2014年5月17日土曜日

ゴラン=コンチャル+エフゲニー=ザラフィアンツ デュオ-リサイタル 松本公演 評

2014年5月17日 土曜日
松本市音楽文化ホール (長野県松本市)

曲目:
ルートヴィッヒ=ファン=ベートーフェン ヴァイオリン-ソナタ第5番 op.24
フランツ=シューベルト ヴァイオリンとピアノのための二重奏曲 op.162 D.574
(休憩)
フレデリック=ショパン ポロネーズ第2番 op.26-2 (※2)
ヨハン=セバスティアン=バッハ 無伴奏ヴァイオリンパルティータ第3番 BWM1006から「前奏曲」 (※1)
ウジェーヌ=イザイ 無伴奏ヴァイオリン-ソナタ第2番 op.27 (※1)
パブロ=サラサーテ 「ツィゴイネルワイゼン」
カミーユ=サン-サーンス 「序奏とロンド-カプリッチョーソ」

(※1)ヴァイオリン-ソロによる演奏
(※2)ピアノ-ソロによる演奏

ヴァイオリン:ゴラン=コンチャル (Goran Končar)
ピアノ:エフゲニー=ザラフィアンツ (Evgeny Zarafiants)

ゴラン=コンチャルとエフゲニー=ザラフィアンツは、それぞれ別個に日本ツアーを組み、ゴラン=コンチャルは、東京(五反田文化センター音楽ホール)・小山(栃木県)・松本・京都(青山記念音楽堂)で、エフゲニー=ザラフィアンツは東京(王子ホール・五反田文化センター音楽ホール)・京都(ゲーテ-インスティチュート-ヴィラ鴨川)・武蔵野市(東京都)にて公演を行っている。この二人の組み合わせは、五反田文化センターの公演と松本公演の二回のみである。この評は5月17日に開催された、松本市音楽文化ホールでの公演に対する者である。

ゴラン=コンチャルはクロアチアのヴァイオリニスト、エフゲニー=ザラフィアンツはロシア出身ではあるが、現在はクロアチアに本拠を構えているピアニストである。

着席位置は正面中央上手側、観客の入りは七割程で、チケットは完売には至らなかったようだ。観客の鑑賞態度は、ややノイジーな状態である。

ゴラン=コンチャルは、ソリストとしての基本的な技量に欠けている。

第一曲目のベートーフェンの時点で、音はか弱くピアノの響きに埋没し、「響き」になっていない。当然、松本市音楽文化ホールの優秀な残響を味方につける事も出来ていない。

第二曲目のシューベルトは、先月庄司紗矢香によっても演奏された曲でもあり、実力差は歴然としている。庄司紗矢香が一歩引く演奏をするときは、プレスラーを立てるためという目的がはっきりしているが、コンチャルはそもそもピアノに対抗できない状態で、およそソリストとしての素養を有しているとは言えない。

バッハの無伴奏、イザイの無伴奏については、ピアノが外れた事もありいくらか聴いた印象は良くなるが、それでも響きが混濁してきちんと音符を弾いているか疑問が残る箇所があるし、イザイに至っては重要な「怒りの日」の動機を明確に表出する事すら出来ていない箇所があり、またこの曲の激しい性格の表現は為されなかった。(ちょうど二週間前に聴いたばかりの)アリーナ=イブラギモヴァのような激しさを表現しろとまでは言わないが、それとは別方向で攻めるのであれば、それなりの明晰な演奏でもって説得力を持たせるべきで、そのような説得力がないコンチャルの演奏はわざわざ聴くには値しないだろう。

5月18日に京都青山記念音楽館に登場するようだが、コンチャルの演奏に失望した聴衆による暴動が起きないか心配でならない。

一方、エフゲニー=ザラフィアンツのピアノは前半のベートーフェン・シューベルトともまともなアプローチで、ヴァイオリンさえ完璧であれば十分に噛み合う事が期待できる演奏だ。ショパンのポロネーズは、技術的な面に於ける問題があってクリアな要素が欠ける部分があり、「彩の国さいたま芸術劇場ピアノエトワールシリーズ」に出演する若手ピアニストの方が上手であるなあとは思わされるが、それでも響かせようとしているだけコンチャルよりはマシな状態だ。

「ツィゴイネルワイゼン」以降の出来は、何故かヴァイオリンとピアノのコンビネーションが格段に良くなり、まあ聴ける状態にはなる。アンコールは三曲あり、マスネの「タイスの瞑想曲」、モンティの「チャールダーシュ」、クライスラーの「愛の悲しみ」の三曲であり、アンコールについては一曲目と三曲目は良い出来であった。

「おやすみなさいのBGM」やら「就寝時の音楽」やらのCDを作成するのであれば、本当に優秀な演奏家であるが、ちょっとでも技量を要する箇所となると、(特にコンチャルは)自らが意図する表現を表出する技量に欠けており、彼以上の優秀な若手演奏家がたくさんいる中で日本ツアーを実現させた意義はないと言ってよい。招聘する側としては、目利きを良くする必要があるだろう。

ここ六カ月の間にヴァイオリンのソリストとして聴いた演奏者は、庄司紗矢香・諏訪内晶子・リサ=ヴァティアシュヴィリ・アリーナ=イブラギモヴァ・ピンカス=ズッカーマンと続いてきた。長野県松本市に住んでいる私としては、ヴァイオリンのソリストはこの水準で演奏されて当たり前だと思っていたが、この環境は贅沢な環境であったのか。その事を思い知らせてくれただけでも感謝するべきなのかも知れない。