2024年5月26日日曜日

新国立劇場バレエ団「ラ バヤデール」2024年4-5月 観劇記録

2024年4月27日(土)から5月5日(日)にかけて、「ラ バヤデール」が新国立劇場バレエ団により上演された。

当方が観劇したのは、4月28日(日)ソワレ・5月4日(土)マチネ・4日(土)ソワレ・5日(日)の四公演である。以下、その記録である。

常日頃から目標としている通り、米沢唯主演公演は全公演臨席、例外を除き他キャスト主演公演は一公演臨席を目標とし、これらの目標は達成された。廣川みくり主演の公演はボイコットした。理由は、2023年11月25日(土)公演に於ける実況見分を踏まえ、この程度の実力で2公演ニキヤ役に割り振ったバレエ団のキャスティングは適切でなく、観客に対する挑発と考えられたからである。


1.概観

公演は全て予定通り上演された。

ニキヤ役については、当方の予測通りの出来、ガムザッティ役については、ファーストセカンドの選定は極めて妥当だった。

パダクションについてはピンクの圧勝、影の三人についてはファーストキャストの圧勝であったが花形悠月だけはファーストキャストと同程度の成果を示した。

若手ダンサーの育成は限定的にしか成果が表れておらず、外部からの補強が急務であると伺わせた。国内バレエ最強の地位は既に揺らいでいる。


2.今回の公演群で最も貢献したダンサー

・米沢唯(ニキヤ)


3. 今回の公演群で最も貢献したダンサーに準ずるダンサー

・直塚美穂(ガムザッティ)

・福岡雄大(ソロル)


4.ニキヤ役について

1位:米沢唯、2位:小野絢子、3位:柴山紗帆 の順であった。順番を付けるとこのような相対的な評価になるが、三人とも主演者としての力量を発揮しており、満足できる出来である。

4-1.米沢唯

特に2024年4月28日ソワレ公演が素晴らしく、世界的なメジャーカンパニーのプリンシパルに比肩する実力を見せる。

ニキヤ役は特に第三幕が難しいが、抜群のコントロールでその幽玄さを表現する。あの幽玄さを表現するには、高度かつ正確な技術が必要であることも思い知らされる。

アレクセイ バクランが導く管弦楽との音楽性は、バクランとの共同作業を思わせるものである。片方が他方に依存することは全くなく、まるで室内楽のような緊密なアンサンブルを想像させる共同作業である。

他方、第二幕終盤の、蛇に噛まれる直前のソロは情感があり、涙腺を潤ませる。

特に2024年4月28日ソワレ公演での米沢唯は、踊りのスケールの正確さ、繊細さ、強さ、美しさ、音楽性の面で、要するに全ての面で無敵であった。踊りの精緻さ、技術的な正確さが表現の強さに直結し、観客に深い圧を与える。

米沢唯の本質は、どの場面においても、研ぎ澄まされた鋭い感覚で身体を制御し、強さと繊細さを同時に併存させ、格調の高さを保ちながら、威厳も情感も変幻自在に表出できる点にある。その特質がこの「ラ バヤデール」でも活きた。

4-2.小野絢子

普通にいいんじゃないの~。

4-3.柴山紗帆

第二幕終盤のソロは、米沢唯同様に情感があり、涙腺を潤ませる。米沢唯の技術や完成度には達していないが、それでも満足できる出来で、ニキヤ配役は妥当である。千秋楽の終盤は圧巻のシェネであった。


5.ガムザッティ役について

直塚美穂の圧勝である。異論は許さない。どう考えても直塚美穂がプリンシパルの出来であり、木村優里は足元にも及ばない。どうして木村優里がプリンシパルの地位であり、直塚美穂の採用時の階級がファースト アーティストだったのか、強い疑問を抱かせる出来である。新国立劇場バレエ団のスタッフの見立て(ダンサーの評価)は「恥を知れ」レベルで崩壊していると言わざるを得ない。直塚美穂をファーストキャストにしたことだけが、唯一の救いである。

5-1.直塚美穂

技術的に完成度が高く、イタリアンフェッテの大技は強い踊りで魅せられる。四人のピンクチュチュを従える真ん中の役割を完璧に果たしている。また、ガムザッティの内面の弱さも見事に表現し、対比の作用で、敢えて強さを見せる要所でナイフのような鋭さを見せることに成功した。

