City Lights
@OOKI_AKIRA twitter Archive
2026年10月25日日曜日
National Ballet of Japan ‘City Lights’
2025年2月2日日曜日
Bayerisches Staatsballett 'La Sylphide' (Pierre Lacotte nach Filippo Taglioni)
La Sylphide (Pierre Lacotte nach Filippo Taglioni)
Thursday, 2nd January 2025
Bayerisches Staatsorchester, Musikalische Leitung: Myron Romanul
Nationaltheater, München, Deutschland
「ラ シルフィード」(Filippo Taglioni版 を復元した Pierre Lacotte版)
Nationaltheater(ドイツ連邦共和国ミュンヘン市)
バイエルン州立管弦楽団(バイエルン州立歌劇場管弦楽団)、指揮:Myron Romanul
2025年1月2日(木曜日)
Die Sylphide: Maria Baranova
James: Jakob Feyferlik
Effie: Carollina Bastos
Madge: Alexey Dobikov
Gurn : Matteo Dilaghi
Effies Mutter : Séverine Ferrolier
である。シルフィード役 Maria Baranova はロールデビュー、ジェームズ・エフィ・グァーン・エフィ母の四役は2024年11月22日カンパニー初演初日キャストを充てている。
なお、公演前にダンサーの予備知識を得ずに臨んだ。
多幸感に溢れる存在感で観客を魅了した。ロールデビューであることは公演後に知ったが、以前から本役に何度も出演し熟達している印象で、およそロールデビューとは思えなかった。エフィと結婚するジェームズに悲嘆を伝える場面と、ジェームズに構ってもらえた後の嬉しさとの対比が強く明白であるは効果的で、音楽が眠いのにも関わらず、嬉しそうな踊りの強さに鮮烈な印象を与えた。超絶技巧をアピールする場面がないシルフィード役ではあるが、観客をウットリさせる見せ方のテクニックが素晴らしく、見得を切る場面が美しく、第二幕は天国にいる気持ちにさせられる。あれだけ可愛いエフィを捨てて、Maria Baranovaのシルフィードを追って森に向かったのは正解であった。ずっと見ていたいと思わせるシルフィードである。
個人的には、24/25年末年始観劇旅行の中で最も素晴らしい男性ダンサーであった。この旅行最後のバレエ公演で、最も素晴らしい主役男性ダンサーで締めくくられたのは幸いである。着地が美しく、形が綺麗に決まり、高いテクニックがジェームズ役として理想的な形で体現された。カンパニー初演初日キャストに選抜されるのは当然と言えた。
顔立ちは美女系であるが小柄であり、小柄カワイ子ちゃん役も似合う守備範囲の広さを感じる。テクニックに優れ、第一幕の見せ場を素晴らしく決め、演技も自然で、理想的なエフィ役であった。第一幕後半の、シルフィード-ジェームズ-エフィの三角関係のパドトロワも素晴らしい。こんな可愛らしいエフィからジェームズを略奪するのは困難だろうと思わせる(その辺りに説得力を持たせるのが、Pierre Lacotte の振り付けの巧みさであろう)。さすがは、カンパニー初演初日キャストである。
下位階級のダンサーであるが、このようなキャラクター役が得意なのか、素晴らしい演技力で期待を大きく上回った。Laurent Hilaire の抜擢が大当たりした。
2025年1月27日月曜日
Ballet de l’Opéra national du Capitole 'Magie Balanchine'
Magie Balanchine
Sunday, 29th December 2024
Orchestre national du Capitole, Direction musicale: Fayçal Karoui
Théâtre du Capitole, Toulouse, France
フランス国立キャピトル劇場バレエ団
「Magie Balanchine」
キャピトル劇場(フランス共和国トゥールーズ市)
フランス国立キャピトル管弦楽団、指揮:Fayçal Karoui
2024年12月29日(日曜日)
フランス南西部の都市トゥールーズにあるキャピトル劇場バレエ団は、2024年12月20日から31日に掛けて「Magie Balanchine」を8公演上演した。この公演は第7公演になる。
「Magie Balanchine」は三つのバランシン作品を上演するトリプルビルである。
「Theme and Variations」
「Tschaikovsky Pas de Deux」
「Who Cares?」
「Theme and Variations」は新国立劇場バレエ団で上演されてきた(Patricia Neary が振付指導者から引退し、今後上演できるかは不明だが?)。「Tschaikovsky Pas de Deux」は諸ガラ公演で頻繁に上演される。しかし、「Who Cares?」の日本での全編上演は、2003年K Ballet 、2004年 New York City Ballet のみである。日本にて20年以上に渡って全く上演されていない演目のToulouse での上演は貴重であり、大変意義深い。
振付指導者は、「Theme and Variations」、「Tschaikovsky Pas de Deux」は Ben Huys、「Who Cares?」は Diana White であった。日本にも来日している振付指導者である。
「Theme and Variations」の主演は Nina Queiroz, Ramiro Gómez Samón である。序盤 Nina は苦しい立ち上がりである。Ben Huys による「とにかくソフトにフェミニンに」踊るよう指導する方針も相乗して、音楽に遅れがちに始まり、固い。第8変奏では、Nina のサポートに必死で、Ninaと群舞6人(Théâtre du Capitol の舞台は狭く、群舞8人は厳しいと思われる)との間隔が揃わず、フォーメーションが乱れた。しかしながら、この後の Nina は奮闘し、第9変奏に於ける連発パドシャが鮮やかに決まり、その後の群舞との調和も良かった。デミソリストの階級と2021年入団の若手であることを踏まえれば「よく頑張った」と言える。次席ソリストと群舞は素晴らしく、主演に多少の難があってもカヴァーできる内容であった。
キャピトル劇場バレエ団は総勢35名の小規模カンパニーであり、プリンシパルとソリストを全部合わせても8人しかおらず、トリプルビルとなると、全ての演目にプリンシパルを投入するわけにはいかない。どれか一つの主演が将来期待できる若手デミソリストであることは止むを得ない。
