2014年2月5日水曜日

佐村河内守のゴーストライター事件

佐村河内守氏のゴーストライター事件について、特段の感想はない。まあ、「佐村河内守作曲工房作」とでもしていれば良かったのか?

かなり小まめにドサ周りをする全国規模での公演をするなど、最近調子にのって流行っているなあとは思っていたが、そうなるとなおさらその演奏会に行く気を無くす性格の持ち主なので、彼の作品の演奏会に行ったことはない。何かのリサイタルで10曲やる内の1曲くらい入っている分にはいいのだろうけど。

昨年の8月頃であろうか、私が山田和樹万歳、小澤征爾引退しろなどと、常日頃からtwitterでお行儀の悪い発言を繰り返していたためか(笑)、よく分からない人物にちょっと絡まれ、特定の指揮者の私生活についてあれこれ非難していながら音楽関係者らしく、匿名とは言え私よりもお行儀の悪い放言をしていて大丈夫なのかと心配してはいたが、その人物が佐村河内守は実は耳が聞こえるだとかかんとか、根拠不明の発言をしていた。耳が聞こえる云々は噂としては流れていたらしいが、ゴーストライターとはねえ。。

彼はあまりに音楽以外のところで売り込みが過ぎているように思える。そういう「物語」は、どうも私との親和性に欠ける。広島出身で言えば細川俊夫も同じ話になってしまうし。でも、細川俊夫が広島出身だなんて、わざわざインチキヴィキペディアで調べて初めてそうなんだと認識するもので、そんなことを念頭に入れて聴いている聴衆などどこにもいないだろう。

また、耳が聞こえなくなった事を持ってベートーフェンの再来やら何やら言われると、興ざめしてしまう。「見かけは可憐で実は凶暴なギリシャの乙女」である交響曲第4番、小さいながらも卓越した構築力で作成された交響曲第8番、この二曲を聴いただけでも、ベートーフェンの偉大さに恐れを抱いて、「再来」やらなにやらとの言葉を使うなんて絶対無理だと思ってしまうのに。せめてショスタコーヴィチレベルの作曲家に対して、そういった表現は用いてほしいと強く思う。

それにしても、どうして流行り始めたのか私には謎だったが、NHKスペシャルで佐村河内守の「物語」を全国規模でばら撒いたためだったのか。テレビシオン恐るべし。その恐るべき有害性!

私は、松本のサイトウキネンや水戸での水戸室内管弦楽団演奏会で、細川俊夫や権代敦彦と言った作曲家の曲を聴いてきた。日本に於ける現代作曲家で取り上げるべきなのは、この二人だ。人生は短く有限だ。時間を無駄に使わないように、アンテナの感度を鋭くし、吟味を慎重にしていくべきことを、改めて肝に銘じることにしよう。

2014年2月4日火曜日

日本共産党大阪府委員会 への電子メール

日本時間2014年2月4日22時17分頃、下記の電子メールを日本共産党大阪府委員会に対し送付したので、下記の通り公表する。

(以下文面)

日本共産党 大阪府委員会 御中

平素より、日本国のデモクラシーを支え、大阪の未来のために貢献する貴委員会に対し敬意を表します。

本日、貴委員会に関し懸念を抱かざるを得ないニュースを聞きました。

橋下徹大阪市長が辞職し再選挙に出馬する身勝手な行為に対し、「野党統一候補」の擁立を他党に対し提案し、これが実現しない場合は独自候補を擁立するとのニュースです。

衰えたとはいえ、橋下徹を落選させる事は容易なことではありません。「野党統一候補」として擁立するとしたら、前大阪市長である平松邦夫氏以外に考えられません。その平松邦夫氏は、出馬はしないと受け取ってよいと考えます。

となると、日本共産党による独自候補が橋下徹に挑む形となりますが、その独自候補が落選した場合、橋下徹は自身が信任されたと吹聴して自らの立場を強化する言動を繰り返し、非維新陣営にダメージを与える作戦に出る事は容易に予想されます。橋下徹が4年の任期を満了した際の選挙戦で、どのような悪い作用を与えるか、私には想像がつきません。

平松邦夫氏が動かない以上、今は下手に動く時期ではありません。維新の挑発に糞真面目に乗って、維新の望む通りのレールに乗る必要などこにもありません。

今回の橋下徹による身勝手な辞職・選挙戦に対し、非維新勢力として統一的な立場を維持する事により、橋下徹に餌を与えずレームダックの状態に陥りさせるとともに、2015年秋の市長選挙まで非維新勢力の力を蓄え、平松邦夫氏の返り咲きを期するべきと愚考いたします。

