2021年6月18日金曜日

新国立劇場バレエ団「ライモンダ」2021年6月 観劇記録

2021年6月5日(土)から13日(日)にかけて、「ライモンダ」が新国立劇場バレエ団により上演された。
当方、東京都内の新型コロナウイルス感染状況悪化のため観劇できず、「ワルイ子諜報団」の仲間にチケットを無償譲渡して、レポートを依頼した。以下、その記録である。

1.概観
公演は全て予定通り上演された。チケットは100%収容1688席で発売を開始したが、緊急事態宣言発出のため、2021年5月31日18時00分(日本時間)以降、総客席数に対して50%以上販売された時点で、チケット販売終了となった。米沢唯・小野絢子主演の日は、100%収容1688席ほぼ完売の状態で売り切ったと思われた。
バレエ教師たちが言いたそうな道徳律っぽい表現ではあるが、これまでどのようにダンサー人生を送ってきたかで、各ダンサーのパフォーマンスが決まったと言える。特に、主演にその要素が強い。顔芸が効かない、ごまかしが効かない演目であると言えた。
主演以外の、ファーストキャストとセカンドキャストとの差が概して大きく(セカンドキャストに重鎮を配置した役(第三幕のヴァリエーションに於ける池田理沙子)は除く)、若手ダンサーの育成が急務であると伺わせた。当面は国内バレエ最強の地位を保てるが、今のままでは数年後が不安である。
コール ド バレエは、初日公演こそ本領を発揮していなかったが、第二公演からは、絶妙な揃い方(個性を活かし、あまり揃え過ぎない故に、わずかな差異が目立たず、一定の強度を保つ踊りも相まって、逆説的に揃ってる感がでる)で、吉田都時代になって確立したスタイルを高度に実現した。
2008/09シーズン以来12年ぶりの上演であり、数名のダンサー以外に経験者がいない状態で、事実上の新作であったのにも関わらず、前演目千秋楽から中27日での初日となった。ソリスト役は全て初役であり、リハーサル日程は極めてタイトな状態と思われた。
キャスティングについては、概ね公平と思われるが、一部主演の組み合わせに疑問が残った。

2.今回の公演群で最も貢献したダンサー
・米沢唯(ライモンダ)

3. 今回の公演群で最も貢献したダンサーに準ずるダンサー
・小野絢子(ライモンダ)
・福岡雄大(ジャン ド ブリエンヌ)
・中家正博(アブデラフマン)

4.ライモンダ役について
1位:米沢唯、2位:小野絢子、3位:柴山紗帆 の順であった。この三人だけが、主演者としての力量を発揮した。

4-1.米沢唯
千秋楽公演について記述する。
第一幕から、「どこのロシアの大プリマかよ」と思わせる存在感である。スケールが大きく、かつ繊細である。慈愛を感じさせる優しい包容力を思わせるアダージョの直後に、アレグロを鮮やかに飾る変幻自在ぶりで、心を揺さぶられる。
アレクセイ バクランが導く管弦楽との音楽性は、評論家的語彙で単に「音感が優れている」と書かれるレベルではない。「音符一つ一つに踊りを合わせる繊細さ」という意味での音楽性とも違う。どこか天才的な音楽性とも言え、聖チェチーリアがいらっしゃり、お取りなしがあり、精霊が全てを導いた、人知を超えたレベルの音楽性であった。これほどまでの音楽性は、これまでのバレエ公演で見たことがなかった。
第二幕では、5番ポワント連続技の箇所を、最も高く跳び躍動感をもたらした。
第三幕は、初日公演でも傑出した内容であった。マジャール ヴァリエーションのソロは威厳を感じさせるものである。千秋楽の最後の手叩きは、かなり響いたが、何か強く叩きたくなる心境であったのか?運命に左右される女性の覚悟を思わせるものであった。
特に千秋楽での米沢唯は、踊りのスケールの大きさ、繊細さ、強さ、美しさ、音楽性の面で、要するに全ての面で無敵であった。踊りの強さが表現の強さに直結し、観客に強く深い圧を与える。随所で現れる、長く強く美しい静止ポーズに涙を流すのは、こういうことだ。
特定の超絶技巧を成功させた云々の記載は、却って米沢唯の演技の本質を見損なう。彼女の本質は、技術ではない。
米沢唯の本質は、どの場面においても、研ぎ澄まされた鋭い感覚で身体を制御し、強さと繊細さを同時に併存させ、格調の高さを保ちながら、慈愛も威厳も変幻自在に役を生きる点にある。世界的メジャーカンパニーのプリンシパルに比肩する米沢唯が本領を発揮したときに、彼女に対抗できるダンサーは、この日本にはいない。