「Tschaikovsky Pas de Deux」はNatalia de Froberville と Kleber Rebello の二人である。Natalia はさすがエトワール、甘やかに踊る箇所と切れ味鋭く踊る箇所との使い分けが決まり、強い印象を観客に与える。
デュオを与えられる見せ場では、 'S Wonderful で Hatuka Tonooka が、That Certain Feeling 2 で Minoru Kaneko が演じたが、様式だけでなく強い踊りで観客に圧を与えることに成功している。Minoru kaneko は男性群舞5人の筆頭格であり、真ん中で見事にリードしていた。
当然のことながら日本由来以外のダンサーも素晴らしく、Marlen Fuerte Castro はプリンシパルらしく華のある演技で Fascinatin’ Rhythm のソロを始め、舞台を引っ張った。
https://opera.toulouse.fr/wp-content/uploads/sites/7/2024/12/Feuille-de-salle-29-et-31-decembre-Magie-Balanchine.pdf
https://opera.toulouse.fr/magie-balanchine/
2024年5月29日水曜日
Korean National Ballet ‘The Little Mermaid’ 韓国国立バレエ団 ノイマイヤー版「人魚姫」 2024年5月 観劇記録
2024年5月1日(水)から5日(日)にかけて、ノイマイヤー版「人魚姫」が韓国国立バレエ団により上演された。上演会場は、Seoul Arts Center 歌劇場である。一日1公演、計5公演の上演であった。
当方が観劇したのは、5月3日(金)公演である。以下、その記録である。
1.概観
この公演はダブルキャストであり、私が観劇した2024年5月3日(金)公演はファーストキャストによる上演であった。
会場は、Seoul Arts Center であり、三階席・四階席は閉鎖して上演された。三階席・四階席は、当初から発売されていないようであった。
ダンサーはロシアバレエの流儀のカンパニーであるが、元 Stuttgarter Ballett (ドイツのカンパニーである点に注目)プリンシパルである Kang Suejin 芸術監督による招聘があってか、少なくとも主要ソリストについては、ノイマイヤーの流儀を吸収しているように見える。
主演も含めキャストが発表されたのは、記者会見があった4月23日であり、初日上演の8日前であった。ジョン ノイマイヤー自身がソウルを訪れ、4月23日の記者会見に臨み、公演に関わった。
2.実演・振り付け
「人魚姫」役 Cho Yeonjae は薄幸の人形姫を見事に演じた。前半は、脚の長さよりも長い衣装を介して踊るなど、独特の難しさがあるが、これを見事にクリアし、リフトされるのがとても上手く、前半の人魚の幸福感が表出される。他方、人間になってからの痛々しさの表現も素晴らしく、人魚との落差が明瞭であった。
「プリンス」役 Lee Jaewoo は完璧なサポートである。ノイマイヤー独自の非定型リフトを完璧にこなし、Cho Yeonjae を美しく支えつつ、尊大なプリンスの役柄も表出した。「詩人」役 Byun Seongwan は人魚姫に寄り添い、「海の魔女」役 Kwak Donghyeon は見事な技巧で、「プリンセス」役 Kwak Hwakyung は明るいキャラクターで、いずれも的確に役を表現した。
少なくとも主要キャストについては、ノイマイヤーによる吟味が極めて有効に働いた。人魚姫はいずれもソリスト以下の階級から抜擢されたが、懐妊故に出演できなかったプリンシパル Park Seulki の不在を見事にカヴァーした。キャスティングは、技術的必要条件を満たした中から、キャラクターに合致したダンサーが選べた印象を持ち、カンパニーソリスト陣の基礎力の高さを伺えた。ノイマイヤーの他に、Lloyd Riggins と Niurka Moredo の二人が振付指導者として参画した。
ノイマイヤー版の舞台装置は見事で、プロセニアム上方に船の模型を走らせるが、煙を吐いたり、沈没した後は上下逆さまにしたりと、小道具まで芸が細かい。振り付けは、人間になった後の人魚姫と詩人とを、プリンスへの愛が報われない意味で同一性を持たせたもので、筋書きの完成度が高く、その上で、独自の非定型リフトを用いた振り付けは天才的である。前半の人魚時代の人魚姫は、この非定型リフトにより見事に人魚として舞台上に存在する。
3.指揮・管弦楽
指揮は Simon Hewett である。韓国国立交響楽団の演奏は完成度が高い(韓国国立バレエ団の強みは、管弦楽のレベルの高さであろう)。ヴァイオリンソロはAnton Barakhovsky、Theremin は Lydia Kavina による演奏であった。
2024年5月26日日曜日
新国立劇場バレエ団「ラ バヤデール」2024年4-5月 観劇記録
2024年4月27日(土)から5月5日(日)にかけて、「ラ バヤデール」が新国立劇場バレエ団により上演された。
当方が観劇したのは、4月28日(日)ソワレ・5月4日(土)マチネ・4日(土)ソワレ・5日(日)の四公演である。以下、その記録である。
常日頃から目標としている通り、米沢唯主演公演は全公演臨席、例外を除き他キャスト主演公演は一公演臨席を目標とし、これらの目標は達成された。廣川みくり主演の公演はボイコットした。理由は、2023年11月25日(土)公演に於ける実況見分を踏まえ、この程度の実力で2公演ニキヤ役に割り振ったバレエ団のキャスティングは適切でなく、観客に対する挑発と考えられたからである。
1.概観
公演は全て予定通り上演された。
ニキヤ役については、当方の予測通りの出来、ガムザッティ役については、ファーストセカンドの選定は極めて妥当だった。
パダクションについてはピンクの圧勝、影の三人についてはファーストキャストの圧勝であったが花形悠月だけはファーストキャストと同程度の成果を示した。
若手ダンサーの育成は限定的にしか成果が表れておらず、外部からの補強が急務であると伺わせた。国内バレエ最強の地位は既に揺らいでいる。
2.今回の公演群で最も貢献したダンサー
・米沢唯(ニキヤ)
3. 今回の公演群で最も貢献したダンサーに準ずるダンサー
・直塚美穂(ガムザッティ)
・福岡雄大(ソロル)
4.ニキヤ役について
1位:米沢唯、2位:小野絢子、3位:柴山紗帆 の順であった。順番を付けるとこのような相対的な評価になるが、三人とも主演者としての力量を発揮しており、満足できる出来である。
4-1.米沢唯
特に2024年4月28日ソワレ公演が素晴らしく、世界的なメジャーカンパニーのプリンシパルに比肩する実力を見せる。
ニキヤ役は特に第三幕が難しいが、抜群のコントロールでその幽玄さを表現する。あの幽玄さを表現するには、高度かつ正確な技術が必要であることも思い知らされる。
アレクセイ バクランが導く管弦楽との音楽性は、バクランとの共同作業を思わせるものである。片方が他方に依存することは全くなく、まるで室内楽のような緊密なアンサンブルを想像させる共同作業である。
他方、第二幕終盤の、蛇に噛まれる直前のソロは情感があり、涙腺を潤ませる。