なにとぞ、日本共産党独自候補の擁立という無謀な戦術を用いられないよう、伏してお願いいたします。文楽を愛し、日本センチュリー交響楽団の素晴らしい技量を愛する、一長野県民の願いを聞き入れてください。どうか、よろしくお願いいたします。

2014年2月1日土曜日

第346回 オーケストラ-アンサンブル-金沢 定期演奏会 演奏会 評

2014年2月1日 土曜日
石川県立音楽堂 (石川県金沢市)

曲目:
ヤッコ=クーシスト 「ライカ」 op.24
ルートヴィヒ=ファン=ベートーフェン 交響曲第6番「田園」 op.68
(休憩)
ルートヴィヒ=ファン=ベートーフェン 交響曲第8番 op.93

管弦楽:オーケストラ-アンサンブル-金沢(OEK)
指揮:ラルフ=ゴトーニ

OEKは、ラルフ=ゴトーニを指揮者に迎えて、2014年2月1日、第346回定期演奏会を開催した。ラルフ=ゴトーニのOEKへの出演は2012年以来二年ぶりで、1月26日に開催された第345回定期演奏会に引き続いてのものである。

コンサートミストレスは、アビゲイル=ヤングである。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン→ヴィオラ→ヴァイオリン-チェロのモダン配置で、コントラバスはチェロの後ろにつく。舞台後方下手側にホルン、中央部に木管パートとその後ろにティンパニ、上手側にホルン以外の金管楽器を配置している。第345回定期演奏会の時と変わりない。

着席位置は一階正面中央上手側、観客の入りは八割程であろうか、一階正面14列目中央の席にすら空席がある謎の状態は第345回の時と変わりなく、定期会員の客がサボったものと考えられる。観客の鑑賞態度は良好であった。

第一曲目の「ライカ」は2010年に初演されたばかりの現代曲である。ラルフ=ゴトーニと同じスオミの作曲家であるクーシストの作品だ。演奏自体は、次のベートーフェンを期待させる程の良い出来である。


二曲目、ベートーフェン第6番「田園」は、冒頭のテンポは速くもなく遅くもなく適切な始まり方であるが、弦がよく響かない。石川県立音楽堂の響きを味方にしていない演奏で、音圧が感じられない。一方木管パートは頑張っている印象がある。もちろんベルリン-フィルのような超絶技巧で攻める形ではないけれど、持っている力を出し切っている印象を与えるものだ。金管パートの調子はあまり良くない。特に第四楽章の場面ではやけにあっさりした印象を持つ。第五楽章冒頭でのホルン-ソロは音程が不安定であるが、その場面ではしっかりと決めてほしい。その他、第四楽章ではティンパニが決起を促すものの、他の楽器があまり呼応せず、浮いた存在になってしまっているのはかわいそうである。

弦楽セクションは、何故か第五楽章になるとやけに調子が良くなる。終盤に近いところでのチェロとファゴットとで奏でるフレーズも良く響いている。

部分的には良い点もあるが、やはり「田園」はベートーフェンの九つの交響曲の中で一番難しいのだなあと感じざるを得ない。満足できる演奏は、準=メルクル指揮による水戸室内管弦楽団による演奏のみだ。

三曲目のベートーフェンの第8番は、普通にしっかりとした演奏だ。「田園」でテンションが下がってしまった状態で聴くこととはなったが、この程度の演奏であれば不満はない。

アンコールはマルムスティン作曲(ヨハンソン編曲)「さよならは手紙で」であった。

2014年1月26日日曜日

第345回 オーケストラ-アンサンブル-金沢 定期演奏会 演奏会 評

2014年1月26日 日曜日
石川県立音楽堂 (石川県金沢市)

曲目:
ルートヴィヒ=ファン=ベートーフェン 「コリオラン」序曲 op.62
ルートヴィヒ=ファン=ベートーフェン 三重協奏曲 op.56
(休憩)
カール=マリア=フォン-ヴェーバー 交響曲第1番 op.19

ヴァイオリン:マーク=ゴトーニ
ヴァイオリン-チェロ:水谷川優子(みやがわ ゆうこ)
ピアノ:ラルフ=ゴトーニ
管弦楽:オーケストラ-アンサンブル-金沢(OEK)
指揮:ラルフ=ゴトーニ