4-2.小野絢子
第一幕から絶好調で完成度が高く、他公演と比してもその度合いは高かった。公演毎のムラが比較的少ないダンサーではあるが、他公演と比して内容は極めて充実していた。時折感じられるスケール感の小ささが、この公演ではなかった。第二公演ということもあり、群舞の出来も第一公演とは見違えており、小野絢子を素晴らしく支えた。小野絢子ファンであれば誰もが喜ぶ公演であった。

4-3.柴山紗帆
柴山紗帆の存在自体が、運命に影響されるライモンダと合致していた。
有利な体格を十全に活かした所作の美しさが特徴である。第二幕ポワントでの連続ジャンプは、たとえ跳躍の要素が希薄でも、所作は美しい。今シーズン、開幕時のキテリアこそ、主役慣れしていない感が見受けられたが、他公演に於ける重要な役での堅実な成果は目覚ましく、今回の主役起用により開花した。ファースト ソリスト昇格は確実なものにしたと断言する(8月にファースト ソリストへ昇格となった)。様式美の基礎は盤石であり、この路線を発展させ、プリンシパル昇格を目指して、更なる活躍を期待したい。

4-4.木村優里
ライモンダを演じるに当たっての基礎力の欠如が露呈し、これまでのバレエに対する姿勢が問われる。ライモンダ役への適格性を欠き、彼女を起用する意味は全くなかった。
以下具体的に挙げよう。
ピッチカートのソロは膝が曲がっており、脚が汚ない。
音の遅取りは彼女のクセであるが、特に第一幕では著しく遅い音取りであった。マトモな音取りで踊る井澤駿との二人のユニゾンが合わないのは、木村優里の責任である。
第一幕最後の大団円では、木村優里だけ一人だけ明らかに遅れる有り様であった。長大な第一幕で全力を尽くして踊り(千秋楽の米沢唯レベルでなければ、そうであったとは言えない)、その疲労により遅れたり乱れたりしたというのであれば、何も言わない。しかし、他の誰もが新国立劇場バレエ団の強みの一つである「絶妙な揃い方」で踊っているところで、第一幕の間ずっと勝手な音取りで乱したというのであれば、これは非難されなければならない。特に第一幕では、本当に木村優里はいろいろ自分勝手過ぎた。
第二幕、5番ポワント交互ジャンプの場面。交差している時としていない時が交互になる酷さ(なお、一階正面ほぼ舞台中心線上の席から観劇している)、その脚の上の上半身も汚い。あれで拍手出るのはいかがなものか。観客としての見識が問われる。
第二幕終盤で、五月女遥・廣川みくりと180度位相をズラして踊る箇所は、踊りが弱い。遥ならまだしも、みくり に踊りで負けてるようでは終わっている。
第三幕は、片脚を交互に上げる箇所、冒頭でバランス崩して上手側に1m移動してしまう。その箇所はキッチリ決めて欲しい。
2020/21シーズン、全演目(「ニューイヤー バレエ」の一部演目を除く)に主役でアサインされる破格の待遇を受けた木村優里であったが、これが正当な待遇であったとはとても思えない。特に「眠れる森の美女」と今回の「ライモンダ」はひどい出来であった。古典演目で致命的な欠点が露呈するに至っては、プリンシパル昇格は到底無理と言わざるを得ない(事実、2021年8月での昇格はなかった)。特定のワルイ子ちゃんの役(例:'Super Angels' に於けるS嬢(Mother)のような役)ならハマるが、特殊演目を除いて主役(特に いい子ちゃん系)への適格性はない。

5.ジャン ド ブリエンヌ役について
1位:福岡雄大、2位:奥村康祐、3位:井澤駿 の順であった。この三人だけが、主演者としての力量を発揮した。

5-1.福岡雄大
5月公演「コッペリア」の時点から、コロナ禍に於ける体調管理の影響から脱却したと思わせたが、この「ライモンダ」で完全に復調し、新国立劇場バレエ団に於ける男性ダンサーのトップであることを見せつけた。踊りの強さ、技量面でダントツであり、米沢唯との相性も良かった。完璧と言ってよい。

5-2.奥村康祐
小野絢子とのパートナーシップが良く、主演として小野絢子を的確に支えた。ソロの場面でも申し分ない。おバカな役だけでなく、王子の役も立派に演じている。

5-3.渡邊峻郁
男性主演ダンサーの第一の任務である女性主演へのサポートが全くできていなかった。
第一幕では、適切なタイミングで柴山紗帆のサポートが出来なかった。手を差し伸べるのが遅すぎ、何度も柴山紗帆の踊りが止まった。コロナ禍でなければ、穏健派「紗帆りんファンクラブ」からはブーイングが飛び、過激派「紗帆りんウルトラス」が発煙筒に点火して抗議するレベルである。全くお話にならない。
他方ソロも良くない。第一幕での着地は全て失敗。綺麗に5番で降りれたのは、第三幕での一回のみであった。
第三幕では、柴山紗帆をリフトから下ろす場面で、乱暴な箇所が一回あった。女性をリフトさせる場面は、高速道路を時速172kmで滑らかに走るメルセデスのようなスタヴィリティでサポートされなければならないが、その任務を果たしたとはとても思えない。
これが新国立劇場バレエ団のプリンシパルか、と疑問を呈せざるを得ない水準で、大原永子 前芸術監督の最大の失策は、彼をプリンシパルにしたことだと言われても、誰も弁護できない。
なお、7月以降の公演では、これほどまでの酷いレベルではないとのこと、一時的な不調であったと思いたい。今後の公演での、木村優里とのパートナー固定化(「ゆりたか」固定化)は、ある意味正解である。