特に2024年4月28日ソワレ公演での米沢唯は、踊りのスケールの正確さ、繊細さ、強さ、美しさ、音楽性の面で、要するに全ての面で無敵であった。踊りの精緻さ、技術的な正確さが表現の強さに直結し、観客に深い圧を与える。
米沢唯の本質は、どの場面においても、研ぎ澄まされた鋭い感覚で身体を制御し、強さと繊細さを同時に併存させ、格調の高さを保ちながら、威厳も情感も変幻自在に表出できる点にある。その特質がこの「ラ バヤデール」でも活きた。
4-2.小野絢子
普通にいいんじゃないの~。
4-3.柴山紗帆
第二幕終盤のソロは、米沢唯同様に情感があり、涙腺を潤ませる。米沢唯の技術や完成度には達していないが、それでも満足できる出来で、ニキヤ配役は妥当である。千秋楽の終盤は圧巻のシェネであった。
5.ガムザッティ役について
直塚美穂の圧勝である。異論は許さない。どう考えても直塚美穂がプリンシパルの出来であり、木村優里は足元にも及ばない。どうして木村優里がプリンシパルの地位であり、直塚美穂の採用時の階級がファースト アーティストだったのか、強い疑問を抱かせる出来である。新国立劇場バレエ団のスタッフの見立て(ダンサーの評価)は「恥を知れ」レベルで崩壊していると言わざるを得ない。直塚美穂をファーストキャストにしたことだけが、唯一の救いである。
5-1.直塚美穂
技術的に完成度が高く、イタリアンフェッテの大技は強い踊りで魅せられる。四人のピンクチュチュを従える真ん中の役割を完璧に果たしている。また、ガムザッティの内面の弱さも見事に表現し、対比の作用で、敢えて強さを見せる要所でナイフのような鋭さを見せることに成功した。
5-2.木村優里
小顔でお目目くりくり、お化粧が上手なだけで(それだけで人気が得られるのだから、新国立劇場バレエ団の観客はチョロい)、到底プリンシパルのガムザッティとは言えない。ほぼ踊らない第一幕こそボロは出していないが、彼女の弱点は第二幕で露呈する。踊りの弱さは、直塚美穂と比較すれば一目瞭然で、どちらがプリンシパルだよと強い怒りを感じながら観劇せざるを得ない。四人のピンクチュチュに対しても礼を失した出来である。第二幕のガムザッティとニキヤの対決は、華やかに決めればそれだけでガムザッティの勝利になるほど、ガムザッティに有利な対決であるが、米沢唯にはもちろん、柴山紗帆にも対抗できないほどの弱さである(てか、木村優里のガムザッティへの怒りが、米沢唯や柴山紗帆の情感あるニキヤで浄化される感じである)。直塚美穂が表現し得たガムザッティの内面の弱さは、木村優里は表現できなかった。目力を強調したメイクをしたために、強さ一辺倒のガムザッティの表現しかできなかったのであろう。木村優里は決して演技派でもない(演技派と勘違いしている観客が多過ぎるので、明確に指摘する)。
5月4日マチネは、木村優里のいつもの技量の弱さが出た公演で、バクランの指揮に全面的に寄りかかって大崩壊を辛うじて防いだ状態で、跳躍が特に汚く、これではイタリアンフェッテ失敗するだろうなと予想したら、その通りの展開になった。あの出来であのような喝采を与えるのは、観客としての見識のなさを示すものであり、世界中のバレエファンに対する恥であると言える。私は、あの時の観客の反応を見て、新国立劇場バレエ団の未来は無くなったと感じた。見る目のない観客に支持されるようなバレエ団など、早晩潰れる憂き目に遭うだろう。
6.ソロル役について
福岡雄大が圧勝である。
6-1.福岡雄大
全てが完璧なソロルである。男性ダンサーの中で技術はダントツで一位であり、全てが滑らかに運び、かつ戦士としてのキャラクターにも見事に合致する。
6-2.渡邊峻郁
ソロルのキャラクターとは合致しておらず、「何か違う」違和感は感じるものの、特段な破綻はなく、技術的にもまあまあなので、まあ良いのではないか。
6-3.速水渉悟
本領を発揮したとは言えない。基本的にソロは見事だが、盤石なサポート力をつけてもらいたい。新国立劇場バレエ団から指導者の菅野英男が去っていったが、主演男性ダンサーが会得するべきサポートを強力かつ的確に指導できる新たな人材は確保しているのか?
7.その他
7-1.パ ダクション
ピンクとブルーの実力差が顕著である。
ピンクチュチュに重鎮を充てていることもあり、特に池田理沙子・飯野萌子・奥田花純・五月女遥の四人によるパ ダクションは、世界屈指のものである。個々の踊りの力強さと統一感が見事である。
ブルーチュチュは、特に吉田朱里・中島春菜の二人が大味である。花形悠月だけは素晴らしく、彼女が出演した公演は彼女しか見ていない。花形悠月が出演していない公演では吉田明花に注目していた。
7-2.影
第一・第二・第三とも、ファーストキャストである、五月女遥・池田理沙子・飯野萌子の圧勝である。ファーストキャストは、ソロの演技はもちろんのこと、三人で踊る場面では統一感もあり、「3」としての踊りで観客に迫ることに成功している。
セカンドキャスト(変形セカンドキャストを含む)については、第一の花形悠月はファーストと同水準に達していたが、残りはいかがなものか?第二の金城帆香は、4月28日ソワレは明らかに雑だった。5月4日マチネ公演では改善されたが。第三の吉田朱里は、スタビリティーが欠如しており、基本的な技量が不足していると考えられた。当然、「3」としての統一感は感じられない。花形悠月が一人で頑張っても、他の二人の実力が拮抗しなければ、統一感は産まれない。
8.指揮・管弦楽
バクランの指揮に東京フィルハーモニー交響楽団の管弦楽はよく応えた。バクランによるダンサーへの音楽的サポートは実に見事である。
9.意見事項
下記の通り意見する。
・現状、重要脇役を担うソリスト級ダンサーがスカスカとなり掛けている。直塚美穂・花形悠月・山本涼杏のような有望な若手は存在するが、数が足りない。ビントレー世代の引退とともに、致命的な影響が公演水準に齎されるだろう。国外バレエ団からの帰国組にも触手を伸ばすなど、30歳前後までの強力な若手の補強が急務である。
2023年6月22日木曜日
新国立劇場バレエ団「白鳥の湖」2023年6月 観劇記録
当方とワルイ子北陸により5公演観劇した。この観劇記録は、ワルイ子北陸との合議により作成された。
当記録の対象は、2023年6月10日・11日マチネ・13日・17日ソワレ・18日公演を対象とし、その他の4公演は対象としない。
1.概観
公演は全て予定通り上演された。
米沢唯と福岡雄大がともに絶好調であった6月13日公演が最も素晴らしく、米沢唯の最終公演である6月17日公演が僅差で追った。6月11日マチネの柴山紗帆+井澤駿+速水渉悟も完成度が高く、柴山紗帆と速水渉悟のプリンシパル昇格を確実にした公演であった。
2.オデット/オディール役について
2-1.米沢唯
13日・17日ソワレと、傑出したオデット/オディール役を披露した。オデットもオディールも世界最高水準の出来で(これ自体が稀有な存在)、本調子の米沢唯に日本国内で対抗できる踊り手はいないだろう。踊りの強さはバレエ団中最強であり、この強さと様式美が同時に実現され、高度な技術が物語を形づくった。1-1-3を四回入れつつ水平移動がないフェッテは、高度な技術の一例に過ぎない。最初のオデットの登場からハケるまでの3分の時点で魅了される。オディールについても、オディール役としての修飾は入れつつも、踊りの強さと美しさの本質で涙腺を流させ、観客の心を熱くさせる。13日・17日ソワレに於けるオディールのレヴェランスはたっぷりと風格があるもの。夾雑物を入れず、純舞踊の力量のみで全観客を征服した。