OEKは、ラルフ=ゴトーニを指揮者に迎えて、2014年1月26日、第345回定期演奏会を開催した。ラルフ=ゴトーニのOEKへの出演は2012年以来二年ぶりである。ヴァイオリンのソリストであるマーク=ゴトーニはラルフ=ゴトーニの息子で、実に良く父親と似ている。チェロのソリストは、当初予定はヴォルグガング=メールホルンであったが、演奏会前日に体調を崩し、水谷川優子が代役として出演することとなった。彼女は、実はマーク=ゴトーニの妻である。予期せぬ形で、三重協奏曲はゴトーニ一家とOEKとの共演と言う形となる。

コンサートミストレスは、マーラー室内管弦楽団のコンサートミストレスとしても名高いアビゲイル=ヤングである。ティンパニは、関西フィルハーモニー管弦楽団首席奏者のエリック=パケラが担当だ。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン→ヴィオラ→ヴァイオリン-チェロのモダン配置で、コントラバスはチェロの後ろにつく。舞台後方下手側にホルン、中央部に木管パートとその後ろにティンパニ、上手側にホルン以外の金管楽器を配置している。

着席位置は一階正面ど真ん中より僅かに上手側、観客の入りは六割程であろうか、一階正面14列目中央の席にすら空席がある状態だ。おそらく、定期会員の客がサボったものと考えられる。ひでえ輩だ。観客の鑑賞態度は良好であった。

第一曲目の「コリオラン」序曲は、既に用意されてあるピアノの前に立っての指揮だ。今日のOEKの演奏は実に完成度が高い。精緻さ・パッションいずれもがOEKの実力を100%発揮している素晴らしい演奏だ。もちろん最強奏のあとのゼネラルパウゼになり響く残響は、石川県立音楽堂ならではのもので、涙を誘う。実に素晴らしいホールであることも実感させられる。

二曲目の三重協奏曲は、弾き振りのラルフ=ゴトーニのピアノ、マーク=ゴトーニのヴァイオリンともに管弦楽を一歩上回る響きである。ラルフ=ゴトーニのピアノは実に上手で、響きについてよく考え練られ、とてもピアノを舞台後方に向け天板を外している演奏とは思えない。この点でシュテファン=ヴラダーを軽く圧倒するし、全般的な完成度も上だ。

水谷川優子のチェロは、特に第一楽章ではガチガチに固くなっていて、エンドピンを刺す場所を変えたりとかなり神経質な状況だ。チェロの音は鳴らず聞こえず、特に多くの音を速く演奏するフレーズでは何を弾いているかさっぱり分からない状況で、ヴォルグガング=メールホルンの不在を思い知らされる。それでも、第二楽章冒頭のチェロのソロ、第三楽章中盤の、長めのスタッカートで音を刻んでいく箇所に於いてはそれなりの音で聴けるものであり、急な代役としての最低限の責務は果たしたと言うべきか。

三曲目のヴェーバーの交響曲第1番は、マニア向けとしか言いようのない変わった曲である。しかしこの曲も演奏が素晴らしいと、作曲の巧拙などどうでも良くなる。ラルフ=ゴトーニの導きは的確で、この場面でどの楽器がどのように弾けば良いのかが明確で、精緻さを伴いつつもパッションを出している素晴らしい演奏だ。OEKの持っている力を100%活かし、石川県立音楽堂の響きを確実に掴んでいる。まるで二年のブランクを全く感じさせない、ずっと長い間常任指揮者として関わってきたかのような親密さすら感じる。指揮者と管弦楽との信頼関係が噛み合っているからこそのものだろう。曲の終了後にゴトーニが一番先に立たせたのは、フルートの岡本えり子である。

マルク=ミンコフスキとはタイプが違うのだろうけど、ラルフ=ゴトーニも間違いなく「響きの魔術師」だ。OEKに取って最も必要としている指揮者の一人であることは確実である。次期音楽監督は、ラルフ=ゴトーニか山田和樹のどちらかで決まりだろうし、そうしなけらばならない。

アンコールはシベリウスの「悲しいワルツ」、お国ものスオミの曲で幕を閉じた。

2014年1月25日土曜日

庄司紗矢香+サンクト-ペテルブルク フィルハーモニー交響楽団 大阪公演 評

2014年1月25日 土曜日
ザ-シンフォニーホール (大阪府大阪市)

曲目:
ピョートル=イリイッチ=チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 op.35
(休憩)
ピョートル=イリイッチ=チャイコフスキー 交響曲第4番 op.36

ヴァイオリン:庄司紗矢香
管弦楽:サンクト-ペテルブルク フィルハーモニー交響楽団(Санкт-Петербургская Филармония им. Шостаковича)
指揮:ユーリ=テミルカーノフ