5-4.井澤駿
本年初頭に見舞われた怪我の影響があり、本来の踊りではなく、かなりセーブした安全運転であったことは否めない。それでも木村優里へのサポートは完璧に行っており、男性主演ダンサーの任務は立派に果たしている。柴山紗帆のパートナー役は、渡邊峻郁ではなく、井澤駿にするべきであった。その方が、柴山紗帆にとってはかなり踊りやすくなっていたであろう。
なお、7月公演「竜宮」からは、本来の踊りが戻り始めている。

6.アブデラフマン役について

6-1.中家正博
盤石の出来で、演技派の真骨頂を示した。死に際の演技が抜群に上手い。千秋楽の死に際の演技は、パッションとの調和も絶妙で、涙腺を潤ませた。

6-2.速水渉悟
演技に若さを感じる。跳躍の高さには目を奪われる。死に際の演技には課題が残り、そこに中家正博との差が生じた。自然に見える死に際になるようにするためには、ダンサーの自習に頼らない、かなりの程度の導き、綿密な指導が必要だったように思われる。また、現時点での彼は主役向きであり、キャラクター系は主役の経験を積んでからでも遅くはないようにも思える。

7.その他の注目するべきダンサー

7-1.池田理沙子
第一幕でのアンリエットは、クレメンス役との細田千晶と、なぜかきちんと調和していた。全くタイプが違うダンサーとの調和も、彼女であれば可能である。
また、第三幕のヴァリエーションは、かわいいマジャール猫ちゃんで、強力な後脚技!強く上手く可愛かった。これは特別賞ものである。キャラクター的に完璧に合致し、彼女ならではの特技を見せつけられては、普通に実力があるダンサーのレベルでは太刀打ちできない。
適合するキャラクターの問題か、主役起用にはならなかったが、全公演、猫耳つけて出演し、名を捨てて実を取った感じか。

7-2.渡辺与布
ワルイ子サラセン人は、本当にワルイ子ちゃんで、他方明るく楽しそうに踊っていて惹きつけられる。
第一幕第一ヴァリエーションは、前半は頑張っていたが、後半のアレグロで総崩れになってしまった点は残念であり、飼い猫に部屋を散らかすイタズラをされた飼い主のような気持ちになる(こういう憎めない気持ちにさせられるのは、彼女独特の人徳であろう)。
年単位では、徐々に上手くはなってきているとは思うが、現時点で主役は難しい。キャラクター適合面では、いい子ちゃん役もワルイ子ちゃん役も絵になるオールマイティーさがあり(その意味では、米沢唯・小野絢子と同じ性格を持っている。柴山紗帆(いい子ちゃん)・池田理沙子(お転婆娘・人形が中核。いい子ちゃんにもウイングを広げている)・木村優里(ワルイ子S嬢)、いずれもそれぞれ適合するキャラクターに偏りがあるのとは対照的)、主役候補としては有利でありながら、これを活かせていないのは惜しい。柴山紗帆・池田理沙子・奥田花純・五月女遥、誰か一人でいい、彼女らと同じレベルまで技術力を上げて欲しい。困難ではあるが、達成すれば主役への道が開け、隠れファンたちが大手を振って顕在化するものと思われる。

7-3. 今村美由起・木村優子・関晶帆・原田舞子(あいうえお順)
新国立劇場バレエ団には コール ド バレエ にもスターがいる。第一幕ワルツファンタジアで、かわるがわる彼女らが姿を見せるシーンも、夢が現に顕れるハイライトの一つであった。

8.指揮・管弦楽
バクランの指揮に東京フィルハーモニー交響楽団の管弦楽が熱く応えた。管弦楽にミスは散見されたものの、これだけの熱い演奏であれば、大目に見たい。演奏自体の完成度は、6月11日公演が一番であったか。

9.意見事項
下記の通り意見する。
・ライモンダ役は、木村優里の枠を小野絢子に充て、小野絢子の公演を2公演にするべきだったと強く表明する。
・現状では、数年後に重要脇役を担うソリスト級ダンサーがスカスカとなり、公演のレベルに致命的な影響を与える状態となる。国外バレエ団からの帰国組にも触手を伸ばすなど、25歳前後までの強力な若手の補強が急務である。