2-2.柴山紗帆
もともと正統派の踊りで魅了させるダンサーであるが、オデットだけでなく、オディールも強さを伴うようになり、著しい伸長を見せた。踊りのタイプは米沢唯の路線である。オデットとオディールを総合的に併せて評価した場合、米沢唯に次ぐ実力を発揮した。米沢唯も小野絢子も調子を落としたら、柴山紗帆が上回るくらいにまで成長した成果は大きい。11日マチネの公演では、プリンシパルとしての必要とされる水準を楽々とクリアした。次の目標は、本調子の米沢唯の水準に近づけていくことである。柴山紗帆の成長は、吉田都芸術監督の数少ない大きな成果の一つである。
2-3.小野絢子
良く考えられた緻密な構成により、米沢唯とは全く違うアプローチで素晴らしいオデットを披露した。
3.王子役について
3-1.福岡雄大
10日・13日公演とも絶好調であり、技術的強さと高い完成度は他の追随を許さない。また、米沢唯とのパートナーシップも素晴らしく、オデットへの愛情を強く感じさせる演技であった。なお、クルティザンヌがそばに寄ってくると嬉しそうであった。
3-2.井澤駿
柴山紗帆とのパートナーシップが素晴らしく、王子らしい振る舞いで、柴山紗帆との物語を見事に構築した。第一幕での憂いの表現が素晴らしく、速水渉悟のお馬鹿ベンノとのコントラストが鮮やかに出た。
3-3.速水渉悟
17日ソワレだけの出演で、当日の調子は明らかに良くなかったが、米沢唯とのパートナーシップは水準に達しており、シーズン全般の出来と将来性を踏まえた場合にプリンシパル昇格は適切妥当と思わせた。二公演あったら、違った成果を出せただろう。さらに体調を整えた上で、来シーズンのバジリオ役では540を安定して決めて、観客を熱狂させてほしい。
4.ベンノ役について
主役級がお馬鹿路線で攻めるとこうなるという、ライト版始まって以来の馬鹿ベンノである。そもそもベンノは、クルティザンヌを王子に派遣させるくらいの馬鹿だから、これはこれで説得力がある。踊りについては最高水準で、強さと美しさが同居した見事なもの。これを見せつけられたら、木下嘉人でさえも7合目の出来と思わせてしまうのは罪である。プリンシパル昇格は当然の内容である。
4-2.木下嘉人
名脇役の演技と言える。良い意味でしゃしゃり出ず、ベンノ役としての完成度は高い。
5.その他の役に付いて
ファーストキャストである池田理沙子+飯野萌子組が素晴らしい。
5-2.マジャール王女役
ファーストキャストの飯野萌子が突出して見事である。
5-3.ポルスカ王女役
床が滑りやすかったからか、2021年10月公演と比して安全運転の感が強かった。直塚美穂は中足骨以遠の小技が印象的であった。
5-4.イタリア王女役
奥田花純・五月女遥が素晴らしい。
5-5.小さな四羽
最近入団したダンサーが、先輩方についていけていない点が露呈していた。千秋楽ではある程度目立たなくはなっていたが・・・。
5-6.大きな二羽
花形悠月は実に見事で、対側のダンサーを圧倒した。金城帆香+山本涼杏は二羽感が出ていた。
6.意見事項
下記の通り意見する。
・木村優里の代役は、小野絢子・柴山紗帆に一公演ずつ渡すべきであった(米沢唯は初日-千秋楽9日間で3公演出演であり、これ以上の出演は困難)。あるいは、直塚美穂のような、国外著名バレエカンパニーでの豊かな経験を有するダンサーに機会を与えるべきであった。経験がなく踊りの技量が乏しいダンサーをオデット/オディール役に充てるキャスティングは、バレエ団としての見識や観客に対する誠実さを強く疑わせるもので、非難に値し、断じて容認できない。
・柴山紗帆・速水渉悟のプリンシパル昇格発表については、タイミング・方法ともに素晴らしい。
・柴山紗帆と速水渉悟がプリンシパル昇格となった今、プリンシパル昇格候補は池田理沙子しかおらず、紗帆理沙子世代の次の主役候補が全く育っていない。女性ソリスト級ダンサーでは、寺田亜沙子・細田千晶が引退し、五月女遥・奥田花純・飯野萌子しか残っていない状況である。直塚美穂以外にソリストへ昇格できる候補がいない現状では、数年後に公演のレベルに致命的な影響を与える状態となる(新国立劇場バレエ団の存亡に関わる危機になる。マジで)。研修所出身ダンサー優遇の疑念を晴らし(石山蓮以外の10期生以降の研修所卒業生は、昇格に値しない)、国外バレエ団からの移籍者を含め、早急に実力あるソリスト昇格候補を見極め、昇格人事で示す必要がある。8月1日の昇格発表を厳しく見守っていきたい。
2022年5月8日日曜日
新国立劇場バレエ団「シンデレラ」2022年4-5月 観劇記録
2021年6月18日金曜日
新国立劇場バレエ団「ライモンダ」2021年6月 観劇記録
当方、東京都内の新型コロナウイルス感染状況悪化のため観劇できず、「ワルイ子諜報団」の仲間にチケットを無償譲渡して、レポートを依頼した。以下、その記録である。
公演は全て予定通り上演された。チケットは100%収容1688席で発売を開始したが、緊急事態宣言発出のため、2021年5月31日18時00分(日本時間)以降、総客席数に対して50%以上販売された時点で、チケット販売終了となった。米沢唯・小野絢子主演の日は、100%収容1688席ほぼ完売の状態で売り切ったと思われた。
バレエ教師たちが言いたそうな道徳律っぽい表現ではあるが、これまでどのようにダンサー人生を送ってきたかで、各ダンサーのパフォーマンスが決まったと言える。特に、主演にその要素が強い。顔芸が効かない、ごまかしが効かない演目であると言えた。
主演以外の、ファーストキャストとセカンドキャストとの差が概して大きく(セカンドキャストに重鎮を配置した役(第三幕のヴァリエーションに於ける池田理沙子)は除く)、若手ダンサーの育成が急務であると伺わせた。当面は国内バレエ最強の地位を保てるが、今のままでは数年後が不安である。
コール ド バレエは、初日公演こそ本領を発揮していなかったが、第二公演からは、絶妙な揃い方(個性を活かし、あまり揃え過ぎない故に、わずかな差異が目立たず、一定の強度を保つ踊りも相まって、逆説的に揃ってる感がでる)で、吉田都時代になって確立したスタイルを高度に実現した。
キャスティングについては、概ね公平と思われるが、一部主演の組み合わせに疑問が残った。
・米沢唯(ライモンダ)
・小野絢子(ライモンダ)
・福岡雄大(ジャン ド ブリエンヌ)
・中家正博(アブデラフマン)
1位:米沢唯、2位:小野絢子、3位:柴山紗帆 の順であった。この三人だけが、主演者としての力量を発揮した。
千秋楽公演について記述する。
第一幕から、「どこのロシアの大プリマかよ」と思わせる存在感である。スケールが大きく、かつ繊細である。慈愛を感じさせる優しい包容力を思わせるアダージョの直後に、アレグロを鮮やかに飾る変幻自在ぶりで、心を揺さぶられる。