サンクト-ペテルブルク フィルハーモニー管弦楽団は、庄司紗矢香(ヴァイオリン)、エリソ=ヴィクサラーゼ(ピアノ)をソリストに、ユーリ=テミルカーノフに率いられて、2014年1月24日から2月1日までに掛けて日本ツアーを行い、東京・大阪・横浜・名古屋・福岡にて計7公演開催する。庄司紗矢香は1月25日に大阪、1月26日に横浜、1月30日に名古屋にてソリストとして登場する。庄司紗矢香がザ-シンフォニーホール、横浜みなとみらいホール、愛知県立芸術劇場と言った、音響に定評のあるホールのみに登場するのは深い意味がありそうだ。この評は、第二回目1月25日大阪市ザ-シンフォニーホールでの公演に対してのものである

庄司紗矢香は1983年生まれの、ヴァイオリニストであり、言うまでもなく日本人ではトップレベルのヴァイオリン奏者である。この1月30日に31歳の誕生日を迎える。

管弦楽配置は、舞台下手側から、第一ヴァイオリン→ヴァイオリン-チェロ→ヴィオラ→第二ヴァイオリンの左右対向配置である。舞台後方には舞台下手側からコントラバス→木管楽器とその後ろにティンパニ→金管楽器の順である。ホルンのみ下手側に位置する事もなく、金管楽器は全て舞台上手側に位置する点が今日深い。ロシアの管弦楽団らしく、ティンパニのみが雛壇に乗っており、他は全て同一平面上での演奏である。

着席位置は正面後方下手側、観客の入りは九割五分程である。観客の鑑賞態度は良好であった。

第一曲のチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲はとても優れた演奏である。ターコイズブルーのドレスを着た庄司紗矢香は、ソロの場面で見せるニュアンスが豊かで、特にテンポの独特かつ巧妙な揺るがせ方が抜群である。これは本当に名状しがたいもので、短い間に微妙に揺るがせ、彫りの深い表情を見せるのだ。

対する管弦楽も、前日のマーラー第2番「復活」の際には乱れていたらしいアンサンブルもキッチリ決まっている。

管弦楽のみの部分ではテンポが速めであるが、庄司紗矢香に引き継がれると、何の違和感なしにテンポがゆっくり目となって、彼女が構築する独自の世界に引き込まれるのが面白い。

庄司紗矢香と管弦楽とのバランスも良く考え抜かれている。これほどまでのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を生で接したのは初めてだ。

ソリスト-アンコールは、クライスラーの「レチタティーヴォとスケルツォ・カプリース」op.6である。庄司紗矢香の構築する深い表現が味わえるアンコールである。

後半のチャイコフスキーの交響曲第4番は、アンサンブルはあっているし、個々の技量も完璧だし、綺麗に響いているし、で、テミルカーノフの意図通りの演奏である。随所に出てくる金管ソロをゆっくり吹かせたり、テンポを特に第二楽章で揺るがせたのが特徴か。大雑把だけどとにもかくにも爆演系でノックアウトさせるというものではなく、良くも悪くも「ロシア」的ではない。「ロシア」的でないという点では、あまり面白くない。

アンコールは、何故かエルガーの「愛のあいさつ」。て、ところがやはりロシアらしくないなあ。メインディッシュは庄司紗矢香と言うところか、彼女の30歳とは思えない彫りの深い表現を味わうことが出来た、演奏会であった。

2014年1月19日日曜日

ラデク-バボラーク ホルン-リサイタル 評

2014年1月19日 日曜日
挙母市コンサートホール (愛知県挙母市)

曲目:
ルートヴィヒ=ファン=ベートーフェン ホルン-ソナタ op.17
ロベルト=シューマン アラベスク op.18 (※)
シャルル=ケクラン ホルン-ソナタ op.70
(休憩)
ロベルト=シューマン 「3つのロマンス」 op.94
フランシス=プーランク 即興曲第15番 「エディット=ピアフを讃えて」 (※)
ヤン=ズデニュク=バルトシュ 「エレジーとロンディーノ」
レフ=コーガン 〈CHABAD〉によるハシディック組曲

(※印は菊池洋子のソロ)

