新国立劇場バレエ団「シンデレラ」2022年4-5月 観劇記録
2022年4月30日(土)から5月5日(木)にかけて、「シンデレラ」が新国立劇場バレエ団により上演された。
当方、東京都内の新型コロナウイルス感染状況悪化のため観劇できず、「ワルイ子諜報団」の仲間にチケットを無償譲渡して、レポートを依頼した。以下、その記録である。
当記録の対象は、ワルイ子諜報団を派遣した2022年4月30日・5月1日・4日・5日公演を対象とし、5月3日に開催された二公演は対象としない。
1.概観
公演は全て予定通り上演された。チケットは最前2列を除いたほぼ100%収容1724席で発売し、全公演完売状態となった。
吉田都芸術監督による指導により、アシュトン版の特徴を的確に演じられる形となった。全般的に、留め撥ねがハッキリした形となった。他方で、最近の「シンデレラ」公演ではリアルのバレエ教師のような模範演技として演じられてきた「バレエ教師」役は、デフォルメ化して演じられている。おそらくこちらがアシュトンの意図なのだろう。
主演以外の、ファーストキャストとセカンドキャストとの差が概して大きく(セカンドキャストに重鎮を配置した役(仙女・秋の精)は除く)、外部からの移籍による優秀なダンサーの補強、若手ダンサーの育成が急務であると伺わせた。当面はファーストキャストのみであれば、国内バレエ最強の地位を保てるが、瓦解の兆しが見え始めている。
キャスティングについては、疑問点がなくはないが、概ね公平か。
2.シンデレラ役について
以下、公演順に述べる。
2-1.小野絢子
右脚上げ。全体的に高い水準。特に12時の鐘が鳴る場面は鮮やかに決めた。一時期の、いかにも「演技している」風な不自然さが解消され、ナチュラルな演技を取り戻していた。
2-2.米沢唯
右脚上げ。正統派のいい子ちゃんシンデレラ。従前の「シンデレラ」公演と同様に、第二幕は最強の踊りを披露し、特に2022年5月1日公演の水準には、少なくとも国内で対抗できるダンサーはいない。スケール感や踊りの力強さが振り付けとマッチしていた。王子とのパドゥドゥは、両公演とも秀逸なるもので白眉、シームレスでスイートな雰囲気を醸し出している。小回りで王子のそばを周回する場面も、王子を円心として完璧な同一の半径で円形を描く。踊りの強さ、完璧さが甘美な世界を作り上げていた。
2-3.池田理沙子
宣伝画像の通り左脚上げ。池田理沙子のお転婆な本性と、シンデレラの役との幸福な邂逅であった。特に第一幕では、振り付けとの相性が絶妙によく、ジャンプと着地のポーズが小気味よく決まる。踊り、音感とも見事である。吉田都の指導により再構成(?)されたシンデレラの振り付けとの相性が絶妙なのであろう。他方、舞踊界に行かせてもらえなくて拗ねる表情もカワイイ。第一幕に関しては、振り付けとの相性の絶妙さもあって、米沢唯・小野絢子の領域を超えたと思われる。
第二幕はパートナーの状況が思わしくない中、水準を保ち、パートナーが交代した第三幕でも何ら動揺なく高い水準で演じた。
この2022年5月5日「シンデレラ」公演は、プリンシパル昇格に向けての天王山と言える公演で、一公演しかない公演で成果を着実に出すことが求められたが、池田理沙子は見事に成功したと言える。既に2021年12月公演の「くるみ割り人形」にて、クララ役で二公演とも絶好調で大成功を掴み、今回の「シンデレラ」のパフォーマンスを重ねて、昇格の確率を70%にまで上昇させた。プリンシパル昇格に向けての残りの変数は、来月上演される「不思議の国のアリス」に於ける題名役の成果であり、これは成し遂げられると期待する。アリス役での更なる活躍を期待したい。
3.王子役について
3-1.福岡雄大
調子が良いのか、不調なのか、良く分からない感。素晴らしい箇所は素晴らしいが、そうでない箇所もある。第二幕パドゥドゥでは、「倦怠期夫婦ペア」(注:高名な某評論家のツイートの内容は事実に反しており、実際は結婚されていない)のパートナーシップの感もあったが、小野絢子が上手く処理したか?