アレクセイ バクランが導く管弦楽との音楽性は、評論家的語彙で単に「音感が優れている」と書かれるレベルではない。「音符一つ一つに踊りを合わせる繊細さ」という意味での音楽性とも違う。どこか天才的な音楽性とも言え、聖チェチーリアがいらっしゃり、お取りなしがあり、精霊が全てを導いた、人知を超えたレベルの音楽性であった。これほどまでの音楽性は、これまでのバレエ公演で見たことがなかった。
第二幕では、5番ポワント連続技の箇所を、最も高く跳び躍動感をもたらした。
第三幕は、初日公演でも傑出した内容であった。マジャール ヴァリエーションのソロは威厳を感じさせるものである。千秋楽の最後の手叩きは、かなり響いたが、何か強く叩きたくなる心境であったのか?運命に左右される女性の覚悟を思わせるものであった。
特に千秋楽での米沢唯は、踊りのスケールの大きさ、繊細さ、強さ、美しさ、音楽性の面で、要するに全ての面で無敵であった。踊りの強さが表現の強さに直結し、観客に強く深い圧を与える。随所で現れる、長く強く美しい静止ポーズに涙を流すのは、こういうことだ。
特定の超絶技巧を成功させた云々の記載は、却って米沢唯の演技の本質を見損なう。彼女の本質は、技術ではない。
米沢唯の本質は、どの場面においても、研ぎ澄まされた鋭い感覚で身体を制御し、強さと繊細さを同時に併存させ、格調の高さを保ちながら、慈愛も威厳も変幻自在に役を生きる点にある。世界的メジャーカンパニーのプリンシパルに比肩する米沢唯が本領を発揮したときに、彼女に対抗できるダンサーは、この日本にはいない。
4-2.小野絢子
第一幕でのアンリエットは、クレメンス役との細田千晶と、なぜかきちんと調和していた。全くタイプが違うダンサーとの調和も、彼女であれば可能である。
また、第三幕のヴァリエーションは、かわいいマジャール猫ちゃんで、強力な後脚技!強く上手く可愛かった。これは特別賞ものである。キャラクター的に完璧に合致し、彼女ならではの特技を見せつけられては、普通に実力があるダンサーのレベルでは太刀打ちできない。
適合するキャラクターの問題か、主役起用にはならなかったが、全公演、猫耳つけて出演し、名を捨てて実を取った感じか。
ワルイ子サラセン人は、本当にワルイ子ちゃんで、他方明るく楽しそうに踊っていて惹きつけられる。
第一幕第一ヴァリエーションは、前半は頑張っていたが、後半のアレグロで総崩れになってしまった点は残念であり、飼い猫に部屋を散らかすイタズラをされた飼い主のような気持ちになる(こういう憎めない気持ちにさせられるのは、彼女独特の人徳であろう)。
新国立劇場バレエ団には コール ド バレエ にもスターがいる。第一幕ワルツファンタジアで、かわるがわる彼女らが姿を見せるシーンも、夢が現に顕れるハイライトの一つであった。
バクランの指揮に東京フィルハーモニー交響楽団の管弦楽が熱く応えた。管弦楽にミスは散見されたものの、これだけの熱い演奏であれば、大目に見たい。演奏自体の完成度は、6月11日公演が一番であったか。
9.意見事項
下記の通り意見する。
・ライモンダ役は、木村優里の枠を小野絢子に充て、小野絢子の公演を2公演にするべきだったと強く表明する。
2021年5月19日水曜日
新国立劇場バレエ団「コッペリア」2021年5月 観劇記録
2021年5月2日(日)から8日(土)にかけて、「コッペリア」が新国立劇場バレエ団により上演された。
4月23日に発表された緊急事態宣言に基づき、無観客公演を余儀なくされ、予定されていた5公演のうち、5月1日(土)公演は中止となり、残りの4公演は無料動画配信された。
このレポートは、無料動画配信によるすべての公演を対象とする。
なお、最近の他公演を踏まえた記述については、当該公演を観劇したワルイ子諜報団(ワルイ子東京城西、ワルイ子北陸)からのレポートをも参考にした。
1.概観
ローラン プティ版によるもので、実上演時間が90分強の規模の短めな作品となる。2日、4日、5日、8日と、上演+動画配信 されたことにより、全てのキャストをリアルタイムで視聴が可能となった。
振付指導者であるルイジ ボニーノは来日できず、リモートでの指導となった。
この版での新国立劇場での初演は2007年5月であり、前回は2017年2月の上演であった。約4年ぶりの上演となった。
これまでなかった、木村優里-福岡雄大、小野絢子-渡邊峻郁の組み合わせも注目されるところであったが、残念ながらその成果は乏しいと言わざるを得ない。
公演レベルは、特殊演目に関わらず、基本的に各ダンサーの地力が反映されたが、観客の一般的なウケの面では特殊要素が働いた面もあった。
2. スワニルダ役について
2-1. 米沢唯
第一幕では拗ねてる表情が可愛らしいが、第二幕で人形の服を着ている場面では、黒の衣装も相まって、(ロシア風という意味でもなく、古典バレエ風と言う意味でもなく)オディールがコッペリアに化けたように思わせる。いい子ちゃんだかワルイ子ちゃんだか分からない、女性のミステリアスな性格を表され、ある意味マノンをコメディー化したかのようでもあった。
他方、民族舞踊や古典バレエの様式を強調する場面(第一幕6人の友人たちと絡む箇所でのアレグロのソロや、第二幕のフェッテを含めた終盤)でも、見事な完成度であり、上肢の長さを活かしたスケール感もあった。
2-2. 木村優里
弱点をかなり消せる修飾が効く演目ではあるが、それでも弱点は覆い隠せなかった。
総じて彼女にとっては、他演目と比較しかなり有利な展開ではあったが、それでも、古典的な技巧を必要とする箇所の弱さが目立った。
有利な点は下記。
i. 古典演目で見られるような定型的振付が希薄であり、バレエの定型的な技巧の巧拙が問われにくい
ii. 実演ではなく、動画配信でありアップにより顔の表情が強調された。可愛さを顔芸で実現する成果が配信先に届きやすかった
iii. 小顔体形が衣装とマッチしており、長い四肢がもたらす映えた見た目も、このプティ版にあっては極めて有利
これら三点が相まって、地力を上回る評判を得がちな有利な状況となった。一般受けが良かった理由は、この点からも説明できる。確かに、顔芸については命を懸けたかのような気合が入っていた。予想を超えて「可愛さ」アピールに成功したとは言える。
しかしながら、古典的な技巧を必要とする箇所は本当に弱い。
具体例としては
i. 第一幕後半の、6人の友人たちと絡むところのアレグロのソロ。
ii. 第二幕終盤のフェッテの前辺り。
これら古典的な技巧を必要とする場面では、ちゃんと踊れていなかったり、所作が何となく綺麗でなかったりした。また、民族舞踊の箇所は全キャストを通じて最も弱かった。
これらは常日頃から露呈している弱点が再現された。
木村優里のアレグロの弱さは、例えば2021年4月10日「白鳥の湖」公演に於けるルースカヤ役ソロの後半でも指摘できる(ワルイ子北陸からの情報提供)。
また、何となく所作が美しくない点についての弱点は、2021年2月の「眠れる森の美女」公演でのアウロラ・リラ両役で露呈した通りである。(ワルイ子東京城西から情報提供)
扇を飛ばしたり、瞬きをしたことについては、他が高い水準であれば目をつぶるが、このような「顔芸バレリーナ」ぶりを見ると、気になってきてしまう。まだワカイ子であり、体が思い通りに動かせるはずの年頃でこの出来では、先が思いやられる。
2-3. 池田理沙子