ホルン:ラデク=バボラーク
ピアノ:菊池洋子

着席位置は、一階ど真ん中より少し後方かつ上手側である。客の入りは七割くらいであろうか。聴衆の鑑賞態度は概ね良好であった。

ラデク=バボラークは全般的に渡り、いかなる場面でも完璧な音量、ニュアンスで、かつ柔和な響きで魅了させられる。テンポは中庸で、あまり変動は掛けない。

一方で菊池洋子のピアノは、特に前半は遠くにあるように聴こえる。私の列は17列目かつ上手側であるが、キチンと響かせていない形である。良く言えば、バボラークに遠慮した抑制的な演奏であるが、しかし「伴奏者」もパッションを出して「主役」に対抗し、「主役」に決起を促す役割はあるだろう。今日の菊池洋子は「貞淑な人妻」のような演奏で、あまり面白みがない。不倫をするかのような雰囲気を漂わせて「主役」に火をつけてもらいたかったところはある。

特に良かった演奏は、ケクランの「ホルン-ソナタ」、バルトシュの「エレジーとロンディーノ」であり、叙情的な曲で二人の演奏の方向性が似合っていたようには思う。

アンコールは5曲というか、一つの小品と一つの組曲の演奏で、曲目は、田中カレンの「魔法にかけられた森」から第二楽章、マイケル=ホーヴィット「サーカス組曲」から第一曲「行進曲」、第三曲「象」、第四曲「空中ブランコ」、第五曲「ピエロ」であった。

2014年1月13日月曜日

東京楽所 雅楽 「源氏物語~悠久の響宴」 評

2014年1月13日 月曜日
三井住友海上しらかわホール (愛知県名古屋市)

演目:

管絃
・盤渡調音取(ばんしきちょうねとり)
・青海波(せいがいは)
・越天楽残楽三返(えてんらくのこりがくさんへん)
(休憩)
舞楽
・万歳楽(まんざいらく)
・落蹲(らくそん)

雅楽:東京楽所(とうきょうがくそ)
(舞人・演奏者の詳細は最後に掲載)

解説:多忠輝(おおのただあき) 進行:野原耕二

東京楽所 雅楽「源氏物語~悠久の響宴」は、1月11日に栃木県総合文化センター、1月13日に三井住友海上しらかわホールにて上演された。一部重複するプログラムで、1月19日にも東京オペラシティ-タケミツメモリアルでも上演される。

着席位置は、二階三列目ど真ん中より僅かに上手側である。客の入りは八割程であろうか。二階左右バルコニー席は閉鎖している。聴衆の鑑賞態度はかなり良好である。

休憩前の第一部は「管絃」であり、西洋音楽でいえば室内管弦楽団演奏会に相当するものである。舞台に管絃が座り演奏する形態だ。

16人による演奏であるが、笙はオルガンのように響き、弦楽器・管楽器・打楽器と西洋音楽の管弦楽と同様に構成されている。雅楽の楽器は思ったよりも大きな音量を出せる。しらかわホールのような中規模ホールでは、強い音圧でしっかりとした残響とともに響いてくる。栃木県総合文化センターでは絶対味わえないし、タケミツメモリアルは大きなホールであるため、残響はともかくここまで強い音圧では響かないだろう。理想的な環境での演奏だ。

恐らく西洋の楽器に持ち帰れば即アンサンブルとして名が知られるだろうと思えるほど、上手に演奏する。雅楽の様式による演奏であるため、テンポの変動はあまりない。「越天楽残楽三返」の「残楽」とは、ヨーゼフ=ハイドンの「告別」最終楽章のように、メロディーをフルメンバーで演奏した後、演奏を止める奏者が増えていき、最後は楽箏のみが残って演奏して終わる形式である。ハイドンの「告別」のように退席まではしないが、西洋音楽がこのような形式を編み出す何百年も前から、日本では「残楽」の形で演奏されている事に注目させられる。

休憩後の第二部は「舞楽」であり、室内管弦楽団を伴うカルテットまたはソロ-バレエに相当するか。管絃は舞台後方の一段高くなっているところに位置し、舞台は文字通り舞人のためだけのスペースとなる。

最後に掲載した(舞人・演奏者詳細)でも示した通り、舞人は休憩前は管絃として演奏をしている。

西洋音楽のように、バレリーナ・歌い手・管弦楽のような職務上の区別はなく、演奏も舞う事も要求されるのが雅楽である。

演奏自体は前半と同様の完成度の高いものであり、申し分ない。

「万歳楽」は四人の舞人による群舞である。左舞であり、遣唐使により唐の国を経由して(あくまで「経由」であり、唐由来ではなく、あるいはヴェトナム辺りの様式であるのかもしれない)入ってきた様式による舞いだ。衣装はどこか中国風である。

