2014年1月13日月曜日

東京楽所 雅楽 「源氏物語~悠久の響宴」 評

2014年1月13日 月曜日
三井住友海上しらかわホール (愛知県名古屋市)

演目:

管絃
・盤渡調音取(ばんしきちょうねとり)
・青海波(せいがいは)
・越天楽残楽三返(えてんらくのこりがくさんへん)
(休憩)
舞楽
・万歳楽(まんざいらく)
・落蹲(らくそん)

雅楽:東京楽所(とうきょうがくそ)
(舞人・演奏者の詳細は最後に掲載)

解説:多忠輝(おおのただあき) 進行:野原耕二

東京楽所 雅楽「源氏物語~悠久の響宴」は、1月11日に栃木県総合文化センター、1月13日に三井住友海上しらかわホールにて上演された。一部重複するプログラムで、1月19日にも東京オペラシティ-タケミツメモリアルでも上演される。

着席位置は、二階三列目ど真ん中より僅かに上手側である。客の入りは八割程であろうか。二階左右バルコニー席は閉鎖している。聴衆の鑑賞態度はかなり良好である。

休憩前の第一部は「管絃」であり、西洋音楽でいえば室内管弦楽団演奏会に相当するものである。舞台に管絃が座り演奏する形態だ。

16人による演奏であるが、笙はオルガンのように響き、弦楽器・管楽器・打楽器と西洋音楽の管弦楽と同様に構成されている。雅楽の楽器は思ったよりも大きな音量を出せる。しらかわホールのような中規模ホールでは、強い音圧でしっかりとした残響とともに響いてくる。栃木県総合文化センターでは絶対味わえないし、タケミツメモリアルは大きなホールであるため、残響はともかくここまで強い音圧では響かないだろう。理想的な環境での演奏だ。

恐らく西洋の楽器に持ち帰れば即アンサンブルとして名が知られるだろうと思えるほど、上手に演奏する。雅楽の様式による演奏であるため、テンポの変動はあまりない。「越天楽残楽三返」の「残楽」とは、ヨーゼフ=ハイドンの「告別」最終楽章のように、メロディーをフルメンバーで演奏した後、演奏を止める奏者が増えていき、最後は楽箏のみが残って演奏して終わる形式である。ハイドンの「告別」のように退席まではしないが、西洋音楽がこのような形式を編み出す何百年も前から、日本では「残楽」の形で演奏されている事に注目させられる。

休憩後の第二部は「舞楽」であり、室内管弦楽団を伴うカルテットまたはソロ-バレエに相当するか。管絃は舞台後方の一段高くなっているところに位置し、舞台は文字通り舞人のためだけのスペースとなる。

最後に掲載した(舞人・演奏者詳細)でも示した通り、舞人は休憩前は管絃として演奏をしている。

西洋音楽のように、バレリーナ・歌い手・管弦楽のような職務上の区別はなく、演奏も舞う事も要求されるのが雅楽である。

演奏自体は前半と同様の完成度の高いものであり、申し分ない。

「万歳楽」は四人の舞人による群舞である。左舞であり、遣唐使により唐の国を経由して(あくまで「経由」であり、唐由来ではなく、あるいはヴェトナム辺りの様式であるのかもしれない)入ってきた様式による舞いだ。衣装はどこか中国風である。

テンポが遅めである事もあるのだろうが、群舞の全ての振る舞いは、一糸乱れずとの文字通りとまでは言えないまでも、基本的には合っている。時間的な要素だけでなく、指先の角度と言った空間的な要素に於いても、ボリジョイ-バレエの群舞の精度と比較すれば抜群の精度を保ち、これほどまで合っていれば十分だ。彼らが専任のバレリーナでない事を踏まえれば驚異的であろう。

「落蹲」となると、題名の意味する通りに、いよいよ一人だけの舞いとなる。右舞であり、朝鮮半島を経由(これも、あくまで「経由」であり、朝鮮半島由来という意味ではない)して入ってきた様式による舞いである。面を被っての舞いだ。


多忠純によるこの舞いも見事なもので、テンポは遅めであるものの、その分「静」を強調しなければならず、静止する場面もある。その静止した場面で安定感ある静止をしているところに目を奪われる。ロシアのプリマクラスのバレリーナでも、このような安定感ある静止の演技は期待できない。また、たった一人で20分近くに渡り連続した舞踏を続けていく。もちろん高いジャンプやリフトを要求される性格のものではないが、その長い時間に渡って安定した演技を続けるのは驚異的な体力を要するだろう。

雅楽は日本固有のものだけではない。唐の国を経由した左舞、朝鮮半島を経由した右舞、中国風の衣装を見れば分かる通り、遠い大陸の音楽や舞を千年規模のスケールで継承している所にこそ、我々日本文化の誇る所である。そのような雅楽を見て、改めて日本人として私がどのように振る舞うべきなのか、改めて考えさせられるところもある。文楽と並び、日本が誇る総合舞台芸術であることを思い知らされた公演であった。

(舞人・演奏者詳細)
管絃

鞨鼓:楠義雄
楽太鼓:笠井聖秀
鉦鼓:中村容子
楽琵琶:松井北斗 多忠純
楽箏:岩波孝昌 小原完基
笙:増山誠一 野津輝男 増田千斐
篳篥:山田文彦 四條丞慈 新谷恵
笛:上研司 植原宏樹 片山寛美

舞楽

舞人「万歳楽」:岩波孝昌 増山誠一 植原宏樹 小原完基
舞人「落蹲」:多忠純

鞨鼓:楠義雄
楽太鼓:松井北斗
鉦鼓:中村容子
笙:増山誠一 野津輝男 増田千斐
篳篥:山田文彦 四條丞慈 新谷恵
笛:上研司 植原宏樹 片山寛美