2023年6月22日木曜日

新国立劇場バレエ団「白鳥の湖」2023年6月 観劇記録

 2023年6月10日(土)から18日(日)にかけて、「白鳥の湖」が新国立劇場バレエ団により9公演上演された。
当方とワルイ子北陸により5公演観劇した。この観劇記録は、ワルイ子北陸との合議により作成された。
当記録の対象は、2023年6月10日・11日マチネ・13日・17日ソワレ・18日公演を対象とし、その他の4公演は対象としない。

1.概観
公演は全て予定通り上演された。
米沢唯と福岡雄大がともに絶好調であった6月13日公演が最も素晴らしく、米沢唯の最終公演である6月17日公演が僅差で追った。6月11日マチネの柴山紗帆+井澤駿+速水渉悟も完成度が高く、柴山紗帆と速水渉悟のプリンシパル昇格を確実にした公演であった。


2.オデット/オディール役について

2-1.米沢唯
13日・17日ソワレと、傑出したオデット/オディール役を披露した。オデットもオディールも世界最高水準の出来で(これ自体が稀有な存在)、本調子の米沢唯に日本国内で対抗できる踊り手はいないだろう。踊りの強さはバレエ団中最強であり、この強さと様式美が同時に実現され、高度な技術が物語を形づくった。1-1-3を四回入れつつ水平移動がないフェッテは、高度な技術の一例に過ぎない。最初のオデットの登場からハケるまでの3分の時点で魅了される。オディールについても、オディール役としての修飾は入れつつも、踊りの強さと美しさの本質で涙腺を流させ、観客の心を熱くさせる。13日・17日ソワレに於けるオディールのレヴェランスはたっぷりと風格があるもの。夾雑物を入れず、純舞踊の力量のみで全観客を征服した。

2-2.柴山紗帆
もともと正統派の踊りで魅了させるダンサーであるが、オデットだけでなく、オディールも強さを伴うようになり、著しい伸長を見せた。踊りのタイプは米沢唯の路線である。オデットとオディールを総合的に併せて評価した場合、米沢唯に次ぐ実力を発揮した。米沢唯も小野絢子も調子を落としたら、柴山紗帆が上回るくらいにまで成長した成果は大きい。11日マチネの公演では、プリンシパルとしての必要とされる水準を楽々とクリアした。次の目標は、本調子の米沢唯の水準に近づけていくことである。柴山紗帆の成長は、吉田都芸術監督の数少ない大きな成果の一つである。

2-3.小野絢子
良く考えられた緻密な構成により、米沢唯とは全く違うアプローチで素晴らしいオデットを披露した。

3.王子役について

3-1.福岡雄大
10日・13日公演とも絶好調であり、技術的強さと高い完成度は他の追随を許さない。また、米沢唯とのパートナーシップも素晴らしく、オデットへの愛情を強く感じさせる演技であった。なお、クルティザンヌがそばに寄ってくると嬉しそうであった。


3-2.井澤駿
柴山紗帆とのパートナーシップが素晴らしく、王子らしい振る舞いで、柴山紗帆との物語を見事に構築した。第一幕での憂いの表現が素晴らしく、速水渉悟のお馬鹿ベンノとのコントラストが鮮やかに出た。

3-3.速水渉悟
17日ソワレだけの出演で、当日の調子は明らかに良くなかったが、米沢唯とのパートナーシップは水準に達しており、シーズン全般の出来と将来性を踏まえた場合にプリンシパル昇格は適切妥当と思わせた。二公演あったら、違った成果を出せただろう。さらに体調を整えた上で、来シーズンのバジリオ役では540を安定して決めて、観客を熱狂させてほしい。


4.ベンノ役について

4-1.速水渉悟
主役級がお馬鹿路線で攻めるとこうなるという、ライト版始まって以来の馬鹿ベンノである。そもそもベンノは、クルティザンヌを王子に派遣させるくらいの馬鹿だから、これはこれで説得力がある。踊りについては最高水準で、強さと美しさが同居した見事なもの。これを見せつけられたら、木下嘉人でさえも7合目の出来と思わせてしまうのは罪である。プリンシパル昇格は当然の内容である。

4-2.木下嘉人
名脇役の演技と言える。良い意味でしゃしゃり出ず、ベンノ役としての完成度は高い。


5.その他の役に付いて

5-1.クルティザンヌ役
ファーストキャストである池田理沙子+飯野萌子組が素晴らしい。

5-2.マジャール王女役 
ファーストキャストの飯野萌子が突出して見事である。

5-3.ポルスカ王女役
床が滑りやすかったからか、2021年10月公演と比して安全運転の感が強かった。直塚美穂は中足骨以遠の小技が印象的であった。

5-4.イタリア王女役
奥田花純・五月女遥が素晴らしい。

5-5.小さな四羽
最近入団したダンサーが、先輩方についていけていない点が露呈していた。千秋楽ではある程度目立たなくはなっていたが・・・。

5-6.大きな二羽
花形悠月は実に見事で、対側のダンサーを圧倒した。金城帆香+山本涼杏は二羽感が出ていた。


6.意見事項
下記の通り意見する。
・木村優里の代役は、小野絢子・柴山紗帆に一公演ずつ渡すべきであった(米沢唯は初日-千秋楽9日間で3公演出演であり、これ以上の出演は困難)。あるいは、直塚美穂のような、国外著名バレエカンパニーでの豊かな経験を有するダンサーに機会を与えるべきであった。経験がなく踊りの技量が乏しいダンサーをオデット/オディール役に充てるキャスティングは、バレエ団としての見識や観客に対する誠実さを強く疑わせるもので、非難に値し、断じて容認できない。
・柴山紗帆・速水渉悟のプリンシパル昇格発表については、タイミング・方法ともに素晴らしい。
・柴山紗帆と速水渉悟がプリンシパル昇格となった今、プリンシパル昇格候補は池田理沙子しかおらず、紗帆理沙子世代の次の主役候補が全く育っていない。女性ソリスト級ダンサーでは、寺田亜沙子・細田千晶が引退し、五月女遥・奥田花純・飯野萌子しか残っていない状況である。直塚美穂以外にソリストへ昇格できる候補がいない現状では、数年後に公演のレベルに致命的な影響を与える状態となる(新国立劇場バレエ団の存亡に関わる危機になる。マジで)。研修所出身ダンサー優遇の疑念を晴らし(石山蓮以外の10期生以降の研修所卒業生は、昇格に値しない)、国外バレエ団からの移籍者を含め、早急に実力あるソリスト昇格候補を見極め、昇格人事で示す必要がある。8月1日の昇格発表を厳しく見守っていきたい。