テンポが遅めである事もあるのだろうが、群舞の全ての振る舞いは、一糸乱れずとの文字通りとまでは言えないまでも、基本的には合っている。時間的な要素だけでなく、指先の角度と言った空間的な要素に於いても、ボリジョイ-バレエの群舞の精度と比較すれば抜群の精度を保ち、これほどまで合っていれば十分だ。彼らが専任のバレリーナでない事を踏まえれば驚異的であろう。

「落蹲」となると、題名の意味する通りに、いよいよ一人だけの舞いとなる。右舞であり、朝鮮半島を経由(これも、あくまで「経由」であり、朝鮮半島由来という意味ではない)して入ってきた様式による舞いである。面を被っての舞いだ。


多忠純によるこの舞いも見事なもので、テンポは遅めであるものの、その分「静」を強調しなければならず、静止する場面もある。その静止した場面で安定感ある静止をしているところに目を奪われる。ロシアのプリマクラスのバレリーナでも、このような安定感ある静止の演技は期待できない。また、たった一人で20分近くに渡り連続した舞踏を続けていく。もちろん高いジャンプやリフトを要求される性格のものではないが、その長い時間に渡って安定した演技を続けるのは驚異的な体力を要するだろう。

雅楽は日本固有のものだけではない。唐の国を経由した左舞、朝鮮半島を経由した右舞、中国風の衣装を見れば分かる通り、遠い大陸の音楽や舞を千年規模のスケールで継承している所にこそ、我々日本文化の誇る所である。そのような雅楽を見て、改めて日本人として私がどのように振る舞うべきなのか、改めて考えさせられるところもある。文楽と並び、日本が誇る総合舞台芸術であることを思い知らされた公演であった。

(舞人・演奏者詳細)
管絃

鞨鼓:楠義雄
楽太鼓:笠井聖秀
鉦鼓:中村容子
楽琵琶:松井北斗 多忠純
楽箏:岩波孝昌 小原完基
笙:増山誠一 野津輝男 増田千斐
篳篥:山田文彦 四條丞慈 新谷恵
笛:上研司 植原宏樹 片山寛美

舞楽

舞人「万歳楽」:岩波孝昌 増山誠一 植原宏樹 小原完基
舞人「落蹲」:多忠純

鞨鼓:楠義雄
楽太鼓:松井北斗
鉦鼓:中村容子
笙:増山誠一 野津輝男 増田千斐
篳篥:山田文彦 四條丞慈 新谷恵
笛:上研司 植原宏樹 片山寛美

2013年12月22日日曜日

バッハ-コレギウム-ジャパン 「メサイア」2013年軽井沢演奏会 評

2013年12月22日 日曜日
軽井沢大賀ホール (長野県北佐久郡軽井沢町)

曲目:
ゲオルク=フリードリヒ=ヘンデル オラトリオ「メサイア」 HMV56 1753年版

ソプラノ:シェレザード=パンタキ
アルト(カウンターテノール):ダニエル=テイラー
テノール:櫻田亮
バス:クリスティアン=イムラー

合唱・管弦楽:バッハ-コレギウム-ジャパン(BCJ)
指揮:鈴木雅明

軽井沢大賀ホールにて2010年12月から開始された、クリスマスの時期に於けるBCJによる「メサイア」演奏会は、四回目を迎えた。昨年と比較しての今年の特徴としては、昨年の「1743年ロンドン初演版」ではなく「1753年版」を採用したこと。ソプラノ・テノールのソリストを2名から1名にしたことである。

同じ公演は、12月21日に鎌倉芸術館(神奈川県鎌倉市)、23日にサントリーホール(東京)でも開催された。良い音響が期待できるのは、この軽井沢大賀ホールのみであり、事前にソプラノのシェレザード=パンタキの調子が良いらしいとのツィッター情報を得て、急遽当日券により臨席する。

管弦楽配置は、舞台下手側から第一ヴァイオリン→第二ヴァイオリン(その後方にヴィオラ)→チェンバロ→ヴァイオリン-チェロ(その後方にオルガン)→ファゴット→オーボエの順である。トランペット・ティンパニは舞台下手側後方の配置だ。合唱は舞台後方に下手側からソプラノ→アルト→テノール→バスで一列の配列である。ソリストは、原則として指揮者のすぐ下手側からカウンターテノールとテノール、すぐ上手側からソプラノとバスが歌う形態である。なお第一部では、トランペットが二階合唱席下手側後方上方から演奏する場面もあった。