第一幕では、彼女が得意とするはずの「お転婆娘」が不発気味であり、本領を発揮していない感があった。体格の不利さをカヴァーしにくい版も影響しているのか?それでもアレグロのソロはキッチリこなしており、無難に終わった。
池田理沙子の本領は第二幕で発揮された。特に民族舞踊や終盤の場面は素晴らしい。基本的には米沢唯の方向性だが、米沢唯的マノン路線よりは、カワイコいい子ちゃん と 気の強さを出した表情でコントラストを出した路線であった。
2-4. 小野絢子
体格の不利さを感じさせる面が皆無ではないが、大原芸監時代からの「絢子ワールド」を、高い完成度で示し、立派な成果を残した。
3. フランツ役について
3-1. 井澤駿
「眠れる森の美女」降板の原因となった怪我の影響があるからか、安全運転気味であった。ソロの場面で見せ場を作ることはなかったが、それでもサポートは盤石であった。
3-2. 福岡雄大
コロナ禍以降、これほどまでの絶好調ぶりは見たことがなかった。ソロでの切れがある豪快さや、コッペリウス役山本隆之とのコンビネーションが光った。また、特に第一幕でのイタズラ好きな子どもっぽさの表現も見事である。フランツ役でダントツの成果を上げた。
3-3. 奥村康祐
キャラクターと合致しており、フランツの馬鹿っぽさを的確に表現した。福岡雄大に準じる成果を上げた。
3-4. 渡邊峻郁
キャラクターと全く合致していないこともあるが、全般的に演技が不自然で、フランツの馬鹿っぽさ、いたずら好きな子供っぽさを全く表現できていなかった。また、第一幕ではリフトサポートした小野絢子の挙動を乱し、サポートのスタビリティーが欠如していた。これは主役級の男性ダンサーにとっては致命的である。第二幕放り投げの場面は、落としそうとまでは思わないが、予告編で流れた2017年2月公演での福岡雄大によるものとは決定的なまでの安定感の差があった。
これまでの公演では、ここまでサポートの弱点が露呈したことはなかったが、サポートされる側の米沢唯が超絶補正していたからなのか?
また、第一幕幕切れの後ろ足は、とても綺麗とは言えないものであった。
小野絢子ファンから怨嗟を浴びてもしょうがない内容で、ファーストキャストにするべきではなかった。
第二幕終盤のソロで、難易度の高い技に挑戦した意欲は買うべきなのか?しかし、完成度の低さをしっかりと指摘するべきなのだろう。
4. コッペリウス役について
4-1. 中島駿野
かなりの頑張りが見受けられた。高い演技力を示し、初役にしては上出来であろう。
4-2. 山本隆之
元プリンシパルでもあり、卓越した演技力であった。人形遣いのサポートが実に上手い。
5. スワニルダの友人たち
ファーストキャストの中核を担った、柴山紗帆と細田千晶が素晴らしい。両者が小野絢子の脇を固めるシーンは絵になる。全体との調和を踏まえつつも、両者の強い基礎力が舞台に圧を与える。
セカンドキャストの廣川みくり は悪目立ちをしており、調和していなかった。
ファーストキャストとセカンドキャストとの差は、舞台から強い圧を発せられるか否かの面で決定的であった(当然ファーストが素晴らしい)。
6. 意見事項
下記の通り意見する。
・明らかに渡邊峻郁はファーストキャストの器ではなかった。
・小野絢子-福岡雄大、木村優里-渡邊峻郁のコンビであった方が、前者による傑出した成果が出せた可能性が高かった。公演レベルの平準化よりも、傑出した成果を狙うキャスティングを願いたい。
7. 一部の「クラスタ」に対する批判
このプティ版「コッペリア」に対しては、一部の「バレエクラスタ」(自称「評論家」「ライター」も含む)による偏見に満ちた不公正な論評が露呈しているように思われる。
自爆言語は「フランス」「フランスの風」「プティ」「プティ風」「演技力」「演技派」だ。その辺りを強調している人物に限って、ピント外れな評を表明し、中途半端に持つ発言力とともにバレエ界に対して害悪をもたらす。
もっと分かりやすく言うと、小野絢子推し且つ木村優里推し且つ渡邊峻郁推し(且つ米沢唯アンチ、この辺りは「クラスタ」内部でも差異がみられるが、古典演目では絶賛していても「コッペリア」に関してはアンチになってる事例が多い)且つ池田理沙子アンチ。(カワイイからユルイ木村優里ファン程度の方は、特段有害ではない)
まずは「フランス」や「プティ」の定義をすることが先決である。フランス風ではないとか、プティ風ではないと主張するのであれば、「フランス」「プティ」の定義をきちんと行うべきだ。
管見では、「フランス」なり「プティ」を体現しているのは、プティ自身によるコッペリウスくらいである。その意味では、プティ自身の公演以外は認めないという立場は、賛否はともかく、論理的には一貫性がある。
しかしながら、プティ芸術監督時代のマルセイユ国立バレエ団でスワニルダを演じたダンサーからして、エウスカディ人(バスク人)・カザフ人・英語圏カナダ人もおり、全く「フランス」的ではない。
それに、プティ自身によるコッペリウスも、「1970年代フランス」の体現であり、車に例えれば シトロエンDS のようなものである。現在のフランス車がドイツ車と区別できないのと同じように、現在のパリ国立オペラバレエ団のエトワールでさえも、プティの存在感は出せないであろう。当然ルイジ ボニーノなど、プティの後継者に全く値しない。
プティの死去とともに、プティ版「コッペリア」の在り方は時間の経過も相まって変容していくのは当然である。ロクでもない振り付け指導者がリモートで指導となれば、尚更だ。そのような文脈を基に、公演の評が為されなければならない。
池田理沙子のスワニルダに対して「学校的」と評した者がいた。第一幕だけならまだ理解できるが、第二幕を併せた場合にその評は失当である。百歩譲って、池田理沙子を「学校的」と評するのであれば、木村優里に対しては「学校的な水準にも達していない」と酷評するべきである。その評者は、渡邊峻郁に対してはあれ程までの低水準なパフォーマンスでありながら贔屓目な評を出している。そのような恣意的な評を発している者が、フランスバレエの理解者面し、恣意的な評価をしているのは有害である。その信奉者もまた有害であるが。
渡邊峻郁に対し「演技派」と評する者がいた。あのフランツの演技に対して「演技派」と評するのは笑止である。私にとっての彼の評価は、これまでは、女性主演ダンサーを邪魔することなく無難に演じるダンサーであったが、そのような信頼すら失墜する今回の出来であった。なお、私は本島美和以外を「演技派」とは言いたくない。
米沢唯の公演の後で「フランスの風を吹かせて欲しい」と言っておきながら、渡邊峻郁に対しては「フランスで踊っていた人でもあるし不満はなかった」と訳の分からない理由で擁護した自称「評論家」がいた。自称であれ「評論家」がそのような著しく偏った言説を発するのは公益に反するので、そいつの名前だけは公にする。門行人である。
David Mead は米沢唯を、Paul McInnes は池田理沙子をきちんと評価している。特に後者は、プティ版について嫌悪しつつも、公演水準は冷静に評価している。好き嫌いと良し悪しとを、きちんと区別しているし、「フランス(風)」「プティ(風)」には触れていない。当然、下手な日本人「クラスタ」が陥る罠に嵌まらない。外国人の方が余程マトモじゃないか!
