野絢子さんファンの方との親和性は高そう。

3.バジリオ役とエスパーダ役

秋元くんと宮川くんは素晴らしい。

4.メルセデス役

ファジェーチェフ版では「メルセデス+街の踊り子」に相当。二瓶加奈子がダメダメな状態だったのは残念。技術的な面で怪しさが随所にある。(是非はともかくとして)技術的な怪しさを「華」で修飾してごり押しする力もない。酒場の場面では、あの「あたえるぬの」ちゃんほどの技術すらない。これほど、技術面でも「華」の面でも恵まれていないメルセデス役はあり得ず、宮川くんのパートナーとしてふさわしくない。単独でカテコに出てきたら、コロナ禍でなければブーイング飛ばしていたレベル。

5.ワシーリエフ版

プロローグでバジリオとキテリアがドンキホーテ邸を訪問しているため、髭剃りクリーム混ぜ器を兜にする意味が理解できるし、そこで理想のドルシネア姫を見つける意味もある。ファジェーチェフ版に於ける「街の踊り子」と「メルセデス」、「二人の友人」と「第三幕 第一・第二ヴァリエーション」、「エスパーダ+メルセデス」と「ボレロ」が一致しており、全幕通して一貫性関連性が保たれる。ファジェーチェフ版のようにキャラクターのぶつ切れがない。キテリアパパやガマーシュも婚礼の場に加わるし、クピドの扱い、カーテンコールの設定も秀逸である。バレエの物語構成としては明らかにワシーリエフ版が優れている。

舞台装置の背景はラマンチャ地方の内陸の風景であり、セルバンテスの原作に則っている。ファジェーチェフ版のようなバルセロナの港ではない(ファジェーチェフは、ドンキホーテはカスティージャ語の他にカタルーニャ語も話せるというお考えなのか?初台のドンキホーテくんは英語も読めるそうであるが!)。

ワシーリエフもファジェーチェフも、「ロシア人が勝手に想像したスペイン」、ある種のオリエンタリズムに毒されている点は一緒だ。しかしながら、この点では、ファジェーチェフ版の方が百倍もマシであろう。ワシーリエフ版では、ロマの宿営地の場にて、「狂ったロマ女」のソロが出てくる。これはロマに対する偏見と女性に対する偏見を露呈したものであり容認できない。バレエの物語的にも他との関連性のないエピソードであり、削除されて然るべきものであろう。

ワシーリエフ版(東京バレエ団)

第一幕 ドンキホーテ邸→ラマンチャの村の広場→ロマの宿営地→ドルシネア姫の夢

第二幕 酒場→貴族邸にて婚礼の場(メルセデスとエスパーダの婚礼も同時)

参考:ファジェーチェフ版(新国立劇場バレエ団・ボリショイ劇場)

第一幕 ドンキホーテ邸→バルセロナの広場

第二幕 酒場→ロマの宿営地→ドルシネア姫の夢

第三幕 貴族邸にて婚礼の場(キテリアとバジリオのみ)