着席位置は、一階平土間後方上手側である。客の入りは八割程であろうか。聴衆の鑑賞態度はかなり良いが、補聴器の作動音らしき音が下手側から継続的に聞こえていた。

ソリストについては、ソプラノのシェレザード=パンタキは期待通りの声量で、特に第一部では圧倒的な存在感を示している。

カウンターテノールのダニエル=テイラーは、声量面では決して大きいものではないが、特に第二部でのアリアが傑出した出来である。これは、第一声から「これは凄い」と感嘆させられると言うよりは、聴いているうちにいつの間にか惹き込まれていて、終わってみたらその自然と溶け込むような歌声に感嘆させられる不思議なものだ。声の音色にカウンターテノールにありがちな不自然なところがないところも、私の好みと合っている。

クリスティアン=イムラーは、第三部第43曲のトランペットと掛けあうアリアが素晴らしい。

合唱は、ソプラノが2010年の時のような二歩前に出たり、昨年のようにあまり自己主張をしていなかったりする事もなく、今年は半歩前に出る歌唱であろうか。基本的には、他のソリスト・管弦楽と溶け込むアプローチではあるが、いつもながらのレベルの高い合唱である。

管弦楽で特筆するべき点は、トランペット奏者にジャン-フランソワ=マドゥフを招聘し首席奏者として演奏することである。ナチュラル-トランペットの奏法は難しく、BCJの演奏会の際にその出来に期待する事はなかったが、今回のマドゥフ招聘の効果は大きく、全てが完璧ではないものの、大幅に改善されている。特に、第二部最後のハレルヤ-コーラスでは、マドゥフのトランペットが実に絶妙な音量で入ってきて、精緻なハーモニーを構築している。また、第三部第43曲でのバスと掛けあうアリアのトランペットも絶品である。

また今回は、昨年とは着席位置が違うこともあるのか、チェンバロやチェロが良く聴こえ、深みがある響きを楽しむことができた。

アンコールは、ジョン=ヘンリー=ホプキンズ-ジュニアの「われらは来たりぬ」であり、テノールのソロはBCJ合唱陣が務める。それぞれのソロが美しく響き、ソプラノパートとの対比が印象的であった。

2013年12月21日土曜日

ロレンツォ=ギエルミ オルガン-リサイタル 評

2013年12月21日 土曜日
ふれあい福寿会館 サラマンカホール (岐阜県岐阜市)

曲目:
アルノルト=ブルンクホルスト 前奏曲
ヨハン=パッヘルベル シャコンヌ
ヨハン=パッヘルベル 「高き天より、我は来たれり」
ゲオルグ=フリードリヒ=ヘンデル 「アダージョとフーガ」
ゲオルグ=フリードリヒ=ヘンデル 「メサイア」HWV56より「なんと美しい事か、平和の福音を伝える者の足は」(※)
ヨハン=セバスティアン=バッハ 「アンナ=マグダレーナ=バッハの音楽帳」より「御身がそばにあるのならば」 BWV508 (※)
ヨハン=セバスティアン=バッハ 「アンナ=マグダレーナ=バッハの音楽帳」より「あなたの心をくださるのなら」 BWV518 (※)
ヨハン=セバスティアン=バッハ 「コーヒー-カンタータ」 BWV211より「ああ!コーヒーってとってもおいしい」 (※)
(休憩)
ヨハン=セバスティアン=バッハ 「前奏曲とフーガ」 BWV539
ヨハン=セバスティアン=バッハ 「イタリア様式によるアリアと変奏」 BWV989
ヨハン=セバスティアン=バッハ 「いざ来たれ、異教徒の救い主よ」 BWV659
ヨハン=セバスティアン=バッハ 「目覚めよ、と呼ぶ声あり」 BWV645
ヨハン=セバスティアン=バッハ 「甘き喜びのうちに」 BWV751
ヨハン=セバスティアン=バッハ 「トッカータ、アダージョとフーガ」 BWV564

ソプラノ:日比野景 (※のみ)
オルガン:ロレンツォ=ギエルミ

着席位置は、一階後方上手側である。チケットは完売している。聴衆の鑑賞態度は、特に前半はあまり良いとは言えず、遅刻者の比率が多く、かつ次の曲が始まるまで着席せず、また飴の包装を破る音や話し声まである始末だった。