3-2.井澤駿
米沢唯とのパートナーシップが良く、第二幕パドゥドゥの箇所は白眉であった。2022年5月5日公演では、急遽第三幕から池田理沙子のパートナーとして代役出演となったが、揺るぎないサポートで突然の交代を全く感じさせなかった。
3-3.奥村康祐
第二幕では最後まで池田理沙子を的確に支えた。怪我による第三幕降板は残念である。非定型的な踊りを要求される姉妹役との両立は可能だったのか、慎重な検討が必要だったと考えさせられる。
4.仙女役について
4-1.細田千晶
本島美和が仙女役から引退した現在、細田千晶以外に適役はいない。仙女役に求められる慈愛や踊りの様式美、舞台の支配力、いずれも最高の水準に達している。現在の新国立劇場バレエ団に於いて、シンデレラの仙女、眠れる森の美女のリラ、ドンキホーテの森の女王、これら三役を演じられる唯一のダンサーが細田千晶である。
4-2.木村優里
2022年4月30日公演では、踊りが何となく綺麗でなく(バレエとしての様式美の欠如)クネクネした印象を与えており、四季との五人ユニゾンの箇所も彼女のみ遅れており、仙女役に相応しいとは言えなかった。彼女をファーストキャストとして仙女役としたことには疑問を呈する。なお、2022年5月5日公演では、細田千晶の領域には達するのは遠いにしても、許容範囲の領域まで改善された。
5.道化役について
5-1.木下嘉人
福田圭吾が道化役から引退した現在、木下嘉人以外に適役はいない。大柄な体格であり、道化役は本来彼が演じる系統の役ではないが、それでも高い基礎的な身体能力で魅せる踊りを観客に披露した。スティック状の人形との遣り取りや、観客との遣り取りもベテランならではの領域で、芝居として高いレベルで成立している。
しかしながら、現在の新国立劇場バレエ団に於いて、道化役を一定水準以上で演じられるのは彼だけの状況ではあり、他方、彼の年齢面から道化役をいつまで演じられるのかを考慮しなければならないのも現状である。
新国立劇場バレエ団の道化役は、ファーストキャストが懸命に演じている表では見えにくいが、実のところは崩壊しかかっており、至急の補強が必要である。
5-2. 佐野和輝
山田悠貴の怪我により急遽代役として出演となった。代役にしてはよくやったという感じである。本人の工夫も、思い通りにはいかなかったかもしれないが、それなりに反映されていた。
6.四季の精
春・夏・冬については、ファーストキャストとセカンドキャストとの差が大きかった。秋の精はセカンドキャストが奥田花純であったこともあり、差はない。
「春の精」の五月女遥は、当役の規範である。踊りの美しさ、強さ、音感とも完璧である。誰がどうやっても様になるのが難しい「春の精」でこの水準は驚異だ。特に2022年5月5日公演は圧巻の出来であった。
「夏の精」は飯野萌子の得意役であり、抜群の完成度であった。渡辺与布は、2022年5月1日公演はイロイロ怪しかったが、2022年5月4日公演では満足できる水準に達する内容であった。
「秋の精」は踊りの面で手を抜いてでも、意地でも音楽から遅らせない踊りが求められる。その辺りのテクニックは奥田花純が上手い。完成度は2022年5月1日公演の方が素晴らしい。柴山紗帆は、本来「秋の精」を演じる体格ではないが、それでも高い水準で演じた。
「冬の精」は、寺田亜沙子がこれまで通りの完成度。中島春菜は、「冬の精」を演じるには、バレエ一般の基礎的なテクニックを固め、三段階くらい上げる必要がある。
7.姉たち
アシュトン版のシンデレラの姉たちは、男性ダンサーにより演じられる。三キャストとも水準を保ったが、ファーストの奥村康祐-小野寺雄組、セカンドの清水裕三郎-福田圭吾組が特に素晴らしい成果を出した。どれだけ上手く暴走するかで面白みが決まるが、この辺りの加減が絶妙だったか。古川和則が引退したが、その不在を埋めただけでなく、より高い次元に到達したと言える。
8.指揮・管弦楽
マーティン イェーツの指揮、東京フィルハーモニー交響楽団の管弦楽は申し分ない。2022年5月5日公演では、第一幕、池田理沙子のシンデレラに上手く付け、絶妙に支えた。
9.意見事項
下記の通り意見する。
・細田千晶が得意とする仙女やこれと同系統のリラ(眠れる森の美女)、森の女王(ドン キホーテ)を演じられるダンサーの補強、後継者の育成が急務である。
・道化系を本職とするダンサーの補強、後継者の育成が急務である。
・現状では、数年後に重要脇役を担うソリスト級ダンサーがスカスカとなり、公演のレベルに致命的な影響を与える状態となる。ロシア等、国外バレエ団からの帰国組にもアプローチを掛け、30歳前後以下の補強が急務である。女性ソリスト級ダンサーでは、寺田亜沙子・細田千晶・五月女遥・奥田花純・飯野萌子の後継者がいない状態を解決する必要がある。また、池田理沙子・柴山紗帆の次の世代の主役級ダンサーの補強も急務である。