2021年3月13日土曜日
新国立劇場バレエ団「眠れる森の美女」(2021年2月公演)ワルイ子諜報団 座談会
2021年2月20日から23日まで、新国立劇場にて上演された、新国立劇場バレエ団「眠れる森の美女」についての座談会。
この公演については、あきらにゃん が長野県外に出られない事態になったことを踏まえ、「ワルイ子諜報団」工作員「ワルイ子東京城西」に対し、無償にてチケットが譲渡され、対価としてレポートが あきらにゃん に対して送付されることとなった。
今回、レポート提出の際に座談会を当方から申し入れたところ、ワルイ子東京城西 の快諾があり、座談会が実現できた。その内容をここに記したい。
以下)あ:あきらにゃん(司会)、 東:ワルイ子諜報団「ワルイ子東京城西」
1.レポートについて
あ:男性ダンサーについてのコメントがないが、どういうことなんだい?
東:オトコは知らね。ただそれだけ。
あ:それでも、なにがしかコメントの一つくらいあるやろ?
東:うん。速水渉悟くんは一枠でいいから早急に主役につけて、主役慣れさせるべきだね。あと、プロローグでの7人のカヴァリエは素晴らしい。揃い方が自然な感じなのもいい。
あ:今回、優里りんについてだいぶ厳しいが?
東:私もこれまで初台で何回も観劇してきたけれど、もう彼女に いい子ちゃん役 をやらせるべきではないと思う。向かないのに主役を含む大きな役を割り当てられて、逆に可哀そう。
あ:かつて、優里りんシンデレラ拝見したことがあったけど、正直シンデレラ役、優里りんは似合わないのだよね。その違和感がさらに表面化しているような感じなのかな?
2.いい子ちゃん役 についての議論
あ:バレエに於ける いい子ちゃん 役に求められる要素を最近考えます。
東:米沢唯ちゃんは「正しいポジション、美しいつま先、手先、そこにオーロラ姫のキャラクターが生まれてくる」(テアトレ誌2021年3月号通巻292号7頁、新国立劇場運営財団発行)と言っている。ポジションとポジションとの間は自由にとも発言しているけど、やはり いい子ちゃん の基礎には様式が伴うのだと思う。
あ:正しい様式による美しさがあっての いい子ちゃん だと。
東:そう。おそらく各コンクール受賞時点では未確立で、バレエ団に入り、実演と優秀なバレエミストレス/マスターの長年に渡る指導、各ダンサーの研ぎ澄まされた感覚により、年単位で確立していくものだと思う。
あ:「心を込めた演技」だとか「入魂の演技」だと勝手に観客が思う踊りは、実のところダンサーはこんなことを考えてはいないかと。「心を込め」れば上手くいくのであれば、誰も苦労しない。
東:瞬間瞬間で、体のそれぞれのパーツがどの位置になければいけないかと言った精密な作業の積み重ねなのだろうね。「心を込める」のではなく、感覚を研ぎ澄ませて精緻にコントロールしていく感じなのだろうなと、私は思っている。特に、今回のアウロラの第二幕の幻想のソロや、「ドン キホーテ」でのドルシネア姫で、その辺りが問われるような気がする。
あ:リラ役も、様式美が問われそうですね。
東:多くの観客が、リラとカラボスとの対決を「スケバンのタイマン」と勘違いしていることは嘆かわしい。ツイッターで「バレエに詳しい風」を吹かせている「大御所」「重鎮」含めて、その勘違いが蔓延している。リラ役は、優美さや慈愛、気品が基盤となる。毅然とカラボスと対峙する場面でも、これら三つの基盤を観客に伝達されなければならない。善とはそういう存在。
あ:その優美さや慈愛や気品を表現するのには、やはり様式美を正確に実現しないといけないのだよね。
東:その辺り、唯ちゃん絢子さん千晶さんは高いレベルで実現できているし、典型的お嬢様の紗帆りんがリラ役に充てられても同様だと思う。理沙子ちゃんはお転婆娘だから、リラ役が似合うかどうか疑わしいが、踊りの方向性は真っ当なので、アウロラは大丈夫と推察する。
あ:その辺り優里りんが・・・バレエ的にグレちゃっていると。
東:そういうこと。唯絢子千晶紗帆理沙子さんたちが地道に努力してやっていることを、やっていないのではないか?多分、努力の方向性を間違えていると思う。顔芸を凝らせて糊塗しようとしていたり。
3.唯ちゃん絢子さん以外のアウロラは誰が良かったのか?
あ:今回、優里りんはダメだったらしいけど、誰だったら良かった?
東:まず、4公演しかないのであれば、唯ちゃん絢子さんにそれぞれ2枠を与えるべきだったと考える。残念ながら、私は過去公演の理沙子ちゃんアウロラを観ていないので、優里りんを理沙子ちゃんに替えるのが妥当かは判断できない。
あ:それでもサードキャストを組むとしたら?