前半部の後半に登場した日比野景のソプラノは、音量的にはサラマンカホールを十分に響かせていたが、一本調子のところがあり、表現の多様さは見られないように思える。

さて、このリサイタルで用いたサラマンカホールのオルガンは、岐阜県加茂郡白川町に本拠を置いた辻宏(1933-2005)により建造されたものである。

辻宏は、「サラマンカホール」の名の由来になった、スペイン国サラマンカ大聖堂のオルガンを修復した実績があることで高名であり、古典的建造法によるオルガンの建造・修復のスペシャリストとして国内外で活躍してきたが、2005年の逝去に伴い、辻オルガン工房は2008年に閉鎖された。

サラマンカホールのオルガンは、46ストップ、パイプ数2997本であり、コンサートホールにあるオルガンとしては小ぶりではあるが、古典的建造法により建造されたこれとしては、日本では唯一であろうか。古典的建造法により建造されたオルガンであるからなのだろうか、やや鋭い高音部の音色も適切な音色で響いてくる。モダン指向のカール=シュッケ社のオルガンのように耳触りな響きは全くない。

ロレンツォ=ギエルミのオルガンは、テンポは中庸で基本的には作曲者の意図を伝える演奏であり、曲想上眠くなる曲もあるが、多様な音色を的確に用いている。

特に最後の、「トッカータ、アダージョとフーガ」に於けるフーガは、密かな興奮から生じる霊感を感じさせる素晴らしい演奏である。

アンコールは、J.S.バッハの「コンチェルト」BWV596から第四楽章と、作者不詳の「パストラーレ」であった。


追記:サラマンカホールに於けるオルガン建造の経緯は、下記が詳しい。
https://salamanca.gifu-fureai.jp/information/organ.html

2013年12月14日土曜日

ラファウ=ブレハッチ ピアノ-リサイタル 評

2013年12月14日 土曜日
東京オペラシティ タケミツメモリアル (東京)

曲目:
ヴォルフガング=アマデウス=モーツァルト ピアノ-ソナタ 第9番 K.311
ルートヴィッヒ=ファン=ベートーフェン ピアノ-ソナタ 第7番 op.10-3
(休憩)
フレデリック=ショパン 夜想曲 第10番 op.32-2
フレデリック=ショパン ポロネーズ 第3番「軍隊」 op.40-1
フレデリック=ショパン ポロネーズ 第4番 op.40-2
フレデリック=ショパン 三つのマズルカ op.63
フレデリック=ショパン スケルツォ 第3番 op.69

ピアノ:ラファウ=ブレハッチ

ラファウ=ブレハッチは、12月13日から17日に掛けて来日ツアーを行い、武蔵野(東京都)、東京、横浜、与野(埼玉県)にてリサイタルを行う。12月13日は武蔵野市民文化会館、14日は東京オペラシティ タケミツメモリアル、16日は横浜みなとみらいホール、17日は彩の国さいたま芸術劇場を会場とする。東京オペラシティのような巨大なホールよりは、600名強の規模のホールである彩の国さいたま芸術劇場での演奏が適切であるとは考えたが、土日開催の都合によりタケミツメモリアルでの公演を選択した。よってこの評は二日目の東京オペラシティ タケミツメモリアルでの公演に対するものである。

着席位置は、一階中央上手側である。チケットは完売している。聴衆の鑑賞態度は良好であった。

前半のモーツァルト・ベートーフェンは楽譜通りの演奏で、ブレハッチ独自の味付けは淡白である。速めの楽章よりは、案外緩徐楽章の方が面白い。ベートーフェンについては、テンポは遅めである。響きは軽めであり、軽快であると言えばその通りであるが、しかし音が遠くに感じ臨場感が感じられない。タケミツメモリアルはやはり大き過ぎるのであろうか?いくら音響のよいタケミツメモリアルでも、18列目では難しいのか。彩の国さいたま芸術劇場のような604席しかないホールの方が、断然素晴らしい成果を上げただろう。

一方、後半のショパンでは表現の幅が増す。ピアノが近くにあるように聴こえ始め、適切な音圧で迫ってくる。テンポの扱いは自由自在となる。その一方で、感情に溺れず、放逸を排除した、貴族的とも言うべきブレハッチ独自の様式の枠を構成しながらも、パッションはよく込められてくる。特にこのようなブレハッチの個性が最も行き渡っているのは、ポロネーズ第3番「軍隊」と、アンコール一曲目の前奏曲第20番である。この二曲が私にとっては特に好みの演奏だ。

アンコールは三曲あり、いずれもショパンの作で、「24の前奏曲」第20番、ワルツop34-2、「24の前奏曲」第4番である。「24の前奏曲」第20番で見せたピアニッシモは、絶品であった。