5-2.木村優里

小顔でお目目くりくり、お化粧が上手なだけで(それだけで人気が得られるのだから、新国立劇場バレエ団の観客はチョロい)、到底プリンシパルのガムザッティとは言えない。ほぼ踊らない第一幕こそボロは出していないが、彼女の弱点は第二幕で露呈する。踊りの弱さは、直塚美穂と比較すれば一目瞭然で、どちらがプリンシパルだよと強い怒りを感じながら観劇せざるを得ない。四人のピンクチュチュに対しても礼を失した出来である。第二幕のガムザッティとニキヤの対決は、華やかに決めればそれだけでガムザッティの勝利になるほど、ガムザッティに有利な対決であるが、米沢唯にはもちろん、柴山紗帆にも対抗できないほどの弱さである(てか、木村優里のガムザッティへの怒りが、米沢唯や柴山紗帆の情感あるニキヤで浄化される感じである)。直塚美穂が表現し得たガムザッティの内面の弱さは、木村優里は表現できなかった。目力を強調したメイクをしたために、強さ一辺倒のガムザッティの表現しかできなかったのであろう。木村優里は決して演技派でもない(演技派と勘違いしている観客が多過ぎるので、明確に指摘する)。

5月4日マチネは、木村優里のいつもの技量の弱さが出た公演で、バクランの指揮に全面的に寄りかかって大崩壊を辛うじて防いだ状態で、跳躍が特に汚く、これではイタリアンフェッテ失敗するだろうなと予想したら、その通りの展開になった。あの出来であのような喝采を与えるのは、観客としての見識のなさを示すものであり、世界中のバレエファンに対する恥であると言える。私は、あの時の観客の反応を見て、新国立劇場バレエ団の未来は無くなったと感じた。見る目のない観客に支持されるようなバレエ団など、早晩潰れる憂き目に遭うだろう。


6.ソロル役について

福岡雄大が圧勝である。

6-1.福岡雄大 

全てが完璧なソロルである。男性ダンサーの中で技術はダントツで一位であり、全てが滑らかに運び、かつ戦士としてのキャラクターにも見事に合致する。

6-2.渡邊峻郁

ソロルのキャラクターとは合致しておらず、「何か違う」違和感は感じるものの、特段な破綻はなく、技術的にもまあまあなので、まあ良いのではないか。

6-3.速水渉悟

本領を発揮したとは言えない。基本的にソロは見事だが、盤石なサポート力をつけてもらいたい。新国立劇場バレエ団から指導者の菅野英男が去っていったが、主演男性ダンサーが会得するべきサポートを強力かつ的確に指導できる新たな人材は確保しているのか?


7.その他

7-1.パ ダクション

ピンクとブルーの実力差が顕著である。

ピンクチュチュに重鎮を充てていることもあり、特に池田理沙子・飯野萌子・奥田花純・五月女遥の四人によるパ ダクションは、世界屈指のものである。個々の踊りの力強さと統一感が見事である。

ブルーチュチュは、特に吉田朱里・中島春菜の二人が大味である。花形悠月だけは素晴らしく、彼女が出演した公演は彼女しか見ていない。花形悠月が出演していない公演では吉田明花に注目していた。

7-2.影

第一・第二・第三とも、ファーストキャストである、五月女遥・池田理沙子・飯野萌子の圧勝である。ファーストキャストは、ソロの演技はもちろんのこと、三人で踊る場面では統一感もあり、「3」としての踊りで観客に迫ることに成功している。

セカンドキャスト(変形セカンドキャストを含む)については、第一の花形悠月はファーストと同水準に達していたが、残りはいかがなものか?第二の金城帆香は、4月28日ソワレは明らかに雑だった。5月4日マチネ公演では改善されたが。第三の吉田朱里は、スタビリティーが欠如しており、基本的な技量が不足していると考えられた。当然、「3」としての統一感は感じられない。花形悠月が一人で頑張っても、他の二人の実力が拮抗しなければ、統一感は産まれない。


8.指揮・管弦楽

バクランの指揮に東京フィルハーモニー交響楽団の管弦楽はよく応えた。バクランによるダンサーへの音楽的サポートは実に見事である。


9.意見事項

下記の通り意見する。

・現状、重要脇役を担うソリスト級ダンサーがスカスカとなり掛けている。直塚美穂・花形悠月・山本涼杏のような有望な若手は存在するが、数が足りない。ビントレー世代の引退とともに、致命的な影響が公演水準に齎されるだろう。国外バレエ団からの帰国組にも触手を伸ばすなど、30歳前後までの強力な若手の補強が急務である。