東:若手の三人でキャストを組むとするなら、アウロラ理沙子、リラ紗帆、カラボス優里で決定だな。
あ:私も同感です。
東:ていうか、リラは千晶さん紗帆りんのダブルキャスト、カラボスは美和りん優里りんのダブルキャストにするべきだったと思っている。
あ:今回のキャスティングとは方向性が違うが?
東:三つの問題がそれぞれ絡み合っていると私は思っている。第一に、近いうちに引退する世代と、現在育成するべき世代の問題。第二に、優里りんのキャリアパスの方向性の問題。第三に、新国立劇場バレエ研修所や牧麻佐美研修所長のメンツの問題。
4.若手育成の問題
あ:今の、第一と第二の問題は、若手育成の問題と整理することが可能であると思うが。
東:そうだね。近いうちに、研修所1期生と2期生は引退の時期を迎える。美和りんの引退が迫っているし、美和りん引退の二年後には2期生が引退となる。美和りん千晶さん亜沙子さんの穴をどう埋めるか?
あ:亜沙子さんを ワルイ子ちゃん にしようとバレエ団は考えているようであるし、亜沙子さんなら一定の成果は期待できると思うが?
東:確かに亜沙子さんならできるけど、でも、美和りんの穴を二年しか埋められないから、応急手当に過ぎないのだよね。
あ:そこで、バレエ的にグレちゃった優里りんを ワルイ子ちゃん に転向させようと!
東:成功するか否かは不明だけど、有望だと思う。上手くいったら、今後10年以上に渡って ワルイ子ちゃん は安泰となる。
あ:千晶さんのポジションは紗帆りんがしっかり引き継げると思うが。
東:これは確か。しかし、先ほど私が「アウロラ理沙子+リラ紗帆+カラボス優里」のキャスティングを言ってみたけど、その次の世代のキャスティングが全く考えられない状態となった。
あ:これが新国立劇場バレエ団の時限爆弾になっているんだよね。主役サードキャストから準主役級がかなりヤバい状態。現在は、千晶亜沙子紗帆理沙子の「いい子ちゃん四人組」で盤石な状態だけど、千晶さん亜沙子さんが引退したら一気に瓦解する。
東:理沙子ちゃんを2016年9月に入団させて以来、その次の世代のダンサーを全く考えず、いつの間にか五年経過しようとしている状態だからね。
あ:誰を紗帆理沙子の後について来させるかは吟味しないといけないのだよね。現在のファーストアーティストの方をソリストに昇格しても、年齢的な面で応急手当にしかならない。コロナ禍を逆用して、国外バレエ団から移籍を充てにしても、30歳前後だとやはり応急手当にしかならない。現在20歳代前半が、本来あるべき次世代のダンサーなのだけど、ファーストアーティスト階級には誰もいないし、研修所でも養成できていない。なので、前二者の応急手当で、千晶さん亜沙子さんの穴を埋めるのだろうなあ。
5.新国立劇場バレエ研修所の問題
あ:新国立劇場はバレエ研修所を持っているので、有利だと思うが。
東:劇場がバレエ研修所を持っているのは必要なことだと思うし、一見有利に見えるのだけれど、現在のバレエ研修所は機能不全に陥っていると思う。6期生修了とともに存在意義を廃したと言ってよい。
あ:小野絢子さんを輩出した後、ファーストアーティストまで昇格しているのが6期生辺りまで。それ以降は、優里りん以外全員アーティスト階級だし。
東:まともなソリスト育成機能を完全に喪失しちゃったのだよね。期待の星だった優里りんがバレエ的にグレちゃったから、絢子さんを最後にソリスト育成は終了したようなもの。研修所のセンセ大丈夫なのか?ちゃんとしたセンセ雇っているのか?
あ:紗帆理沙子と、(一見「デュオ」出身のように見えるけど、実際は)国外バレエ学校で堅実なソリストを育ててもらっているようなもの。
東:優里りん、どうしてアウロラとかリラとか、彼女に向かない いい子ちゃん にキャスティングしているのだろう?
あ:ここから先は、陰謀論であることを願って話してみるけど、木村優里をプリンシパルにしないと、バレエ研修所の存在意義をアピールできないからじゃないの~?牧阿佐美研修所長が上層部を使って みやこちゃん に圧力を加えていたりして。そんな疑惑を持っちゃうよ。冗談だと信じたいけど。
東:もし本当に、バレエ研修所のメンツのために、牧阿佐美研修所長のメンツのために、木村優里を主役(≒いい子ちゃん)に充てているのだとしたら、優里りんにとっても不幸だし、本来割り当てられるべきダンサーにとっても不幸だし、観客にとっても不幸だよね。
あ:そう、真っ当に努力している他ダンサーも犠牲になるし、公演内容にも影響してしまうのだよね。
東:大体さあ、バレエ団とバレエ研修所、同じ方向向いているの?研修所入試の際に、みやこちゃん 参画しているの?
あ:先日の21/22シーズン説明会の際に記者からの質問に対する回答で、バレエ研修所は みやこちゃん の管轄外だと話したみたいだね。バレエ団のダンサー養成計画に基づいて、研修所のカリキュラムや入所学生の選抜を行うべきなのに、完全にバラバラ。数年に一度のマトモなソリスト養成すらできないようでは、バレエ研修所の解体論がそのうち出てくるのではないのかな?
6.カーテンコールについて
あ:深刻な話題になってしまったけど、「眠り」の公演に戻ろう。カーテンコールはどうだった?
東:千秋楽は知らんけど、千秋楽以外では、やはり唯ちゃんの時が一番盛り上がっていた。てか、当然のことながら、本番の時から興奮度が高い状態だった。
あ:原因は何だったのやろ?
東:唯ちゃんの演技自体の強さと見事さ。それに、一公演しか割り当てられていないことへの同情もプラスされていたのではないかと思う。唯ちゃんファンはお互い仲悪くてバラバラだけど、血気盛んな人たち多そうだしね(笑)。あと、唯ちゃん唯一の公演が第三公演だったのも、良かったのかも知れない。初日第一公演は、観客が模様眺めで冷淡な反応になりがちだから。あと、脇が公演を重ねるごとに盛り上がっているし。
あ:その意味では、ファーストキャストだったけど初日だけのアウロラだった、2018年6月公演より好条件だったのでしょうね。それだけが唯一の救いだったのかな。
あ:唯ちゃんは、後ろ盾が誰もいないしね。研修所出身でもなければ、牧系の教室出身者でもないし、首都圏出身でもないから、チケット購入する(出身バレエ教室等の)組織票もない。本人の実力だけで今の地位に就いてその座を守っているのだからね。そんなバレエ外の要素で応援している訳ではないけれど、一応このことは頭の中では常に意識している。
あ:では、そろそろ座談会終了しましょうか。お時間作って下さり、ありがとうございました。
東:同志との語らいほど楽しいものはありません。これからも、誰も言わないことを言い続けていきましょう!
参考:新国立劇場バレエ団「眠れる森の美女」2021年2月 観劇記録↓
http://ookiakira.blogspot.com/2021/03/20212.html